極めるおっさん
時刻は7時30分ほんの少し前。
―Get banana and gorilla ひとりでは解けない愛のバナナを抱いて・・・
リビングのテレビは、先程のアニメの終了を告げている。
そう、クリスが月曜日に早く帰ってくる理由はただ一つ。アニメ「TOWN HUNTER」を見るためだ。
「あ〜!今日も最高だな!TOWN HUNTERは!!」
○○を吹っ飛ばしたことなど全く身に覚えのないクリスは、至極ご機嫌な表情である。たった今まで自分の膝の上に置いていた、いつしかゲームセンターでとったゴリラのぬいぐるみであるゴリスを抱きかかえると、食べ終えた3本のバナナを生ごみ用のゴミ箱へと放り投げた。
○○は、腹部の臓器が全て破裂でもしているのではないだろうかというような酷い顔色で、キッチンの椅子にぐったりと凭れる。
「・・・クリス・・・残業は・・・?」
最近は忙しいらしく、本当は18時の終業時刻が一時的に18時30分になったと、つい何日か前に聞いたばかりだ。しかも、その後は残業がたんまりとある。(残業は強制ではない)
「そんなもんするか」
「・・・何で・・・?」
答えのわかりきった質問を、ついついしてしまう。その答えを本人の口から聞いた時、それはイライラを増加させる要因にしかならないのだが。
「TOWN HUNTER見たいから」
「・・・録画予約したじゃない・・・」
毎回、録画は欠かさない。休日にゆっくりと見たっていいはずだ。
「リアルタイムでも見たいんだ!」
「・・・仕事・・・後片付けとかあるでしょ?・・・よく・・・30分で間に合うね・・・」
○○は疲れ切った生気のない顔で、クリスを見つめた。その両目は白目である。
一時的に18時30分になった終業時刻。その時間にスパッと仕事を終わりにしても、片付けで時間がとられるはず。家からオフィスまでは車で20分。仮に10分で片付けを終わらせたとしても、交通事情も考えて7時までに帰ってくるのは困難なはず。現に、クリスはガレージからリビングまでさえも全速力で走って来た。
「18時20分にはもう全部終わりにした。片付けもな!残りの10分はデスクの椅子で回転して遊んでた。半になって帰ろうとしたんだが、司令部のヤツに話し掛けられちゃって参ったよ!だから90キロでとばして来たんだ!!」
おいおい・・・一般道で90キロも出すなよ・・・。ってそうじゃなくて!終業時刻前に終わりにして椅子で遊ぶなよ・・・!いいのかよ・・・アルファーチームの隊長が・・・。
疲れ果てる○○。
「ちなみにな!」
クリスの言葉に、まだ何か続きがあるのかと、○○はうんざりとした白目を向ける。
「ピアーズはな!射撃場に行くふりをして、今じゃ使ってない会議室に行くんだよ!そこにあるテレビでリョウちゃんと同じセリフを言いながら、自分も成りきってTOWN HUNTERを見るんだよ!!」
ピアーズさん・・・ついに頭がおかしくなっちゃったのかしら・・・
クリスの言う“リョウちゃん”とは、TOWN HUNTERの主人公、才羽リョウ(ざえばりょう)のことである。
「最近はそれが、ピアーズの一番のストレス解消法らしい!」
うっ・・・いらない情報すぎる・・・!!
「さすがだよな、ピアーズは!!だからな!俺たちでTOWN HUNTERを極めることになったんだ!!」
上司が上司なら部下も部下だわ、と、○○は白目のまま開いた口が塞がらない。
「あっ!それはそうと、○○!!明日、ピアーズが夕飯を食べに来るからな!!」
「はいはい・・・」
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