頑張るおっさん
バナナの専門店である偉葉屋・・・クリスとピアーズが到着すると、店は不気味な程静かだった。ふと屋上に目をやると、店の従業員なのか、青い服を着た女が見えた。
「バナナァ!!」
クリスは怒りに叫び、ドスドスと店の中に入って行く。屋上まで続く階段をゴキブリが走るかの如く、一段一段高速で上がって行く。
「ヌゥンッ!!!」
そして屋上の扉を蹴って開け、柵の切れ間に立つ女にバナナを構えた。
「バナナァ!!!」
女はゆっくりとクリスとピアーズの方に振り向き、呆れた顔をした。
「“バナナァ!!”“バナナァ!!”って煩いわね」
女の手には茶色いバナナが握られている。
「公園でゆらゆら歩くお仲間に、きちんと対処できたの?」
その言葉に、クリスは怒りで歯をギリギリ言わせながら、更にバナナを力強く構える。
「支給されたバナナを自分より先に食べるなんて・・・部下には苦労させられるわね?」
皮肉たっぷりな言葉で口の端を釣り上げて笑う女に、クリスは再びゴキブリの如く、二、三歩近付いた。
「挑発に乗っちゃダメだ!隊長!」
クリスの足の動きに負けず劣らずのピアーズ。クリスに近付き心配そうな顔をすると、その次の瞬間には、「心配から180度違う顔」を女に向けた。
「誤解しないで」
女はさも退屈なように腕を組みながら、茶色いバナナを持つ右手を顔の横でちらつかせる。
「あなたの部下たちには感謝してるのよ“バナナリズム有酸素運動”の実験台になってくれて」
「ンヌアァッ!!!」
女がクリスたちの方に顔を向けた瞬間、クリスは構えていたバナナを女のバナナに向かって凄い勢いで投げた。
女の手からバナナが弧を描いて宙を舞い、屋上の外へと飛び出して行く。
女はバナナのなくなった手を見つめると、再びクリスたちに口の端を釣り上げて笑った。
「みんなで一斉にバナナを食べ、バナナで乾杯する計画だったのに先に食べられ・・・しかも支給されたバナナは黄色ではなく茶色いバナナ・・・更に仲間は変な動きを繰り返し・・・俺は今、お前への殺意に猛烈にとりつかれている!!」
“バナナリズム有酸素運動の実験台になってくれて”の言葉で、この青い服を着た女が仕組んだということは既に明らかになっていた。
「だが、BSAAにはみんな仲良く黄色いバナナを食べるという使命がある。早く帰って食べなくてはならない!!一人なら忘れていたところだ」
怒りを鎮めるように、自分に言い聞かすように言葉を発するクリス。
「投降しろ!!」
この言葉と共に、クリスはバナナをナイフのように、ピアーズはバナナを手裏剣のようにしてサッと素早く構える。重心をどっしりと落とした。
「もう遅いわ。スーパーMikeに向かった私の部下が、既に茶色いバナナの特売を始めている」
「“特売”だと・・・!?」
クリスはバナナを構えたままピアーズに目を向ける。“スーパーMike”この言葉に聞き覚えがあった。
「隊長!隊長の家の近くのスーパーですよ!!・・・○○さんが危ない!!!」
クリスの耳にしっかりと聞こえたピアーズの言葉。外は西日が傾き、スーパーMikeの夕市が始まる頃である。
「○○っ・・・!」
クリスの頭には、茶色いバナナを買おうか迷っている○○が映し出される。
「茶色いバナナを持って練り歩く・・・何時間か前の公園の光景よ。でも次は規模が違うわ」
女の声にはっとして、クリスは目を戻す。
今までにないくらい、口の端を釣り上げて女は笑った。
「全スーパーでよ」
“手始めにスーパーMikeからよ”と女は言い残すと、両手を広げて屋上からジャンプし、どこかへと消えた。
「くそっ!今のはいったい・・・!?」
ピアーズは顔をしかめて辺りを見回した。すると、女の足元に残された、蓋付のバスケットが目に入る。片膝を立ててしゃがむと、ピアーズはゆっくりとバスケットを開けて中にある物を手に取った。
「ヒョウ柄のバナナです」
ヒョウ柄のバナナ・・・つまり、茶色になる一歩手前のバナナが残っていた。
「ヤツは、茶色いバナナとヒョウ柄のバナナでどのくらい効力に差があるか試していたようです!二本分の茶色いバナナの皮と、一本分のヒョウ柄バナナの皮が残ってる・・・!」
ピアーズはバナナの皮を摘み上げた。
バスケットには、全部で茶色いバナナとヒョウ柄バナナが2本ずつ入っていたということだ。
「食べちゃダメだ。分析用にそれをHQへ持ち帰れ」
クリスの言葉に、ピアーズはバスケットを脇に抱える。
クリスは耳に付けた無線機に手を当てた。HQへ連絡を入れている。
「こちらクリス!至急、スーパーMikeで茶色いバナナを売る店員を確認してくれ!」
『連絡手段が完全にマヒして、スーパーの店長と連絡が取れない。少し時間をくれ』
「急いでくれ!茶色いバナナを売られたらまずいんだ!全スーパーに集団催眠術がかかけられようとしている!!まず狙われたのはそのスーパーなんだ!!!」
バナナリズム有酸素運動など、はっきり言って集団催眠術でしかない。
無線機から手を戻したクリスに、ピアーズが顔を向ける。
「どうします?」
「スーパーMikeに向かう!何か止める手段があるはずだ!・・・それに・・・!!」
二人は偉葉屋から出るため、屋上の扉に向かい駆け出した。
○○がスーパーに居て、もしも茶色いバナナの試食なんかを食べてしまったら・・・。
「○○が危ない・・・!!」
「了解!」
「隊長!いいものがありました!乗って下さい!!行きますよ!!」
偉葉屋から出たクリスとピアーズ。クリスが○○に連絡をとろうと携帯電話を取り出す中、ピアーズは停めてあった一台の自転車を見つけた。どうやら鍵が付けっぱなしになっているようだ。
二人は勢いよく一台の自転車に跨った。その拍子に、自転車は鈍い音を発し、タイヤは空気が抜けたようになる。100キロと67キロを合わせた167キロでは、自転車は相当にダメージがあるらしい。
しかし、クリスとピアーズはそんなことを少しも気にしなかった。
「漕げるか!?ピアーズ!」
「いつでもOKです!」
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