二重

「ベクター、ちょっと……」

 ○○は徐に手を伸ばし、ベクターの顔に触れた。

「目線は下のままね」

 そう言って彼の顎を少し上に上げる。

 ○○は元の位置に戻り、再びベクターの膝の上に顎を乗せた。

 先程のように純粋に「下を向く」ということで見える二重も恰好いいのだが、顔の位置は正面か正面より上で、目線だけを下にした時の二重や眼その物は別の恰好よさがあった。

 クールで何となくきつい雰囲気の顔立ちのベクター。とりわけきつい訳ではないのだが、普段は眼が一重に見えるからか、そして、鼻筋が通っているからか、決して「優しい顔立ち」ではなかった。またそこに「(少し)生意気そう」という雰囲気もあってか、全体的に「きつい」という表現が彼にはよく合っていた。そんな彼に見下ろされている……傍から見たら「バカなんじゃないの!?」と言われるかもしれないが、この「見下ろされている」時の眼は○○をゾクゾクさせた。

「で、俺はいつまでこうしていればいいんだ?」

 いつまでも自分の眼元を見つめる○○に、ベクターは静かに声をかける。律儀にも目線はそのままである。

「ん、もうちょっと……」

「こら!『もうちょっと』ではな―」

 ○○はいつの間にか身を乗り出していた。ベクターの唇から自分のそれを静かに遠ざける。

「ベクターの眼って好き」

「……お前は」

 下を向いていたベクターの眼がゆっくりと上を向き、見えていた二重の線が隠れるのがわかる。今度は○○がベクターを見下ろし、ベクターが○○を見上げる体勢になった。

「お前は唐突だな。かわいいことしやがって」

 その言葉と同時に、ベクターの手が自分の頭に触れるのがわかった。そして、その手に力が入ったかと思えば、引き寄せられて固定され、彼の舌が侵入してきた。

 彼の舌に負けじと、自分の舌を必死で絡ませる。

「男の人の好きな部位ってどこ!?」なんて質問には、みんなは何て答えるのだろうか。好きな部位の対象が好きな人ならば、私は間違いなく「眼」と答えるだろう。それは、ただ単に彼の奥二重の線の見え隠れが恰好いいということもあるが、好きな理由はそれだけではない。眼なんて、好きじゃない人のは大して見ないだろう。いや、殆ど見ない、全くと言っていい程見ないだろう。況して二重の線なんか尚更で、その見え隠れなんて、近い距離に居ないと見えやしないし、知ることもできない。そんな部分を知っているということは、すぐ傍に居るということで、相手もそれを許してくれているということである。そしてそれは、「特別」ではないだろうか。

 それが○○には嬉しくてたまらなかった。

 だから私は―、

 ――ねぇ、○○!○○って男の人の好きな部位ってどこ!?――

 静かに唇が離れた後、○○はベクターに優しく微笑んだ。

「ベクターの眼が好き」


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