夜の始まりを告げる色が空に敷かれていく。
それが今月になってから段々と早くなっていくのを感じて、
私は「ああ、もうすぐ受験か」と思った。

サッカー部の練習風景を眺めていられるのも、あとどれくらいだろう。
下校時間を告げる校内放送が流れて、私は慌ててサッカーボールを片付け始めた。

「さむ」

かじかむ指に息を吹きかけながら、あと二つ足りないボールを探す。
もう、どこまで蹴っ飛ばしたんだよ壁山くんめ。
グラウンドは限られているのに、どこを探しても見つからない。
こんなことになるなら最初から春奈ちゃんたちにも手伝ってもらえばよかった。

本当は、後輩達の練習に付き合っている場合じゃないのはわかっている。
だって私、受験生だから。
マネージャーなら春奈ちゃんがいるし。
受験の日が刻一刻と近づいていることも。……わかっている。
もう帰って勉強しなくちゃいけないことも。……わかっている。
それでもこの場所に繋がりをつけてくれたサッカー部の温もりにまだ浸っていたいと思うのは逃げなんだろうか。

「帰りたくないな……」

空には一番星がきらきらと輝いている。
それを合図としてかそれぞれの教室の電気が消え、代わりに職員室の電気がパッと点いた。
誰もいないグラウンドで、私は急に心細くなる。
抱えていたサッカーボールを抱きしめて、うずくまった。

楽しい時間ももう終わりなんだろうか。
卒業したら、みんなバラバラになっちゃうんだろうか。
バラバラになったら、

「ボールみたいにどこ行ったかわかんなくなっちゃうのかなあ……」

いつの間にか私の目に熱いものが溜まっていた。
言いようのない不安が、渦巻いていく。
うう、と子どもが泣くのを我慢するような泣き方に、私は余計に惨めになった。

辛い受験の孤独の中で、ひとり置いていかれるような。
これからどこへ行けばいいのかわからない不安。

もうやだ、とすすり泣いたとき、私の足元にサッカーボールが転がってきた。

「おい」

この声、は。
顔を上げるのが恥ずかしくてすぐに見られなかったけれど、声でわかった。
ぶっきらぼうな、優しい声。
涙を一度拭って、私はゆっくりと顔を上げる。


「ふどうく……」
「お前、何泣いてんの」

ちょっと困った顔で彼が笑うものだから、今までの不安が一気に流れ出るようにぐしゃりと私は顔を歪めた。
なんでここにいるの。
そう言いたかったのに、言葉がうまく紡げない。

不動くんの後ろから、ゴーグルをかけた少年も一人やってくるのが見える。
手にはもうひとつのサッカーボール。

「残りのボールも見つかったぞ……って、どうしたんだ名字?」

鬼道くんもボールを探してくれていたようだった。
私が泣いていることに気づいた鬼道くんが、
お前が泣かしたのか?と疑惑の目を不動くんに向けて、彼は「俺じゃねえよ」と睨み返す。

「……皆帰ったのに、名字がまだ片付けてるって聞いたから」

鬼道くんは私の涙に困惑したまま、手にあるボールを見せながら説明してくれた。
二人は私を見下ろす形で、私が話すのを待ってくれている。
私はぐしぐしと袖で涙をぬぐいながら、
「ごめん……」そう呟くと、二人はますます神妙な顔をした。

「んで?何で泣いてたわけ」
「う、それは」

私は押し黙ってしまった。
この二人も卒業したら、別々の道へ進んで、いつか私のことなんて忘れてしまって他に仲のいい友達を作ってしまうんだろうか。

二人の進路は何も聞いてないけど、私とは違う方向へ行ってしまうことだけはわかっていた。だから余計聞けなかった。

それなのに、私も黙って前へ進まなきゃいけないんだろうか。
さよならをしなければいけないのかな。
私は二人をじっと見ながら、思っていた希望を口にした。

「二人は」
「あ?」
「二人は卒業しても私と、遊んでくれる?」

それはまるで祈るように。
搾り出すように言葉を吐き出した。

けれど不動くんも鬼道くんも、私のそんな切実な思いとは裏腹に、少しだけ目を丸くしていきなり噴き出した。な、なんで?

