激しいおっさん
ピアーズがすぐ隣のユーフォーキャッチャーをプレイし、その彼に時々見守られながら、クリスは目の前のゴリラのぬいぐるみを取ることに専念していた。“3000円以内でゴリラのぬいぐるみを取る”という目標を掲げて。
何回かプレイするまでは至って普通のクリスだった。しかし、回を重ねるごとにクリスは段々と熱くなっていった。
「もう一回だ!」
鼻息荒く、目付き鋭く、思い切り力をこめてボタンを押す。
こんなことを何回繰り返しただろうか。
いつまで経ってもゴリラのぬいぐるみが取れず、クリスがイライラしているのをピアーズは察知していた。
「このままプレイするのは無謀です。態勢を立て直しましょう!・・・隊長!!」
ピアーズがクリスに声を掛けた時、丁度、係員が「お客様、こちらの景品、取りやすい場所に置き直しますね」とやって来た。これで少し態勢が変わるかと思いきや、係員がゴリラのぬいぐるみを置き直した場所は余計に取りにくい場所だった。
この時既に、目標の3000円はとっくに使ってしまっていた。
意を決したように、ピアーズは財布から小銭を取り出した。
「止めろ!」
そんなピアーズに対し、クリスは制止をかける。
「こうなったらもう、プレイしまくるしかない!」
クリスに代わって自分がプレイしようと、小銭を投入口へ近づけるピアーズ。
しかし、ピアーズがその小銭を入れようとした瞬間、クリスが彼の腕を掴んだ。
「あんたがこのゴリラのぬいぐるみを取るために、俺が仲間としてできることは、このユーフォーキャッチャーを・・・!」
ピアーズは余儀ないことだと言わんばかりに声を上げた。
こうしている間に心身は共に疲労を増し、目の前のユーフォーキャッチャーの難易度は上がっていく。切羽詰まった状況に、二人はどうすべきかと苦しげな表情でゴリラのぬいぐるみを見つめた。
その後、何度プレイを続けてもゴリラのぬいぐるみは取れず、クリスはユーフォーキャッチャーのガラス扉部分を感情任せに思い切り叩いた。
「落ち着いて下さい」
荒れるクリスに、ピアーズは静かに声を掛けた。
しかしクリスは、憤怒の形相でピアーズを振り返る。
「お前はここまでプレイしても取れなくて、何とも思わないのか!あの係員のせいでこのゴリラのぬいぐるみがどんなに取りにくい場所に・・・!」
「そんなことはわかってる!だけど隊長、そいつはただの恨みだ!」
ピアーズはそのまっすぐな目をクリスに向けた。
「あんたが怒りにとらわれてプレイしなければ・・・少なくとも2000円の出費は防げた!」
「黙れ・・・」
クリスはピアーズの視線から逃れるように顔を背ける。
そんなクリスに追討ちをかけるように、ピアーズは続けた。
「“3000円以内でゴリラのぬいぐるみを取る”っていう目標なんか、もうどうでもよくなってんだろ!?」
「黙れ!」
クリスは振り向き、声を荒らげた。
「あんたが3000円以内で取れると信じて応援してる○○さんが哀れでしょうがないよ!」
ピアーズも負けじと声を荒らげる。
「―ヌァァッ!!!」
声にならない声と共に、クリスはピアーズの体を壁へ強く押し当てた。
喧しい音や音楽が鳴り続けるゲームセンターに、生身の人間が壁に当てられるという似つかわしくない、且つ、生々しい音がした。
ピアーズはそんなクリスを押し戻すと、彼の胸元の服を掴んだまま、惑う彼の瞳を見つめる。
「俺たちの希望だったクリス・レッドフィールドは・・・そんなヤツじゃなかったはずだ!今のその姿・・・○○さんに見せられるかよ」
何かを感じたように揺れるクリスの瞳、しかし少しの静止の後、クリスはピアーズを突き飛ばした。
「俺は何円かかってもこのゴリラのぬいぐるみを取る」
クリスはそう言うと、ピアーズに背を向けた。苦虫を噛み潰したような顔で、再びゴリラのぬいぐるみと取ろうとゲーム台に近づく。
「俺も取りますよ」
目の前の背中に、ピアーズは言葉を発した。
「今のあんたは危なっかしすぎる。いくら使うかわかったもんじゃない」
[ back to top ]