○○がいつもの場所を目指して駆けて行くと、コートに包まれたピアーズの姿が見えた。ちらちらと腕時計を気にしているようで、近付くにつれ、その顔付きが険しいのがはっきりと見えてくる。どうせ今日も客に仕事のメールをしなければならないから、時間を気にしているのだろう。しかし、○○が今日ピアーズとしたいことはそんなに時間をとらせることではない。仮に、今日も彼が9時半までにメールをしなければならないとして、彼が自宅に帰るまでの時間を1時間と考えても、時間は十分にある。そんなことを考えながら、○○は嬉しそうに彼の名を呼んだ。

「ピアーズさん!!」

 ピアーズの前で息を整えながら、○○は言葉を続ける。

「ピアーズさん!一緒に見たい物があるんですけど、いいです―」

「ごめん・・・」

 「いいですか?」と、○○が言い終わる前に、ピアーズは言葉を返す。それも、謝りの言葉を。

「時間がないんだ・・・」

「“時間がない”って、メールですよね?大丈夫!そんなに時間はかかりませんから!場所だってピアーズさんも知ってる―ちょ、ちょっとぉ!」

 「ピアーズさんも知ってる、あのバーですよ!」と言おうとしたのに、聴くことを受け付けないかのように手を引っ張られ、○○は思わず不満の声を漏らす。

 ○○がピアーズと見たかった物・・・それは、駅のほんのすぐ先にある小さなバーだった。いつかピアーズとぶらぶらした時に見たバーで、ハロウィンの時期であるここ一か月程は、外装がかわいく飾り付けしてあったのである。

 しかし、○○が指差す方とは逆の方へ進む足。

「ちょっと!ピアーズさん!どこ行くんです!?」

 ずんずんと手を引いて進んで行ってしまう彼に、まるで引き摺られているかのような感覚を覚える○○。彼の力が作用する方とは反対の方に力を込めて手を引けば、彼の手からは勢いよく自分の手が離れた。ほんの少しよろめいた足にも力を込め、その場に静止する。

「改札まで送るんだよ」

「だって!まだ・・・まだ7時15分過ぎですよ!?“そんなに時間はかからない”ってさっきも言って―」

「これからまたすぐに顔を出さなきゃいけないお客が居るんだ」

 散歩をさせなきゃいけない飼い主と、一歩も動きたくない犬のような、ピアーズと○○。

「お客さんて・・・今日はまだ行く所があるんですか!?あ!じゃあ、終わるまで待って・・・」

 言いかけて止める○○。ピアーズは、夜に一人で歩くのは危ないと、どんな時でも改札まで送ってくれた。そんな彼が、何時に終わるかわからないのに待たせるということは絶対にしないだろう。仮に喫茶店などで待っていたとしても、終わった時間によってはすぐに帰らなくてはならないからだ。帰宅後のメールは、1件だけではないのだ。

 少しも笑わない彼の瞳に、○○はしぶじぶと頭を縦に振った。

「わかりました・・・でも、ピアーズさん・・・」

 「ピアーズと一緒に見たい物」は叶わないが、もう一つの「ピアーズにしたいこと」ならば、実行できる。これは「見たい物」よりももっと時間はかからない。○○は再び明るい表情を作った。

「ちょっとだけ―ほんのちょっとだけ、ハロウィンのイタズラがあるんです!」

「○○」

 困ったようなピアーズの顔。

「本当に、時間がないんだ」


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