り善がりな想い

「・・・大丈夫か?」

 突然に聞こえた低い声。○○は俯いたまま体を硬直させた。すると、そのまま凄い力で引っ張られた。

「もう泣くな」

 本当なら嬉しくてたまらないはずのクリスの腕の中。しかし○○は、自分自身の何というところを見られてしまったのかという恐怖と、黒い感情で混乱していた。

「ぃっ・・・止めて下さい!!」

 ○○は乱暴にクリスの胸を押し退けると、息を乱して後ずさる。立った拍子に倒れた椅子の音が、大きく響いた。

「大丈夫。大丈夫だ」

 クリスは混乱している○○にゆっくりと近付き、再び抱き締める。驚かさないように優しく包み、震える背中をなでる。

「・・・止めて下さい、隊長・・・」

 クリスの腕から抜け出そうと、○○が力なく胸を押す。

「隊長がこうやって抱きしめてくれるのは・・・“隊長だから”でしょう?」

「・・・何!?」

 クリスは抱き締める力を弱めた。いつもの○○からは想像もできない程の弱々しい声だった。

 真っ赤になった目でクリスを見上げた○○。もう何もかもが限界だった。自分の気持ちを押し殺し、膝を抱えるのは。

「私が欲しいのは“個人として”なんです!“隊長として”は欲しくない!・・・隊長だからこんな風に抱き締めて・・・っ・・・優しい言葉なんか掛けないで下さい!」

 ○○は苦しそうにそう言い放つとオフィスを出て行った。

 廊下を走る○○の足音だけが、一人オフィスに取り残されたクリスの耳に響いていた。

「そんな訳ないだろう」

 クリスは○○が好きだった。自分が率いるアルファチームで、○○はいつも健気に頑張っていた。また、戦闘の一方、オフィスでは常に笑顔を絶やさなかった。残業で眠りこける自分に、いつもいつも毛布を掛けてくれた。そんな優しさは未だかつて味わったことのない物で、○○のその健気な姿や笑顔を見る度、その優しさに触れる度に、クリスは救われていた。荒ぶ心も、柔らかい毛布に包まれた自分の体のように、温かい物に包まれ守られている気がしていた。

 毛布を掛けてくれているのが○○だと知った時から、またそうされるのを望んでいた自分。不自然にならないように注意しながら、○○が残業の日に自分も残業をしたり、そうでない時は、オフィスに○○が戻ってくるのを見計らって、どれだけ寝たふりをしたことか。

 クリスは○○が出て行ったドアを見つめた。


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