触れてもいいか?
スペクターは○○と会う時はいつも、外で会うようにしていた。もちろん、自分の部屋に○○を上げたくないのではない。本当はその逆なのだ。しかし、自分の部屋に招いてしまったら最後、○○を帰したくなくなってしまうではないか。外で会って「帰る」という必然的な理由があるからこそ、名残惜しい気持ちに駆られながらも「また今度」と言って別れることができるのだ。
本当は、スペクターとて、触れていいなどという許可はいちいち得たいものではない。柔らかな髪に触れ、手を絡ませ、己の胸に抱いてしまいたい、彼女の全てを自分の物にしたいと、いつだって思っている。しかしやはり、そんなことをして怖がらせたくないという考えがスペクターにはあった。もし自分の部屋に○○を招き、「既に家に居るのだからわざわざ帰る必要もない」という理由で帰さなかったら・・・組み敷いてしまったら・・・○○を怖がらせるだけではなく、傷付けることになってしまうのだ。
○○が好きで、大切にしたいと思えば思う程が故に、他の男が簡単にするような「触れる」といったことでさえも、スペクターにとっては簡単なことではなかった。
「―じゃあ、スペクターさん。また―」
「あぁ、またな。気を付けて帰れよ」
喫茶店を出ると、夜は7時半をまわっていた。家の近くまで送ると言ったのに、ここでいいと笑顔を作る○○。「送る」と言ったスペクターの言葉に多少意識してしまうのだろう。いつも○○は「送るのは大丈夫」と遠慮していた。
○○の家からそう遠くない喫茶店。その喫茶店の明りの下で二人は別れ、スペクターは○○の姿が見えなくなるまでその背中を見送った。途中で振り返り手を振る○○に、スペクターも静かに手を振りかえした。
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