士のメリークリスマス

 12月24日午前5時。

 ハンクは自宅に帰って来た。鍵を開けると、玄関に○○の茶色いブーツがあることに気付く。

 来ていたのか?

 ハンクは○○に自宅の合鍵を渡していた。もちろん、ハンクも○○の家の合鍵を持っていた。しかし、なかなか使う機会はなく、合鍵を使うのはもっぱら○○の方だった。

 ゆっくりと中に入り進んで行く。寝室のドアを開けると、任務のせいで暗闇に慣れているせいか、自分のベッドの中で眠っている恋人をすぐに見つけることができた。床に静かに荷物を置き、ベッドの横の明りを最小限にしてつければ、スヤスヤと眠る○○の顔が映し出される。

 自分に会えなくて寂しくなった時はいつもこうしているのだろうか。「自分に会えなくて寂しくなったら」とは、なんて自惚れかと思うかもしれない。しかし、そうではない。ハンクだって○○の顔を見たいと思ったことは幾度とある。「この手で抱きしめたい」、「触れたい」と何度思っただろうか。今日だって、2人でゆっくり過ごしたいと思ってとった休みだった。でも、○○にはそのことは言わなかった。急な任務が入ってしまうこともあるから、悲しませたくなかったのだ。特に、今回はクリスマスだ。○○が街のイルミネーションや、ショーウインドウのクリスマスツリーを見て楽しそうにしていたのをハンクはよく見ていた。クリスマスに休みがとれたと喜ばせておいて、急な任務が入ったとなったら、○○はどんなに悲しむだろうか。それでも、「大丈夫だよ」と気丈に振る舞うのだろう。しかし、そんな彼女を見たくなかった。それ程、ハンクは○○を大切に想っているし、また、○○も自分を大切に想ってくれているのを知っていた。

 ハンクはベッドに腰掛け、右を下にして丸まって眠る○○の髪にそっと触れた。睫毛に光るものがあることに気付く。

 涙か・・・。

 ハンクは○○の涙をこれまで一度も見たことがなかった。いつも気丈に、明るく元気に振る舞うには、それと同じ分の涙があるだろう。

「すまない・・・」

 ハンクは○○の睫毛に付いている涙を、親指の腹で拭った。そして、額にキスを落とすと、自分もベッドに入り○○を抱きしめた。

「・・・・・・マスター・・・・・・」

 すぐ目の前で自分を呼ぶ声がする。

 ○○はハンクのことを「マスター」と呼んでいた。これは、ハンクの弟子であるベクターの影響だ。ベクターがハンクを「マスター」と呼んでいるのを聞いた時、恰好いいと○○は目を輝かせていた。

 自分の胸にある○○の顔に視線を移せば、しっかりと目は閉じられている。

 寝言か・・・。

 ハンクは○○の寝顔を見つめたまま、目を細めた。こんなにも、自分は愛されている。「決して放さない」というように更に抱きしめ、自らも眠りにおちた。


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