不動くんはお腹を抱えて笑っているし、鬼道くんは後ろを向いて笑うのを我慢している。
せっかく勇気を出して言ったのに、ちょっとひどくない?

「な、なんで笑うんだよう」

私は顔を真っ赤にして膨れる。

「お前、そんなことで泣いてたの」

不動くんは引き笑いをしながら私の顔を見てくる。
私はむう、とさらに膨れた。
鬼道くんはひとしきり笑った後で、笑い涙を拭いながら、

「いや、すまない。名字があんまり可愛いこと言うから」

と笑いながら言う。
可愛いと言われて少しだけドキっとしたけれど、
今、自分は二人に甘えたんだ、そう気づいて恥ずかしくなり俯く。
でも、彼らが私のことを理解してくれたことに少し、嬉しくもなる。

不動くんは頭をがりがり掻きながら、「つーか、」と面倒くさそうに私に向き直った。
態度は面倒くさそうだけど、声音は至極真面目に不動くんは言う。

「俺達みたいな気難しいやつと一年以上も付き合いやったんだ、卒業してもなんてことねぇだろ」

「へ……」

サッカーボールを蹴ってカゴの中に入れて。バーカ、と不動くんは私にデコピンをする。
二人を見ていて私はふと、出会ったときの光景を思い出していた。

(そういえば、私)

最初、この二人と仲が悪かったんだった。

初めてであったとき、私達の印象は最悪で。
絶対この二人とは性格が合わない!って思ったのに。
文句言いながら、最後には笑いながら、サッカー部の一員として友達として関わってくれた二人が私は好きになってた。

「そうだったね、うん。……そうだった」

不動くんのセリフじゃないけど。
ほんと馬鹿だな、私。
寂しいからって、いじけたりなんかして。
私が変わらず二人に接する限り、二人は変わらず私と接してくれるだろうに。
友達を信じてなかったとか、そういうわけじゃない。
単に自分に自信がなくて不安になっただけだ。

でも、今なら言えるよ。

「伊達に、友達やったわけじゃないもんね」

いつの間にか、私の涙は枯れていた。
へらっと笑っていると、鬼道くんが「帰るぞ」と手を差し伸べてくれる。

その手を取っていいのか取るべきなのか一瞬躊躇していると半ば強引に、鬼道くんが私の手を掴んで起こした。起こしてもらう時、ふらついて鬼道くんに支えてもらう形になってしまい、少しだけ照れる。
「ごめん!」と慌てて鬼道くんから離れると、不動くんが一瞬、不機嫌な顔になった。

「それズルくねえ?」と不動くんが言うその言葉の意味はわからなかったけど、鬼道くんはなぜか得意気で。

「まあ、これから先も“友達”だとは限らないからな」

「……さっきから俺に喧嘩売ってる?鬼道クン」

「何か言った?」

「「なんでもない」」

不動くんと鬼道くんが私の少し前を歩く。
三人で帰るのもなんだか久しぶりな気がして、自然と顔がほころんだ。

空を見上げたら、星はひとつじゃなくなっていた。
目線を元に戻して気がついた。私もひとりじゃない。
きっと今後、どこで誰とこの空を眺めても、星も私達もなんら変わりないんだろう。
そう教えてくれたのは。

「二人とも」と私は前を行く彼らを呼び止める。
声をかけたら彼らは声をそろえて「ん?」と振り返った。

「ありがとう、だいすき」

言葉に力を込めて笑ったら、鬼道くんも不動くんも、
さっき見た寂しい夕焼けなんかよりもっと、顔を赤くさせるものだから、私はなんだか可笑しくなって。
並んで歩く二人の間に入るのだった。




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