っとお前だけを見ていた

 残業を終え、○○は帰路に着いていた。あの後から、スペクターとは顔を合せなかった。

 通りを歩くカップルの群。街に響く楽しそうな声。街頭の下で男を待つ女。男が走ってくるのが見えると、女も走り、男に飛びついた。

 ・・・あ。

 ○○は顔を歪めた。カップルの居ない裏道を歩こうと、踵を返す。

 こんな行事、私には関係ない。

 あの日以来、○○はいつの間にか、「もう恋なんてしない」と決めつけていた。「自分には関係ない」、そう思うことで平静を保っていた。それなのに・・・。

「・・・うっ・・・ふっ・・・」

 はしゃぐカップル達を罵ってやろうと思ったのに、そんな言葉は一つも出せなくて。口から出てくるのは、必死に涙を堪えようとする息遣いだけで。凄く悔しかった。

 羨ましかった。幸せそうに笑い合うカップルが・・・。




 下を向いて涙を隠しながら、○○は歩く。少しして、何かにぶつかった衝撃がした。

「すっ、すみません」

 下を向いたまま、○○は頭を下げた。

「え?」

 再び歩こうとした途端、何か温かいものに包まれた自分の体。

「・・・先に帰るなよ」

「スペ・・・クター・・・」

 ・・・一緒に帰る約束なんてしてないじゃない。

「・・・俺はずっとお前だけを見ていた。酷いことをされた一年前の今日も、その前からずっとお前だけを見ていた」

 スペクターは○○の頭を己の胸に押し付けた。

「あの日、俺はたまたま見たんだ。○○が酷いことをされるのを。俺は・・・あんなヤツとっとと忘れて笑顔になるお前を見たかったんだ。ああいう風にでも言えば、涙を流してすっきりすると思ってな・・・」

 だから、“俺には・・・くれないのか?俺は欲しいんだけどな・・・お前のチョコ・・・”って言ったんだよ。

「・・・もう、あの人のことはこれっぽっちも想ってないの。あんな酷い人、いいの・・・。でも、あの時から、怖くて・・・私っ」

 スペクターの腕の中で○○は大泣きをしていた。

「ごめんなさい・・・スペクター・・・」

「わかってる」

 スペクターは○○の背を優しくさすった。

 なぁ、○○。今すぐ俺の女になれとは言わない。お前が落ち着いて、笑顔を取り戻して、お前が俺を選んでくれたらでいい。その時は、とびっきりの笑顔を俺に見せてくれ。

「俺は、ずっとお前だけを見ているからな」


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