ないおっさん

「クリス」

 “パチン”とキッチンの電気を点けた音が響いた。クリスが首だけを動かして振り向くと、そこには心配そうとも訝しげとも形容できる表情をしている○○が居た。

「どうしたの?クリス。どこか具合でも・・・」

 ○○はクリスの頬に触れようと手を伸ばした。しかし、あと少しで触れるというところで、その手は戻された。○○の瞳はある物を映していた。

「クリス、バナナ持って何してるの?」

 バナナを持っていたクリスを見て、○○の表情がはっきりと「訝しげ」なものになった。キッチンの電気を点ける前から、クリスの一部始終を見ていた○○。後ろ姿だったのではっきりとは「何」をしているのかは、わからなかった。しかし、「声」は聞こえていた。一人であんな言葉を喋っていたから、いったいどうしたのかと思えば、大好きなバナナに、「賛美の言葉」と言うか「いやらしい言葉」と言うべきか、そんなような言葉を投げ掛けて、艶めかしく変態な雰囲気を作っていたという訳か。

「いや・・・バナナを食べようと思って」

 手にしていたバナナを○○に見せ、クリスは至って普通にしている。

 ○○は目の前に出されたバナナを手にとった。バナナのちょうど真ん中程で括れができている。また、バナナがいやに温かい。それに柔らかい。

「・・・バナナ、あっためて柔らかくして食べるのが流行りなの?・・・いやいや、そうじゃなくて!危ない人になってるよ!クリス!!・・・と言うか、変態だよ!!バナナにあんなこと言って!!」

 独り言であんなことを呟くだけでも危ないのに、バナナに向かって言うのはもっと危ないと感じる○○。夕飯をたらふく食べた後、デザートにバナナを食べ、寝る前にもバナナを食べていたじゃないかと、クリスの腹を疑い、同時に過食症かと心配する。お腹がすくのは、あの逞しい体だ、しょうがないし、夜中にバナナ食べるのは勝手だけど、もう少し普通にできないのか。

 心配を掛けているとは気付いていない当の本人は、嬉しそうにパジャマ姿でバナナを剥いている。

「やっぱりお前は最高だ・・・」

 バナナに向かって、つい何十分か前に聞いたような言葉が聞こえた。

「荒ぶるおっさん」の次は、いよいよ「危ないおっさん」かと○○は頭を抱えた。


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