「ハンクさ〜ん、こんにちは〜」

 冬のこの上なく寒い日、恋人のハンクの家へとやって来た○○。外は昨日、一昨日と降り積もった雪が太陽の光を浴びて眩しい程キラキラとしている。それと同じくらい眩しいハンクの笑った顔を、今日も見られると思っていた。

 この瞬間までは・・・。


・・・そんな・・・・・


「あれ?出てこないな」

 もう一度インターホンを押すも、ハンクが出て来る気配はない。静かにドアノブに手を掛けてみると、鍵は開いていた。いつもしっかりと戸締りをするハンク。変だなと思いながらも○○はドアを少し開け、玄関を覗いた。脱ぎ捨てられたハンクの靴。その先の廊下に目をやると、奥の方に黒いような塊が見えた。

「ハ、ハンクさ〜ん?」

 「入りますよ?」と付け加え、恐る恐る廊下を進む。静まり返ったハンクの家。いつもよりも暗く感じる。彼の家はいつもこんなに静かだったかと○○は考えた。いや、違う。こんな雰囲気ではなかったはずだ。いったい、何がこんなに居心地の悪い空間を作っている?○○は次第に緊張し、掌にじんわりと汗をかくのを感じた。

「ハンクさ〜ん!!!どこですか〜?」

 どんなに呼んでも、ハンクの返事はない。各部屋のドアを開けても、彼の姿はどこにもない。“どうしよう”○○の中にはそんな焦りが生まれていた。まさか、何者かに、敵対する組織に、襲われたとしたら・・・。大丈夫。そんなことはありえない。だってハンクは「死神」の異名を持つ程の男なんだから。○○は頭を振って、不安な思いを掻き消そうとした。

 残る部屋は、ハンクの自室のみ。もしかしたら、まだ寝ているのかもしれない。○○はそう思うことで落ち着きを取り戻そうとする。廊下の中ほどから、彼の部屋のドアを見つめると、先程見えた黒い塊がハンクの部屋のドアの前にあった。意外に大きく、何か液体のような溜まりがあり、ぴくりとも動かないその塊は、何とも言い難い異様な雰囲気を漂わせていた。

「ハンクさん・・・な訳ないよね・・・?」

 ○○の不安は最高潮に達した。

「あっ!そうだ!携帯!!!」

 ハンクの携帯に電話してみればいいことじゃないかと、○○はバッグの中を探る。そして、携帯の画面にハンクの番号を出し「発信」ボタンを押す。「お願い。早く出て」と○○は携帯を強く握りしめた。

―プルルルル・・・

「え・・・?」

 すぐ近くで携帯の呼び出し音が聞こえる。ハンクの部屋からではない、すぐ近く。

「う、嘘でしょ!?」

 ○○は一度電話を切ると、もう一度ハンクの番号を出し「発信」ボタンを押した。

―プルルルル・・・

「嘘・・・そんな・・・・・・」

 ハンクの携帯の音が聞こえるのは、彼の部屋の前にある黒い塊からだった。その黒い塊の端から、ハンクの黒い携帯の、○○からの電話を伝える赤い光が点滅していた。


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