隣に居る男が元彼じゃなくて俺で良かったって、絶対わかるから
クリスマス当日。
「フィンっ!!行くよっ!!早くっ!!!」
そう言ってずんずんと入っていく○○。そこは豚かつ屋だった。しかし、家族で入れるような店ではなく、急いで食事を済ませたい人たちが入るような店だった。コの字形にカウンターテーブルがあり、大人数用のテーブルは数える程しかない。
「ちょ、ちょっと○○・・・ここでいいの・・・?」
さっさとカウンターテーブルに座る○○に倣い、フィンは周りを見渡しながら隣に腰を下ろす。その声は○○への疑問と心配を含んでいた。
「いいの」
○○はフィンの顔も見ずに、ぶっきらぼうに答えると、目の前にあるメニューを手に取る。
案の定、ここにはカップルは居ない。居るのは頭に鉢巻を巻いたトラックの運転手や、泥やコンクリートで汚れた作業着を着ている男の人だけだ。
「私、ロースかつ定食のご飯と豚汁大盛り。フィンは?」
閉じたメニューをテーブルに置くと、そのまま隣のフィンへと滑らす。相変わらずフィンを見ようとしない。
「えぇと・・・」
フィンがメニューを見て悩み始めたのを感じると、○○は小さく息を吐いた。
先程フィンが言った“ここでいいの?”という言葉。ここでいいに決まっている。あえて自分はクリスマスにカップルが来ないような店を選んだのだから。元彼とのために買った洋服はタンスの奥にしまい、今日はジーパンとブルゾンのジャケット。今の自分はカップルが仲良く楽しくいられるような店には到底行けそうにもない。それに、行きたくない。況して、元彼との約束のあった店なんか尚更行きたくない。それ故に、予約してあったお洒落なレストランはそのまますっぽかし、わざわざ正反対の店を選んだのだ。
○○はバッグの中にちらりと目をやり、ある物を見つめる。これはフィンに渡そうと思って持って来た物ではない。
「俺は・・・ヒレかつ定食にしようかな・・・○○はロースかつのご飯と豚汁大盛りだよね?」
フィンが○○に笑いかける。
「すみませーん!」
フィンが手を挙げると、店員がやって来た。
「ねぇ、○○」
「何?」
「何か俺に話したいことでもあったんじゃないの?」
「別に」
食事中も○○はぶっきらぼうのまま、沈黙の空気が流れていく。
本当はこんなことがしたかったのではない。いつものように、たっぷりと溜まっている愚痴をフィンに聴いてほしかった。
しかし、今はコントロールできない気持ちが○○の全てを覆い尽くしていた。
再びバッグの中を見やる。○○はただ、元彼との思い出を壊すことだけを考えていた。
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