私が彼女の存在に気付いたのは、いつ頃だっただろうか・・・。

 私は仕事終わりに、街の裏路地にひっそりとある行き付けの喫茶店「Mike」に行くのが日課だった。カウンターのいつもの場所に座り、いつものブラックコーヒーを注文する。人も疎らなその店は、どう見ても栄えているとは言えない。しかし、「知る人ぞ知る」だけが通い合う雰囲気や静けさ、そして、その味が、私は好きだった。

 ある日、カウンターの一番端に一人の女が居ることに気付いた。あまり新しい客など来ないこの店に、珍しいと私は思った。

 次に喫茶店Mikeに行くと、またもやカウンターの一番端に、あの女は居た。続けて同じ人間を見ることなどないこの店に、これもまた珍しいことだと私は思った。

 ところが、その次も、そのまた次も、よく覚えていないが何度も、私は店で彼女を見た。私が店に居れば後から彼女が来て、彼女が店に居ればその後から私が店に入るという感じで。

 私は、嬉しそうに笑う彼女を、いつもの自分の場所からぼんやりと眺めた。そして、いつものブラックコーヒーを飲みながら、彼女とは反対側のカウンターの端に視線を落とし、マスターを呼ぶ声に静かに耳を傾けた。

 いつの間にかこうなった日々を、どれ程繰り返しただろうか。

 私はいつしか、彼女の笑った顔を自分のものにしたいと思うようになっていた。マスターを呼ぶ声、その眼差し、何もかもを自分だけのものにしたいと。そして、“マスター”と呼ばれる男が、他の誰でもなくこの私であればいいと。

 今日、カウンターの一番端で彼女は泣いていた。溢れる涙を指先で拭っては、また静かに涙を流す。本当は声を上げて泣いてしまいたいのだろう。人も疎らで会話などよく聞こえるこの店で、周りの人間の目を気にすることで、必死に泣かないようにしているようだった。

 とうとう注文した飲み物に手を付けることができずに、彼女は席を立った。

 私はコーヒーを飲み干し、小銭をカップの傍に置くと足早に店を出た。涙を流しながらも歩き、進もうとする彼女の細い腕を掴み、そのまま強く引き寄せた。

 しかし、気の利いた言葉は見つからず、私が言えたのはたったの一言だった。

んなになるまで頑張るな・・・


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