二年越しの

 少し移動し、隅にあるベンチに腰かける。しゃくり上げるのも治まった頃、女は名を「○○」と言った。

 ○○は会社の海外研修でこちらに来ていた。一年間、英語圏で暮らし、海外支部に慣れる。しかし、研修終了後もずっとこちらに居る訳ではなく、また日本に帰らなければいけない。そして、海外研修で得た知識を発表し、誰が海外支部に相応しいかを一年かけて厳選される。

「せっかく一年かけて少し身に付けた英語も、また日本に帰って一年じゃ、忘れちまうな」

 何とも効率の悪いことをしていると言いたげに、ベクターは隣に座る○○に顔を向けた。

「なぜ俺が日本人だとわかった?」

「・・・私を助けてくれた時、ベクターさん、“全く”って言ったから・・・」

 なるほど、そういうことかと、ベクターは感心した顔をする。

「あんな状況下で、よく俺のあんな言葉が耳に入ったな」

 しばらくして、ベクターは「これからは気を付けろよ」とだけ言うと静かに立ち上がった。

「あっ、待って・・・何かお礼を・・・」

 去ろうとするベクターの背中に、○○は急いで腰を上げ声を掛ける。すると、ぴたりと立ち止まったベクターがゆっくりと振り向き、鋭い眼で○○を見つめた。

「・・・見ず知らずの男に“礼”などと言うものではない。今俺が、お前をこの場で押し倒したらどうするつもりだ。“礼”ならば拒否権はない」

「でも・・・」

 あなたは私を助けて下さいましたよ、と、○○はベクターに近寄る。

「お前の声がいつまでも耳障りだっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 ベクターはそう答えると前を向いて踏み出した。

「どうしても礼がしたいと言うなら、もう変な男に絡まれないことだ。それが一番の礼だ」


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