極めるおっさん
今日は月曜日。その夜、7時5分前―
自宅のガレージに車が停まる音がして、○○は一瞬のうちに「またか!」と眉間に皺を寄せる。最近の月曜日は、いつもクリスの帰りが早い。週明けの初日、休日の次の日であるというのにだ。なぜクリスは、月曜日は決まって7時までに帰って来るのだろうか。
その理由は知りたくもないが、残念ながら、少し前に知ってしまった。
「はいはい・・・今行くから・・・」
ガレージから全速力で走って来る足音が聞え、○○はクリスを出迎えるために玄関に向かう。
もっと静かに帰って来られないかねぇ〜。
○○が玄関のドアノブに手を掛けた、その時だった。
「ム〜ン!!!!!!」
クリスのフィニッシュブローを決める時の掛け声と共に、ドアが勢いよく引かれた。そして鼻息荒く、クリスがドスドスと入って来る。
掴むはずだったドアノブは瞬時に遠退き、○○の手は入って来たクリスの掌を握ってしまう。
そして―
「ぶぉわぁぁぁぁーっ!!」
全速力でドスドスと入って来たクリスの力強い第一歩、元い「膝蹴り」を腹部に諸にくらってしまう。たった0.何秒か前まで居た位置から3メートル程後ろに、○○はカタカナの「コ」の字のような恰好で吹っ飛ばされた。
「ぬぉわぁあぁあぁっ!!」
しかし、痛みに悶え激痛に顔を歪ませるのも束の間。3メートル程後ろに吹っ飛んだということは、廊下のどこかに逆戻りして家の内部に近付いたということになり、自分にとっての「後ろ」に吹っ飛んだということは、クリスにとっての「前」ということである。つまり、何が言いたいかというと―
全速力でドスドス走るクリスの、一直線上。そして、真正面。
迫り来るクリスの力強すぎる両脚。起き上がれない自分。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
彼と一緒に過ごしてから何度目かわからない「終焉」の顔で、○○は地震でも起こせそうな悲鳴を上げる。
その瞬間、全てがスローモーションのように感じられた。
自分の真上を飛ぶクリス。細い廊下の幅に合わせ、ハードル走でもしているかのように、縦に180度開く脚。バレリーナのように爪先までしっかりと伸びて、その爪先は靴下を履いていてもわかる程力が込められている。「目的地に着くまで絶対に気が抜けない」という、意志の強い双眼。
そして、スローモーションは終わる。
○○を飛び越えたクリスは廊下を走り終え、スライディングで直角に曲がり、リビングへと入り込む。その時に、テレビのチャンネルを入れた。
廊下の半ばで、ハァハァと息を切らす○○。
時刻は7時ちょうど。
―バナナよ消えないでもう u um I need you ずっと探してた・・・
今の○○の後方にあたるリビングから、アニメ「TOWN HUNTER」のオープニングが聞こえてきた。
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