―Snipe Of Love―
刹那、瓶の割れる音が響く。続いて、破片がそこら中に散らばる音。
男は仰け反り、最初に居たテーブルの椅子に尻餅をつく。
「早く!!逃げて下さい!!」
男が尻餅をついて呆然としている隙に、○○はもう1人の女の手を引き、店の外で心配そうな顔をする連れの元へと促す。
「ほら、行って下さい!!早く!!」
女は泣きそうな顔をして頷いた。
目の前の女を見る限り、怪我はないようだ。目を閉じて自分とは反対の方に顔を向けろと言ったのは、飛んだガラスの破片で怪我をさせないためだった。
○○は少しだけほっとしたような表情を見せる。
しかし、その時だった!
「―ぅ、く!」
背中に痛みが走った。突然のことに、○○は顔を歪ませる。女が逃げるのに気を取られていた○○。男に胸座を掴まれ、テーブルに勢いよく押し倒されたのだ。
どこから持って来たのか、男の手には酒の入った新しい瓶が握られている。○○が気を取られていた隙に、近くのテーブルの人たちの瓶に手を伸ばしたのか。
男はその瓶を○○の顔の真上で逆さまにする。
「うっ・・・!!!!!!」
勢いよく顔に酒の原液がかかる。胸座をいつまでも掴んでテーブルに押し付ける男の手をどけようと抵抗したり、酒を飲まないように顔を背ければ背ける程、酒は口の中へと入っていく。
「ぐっ!!!」
酒が喉の奥に流れてきて、○○は噎せて咳き込んでしまう。しかし、それによって大量の酒を飲んでしまう。
「○○ーーーっ!!!」
△△が叫び、店内の全ての客が何事かと腰を上げた。先程から、○○が居る所とは遠いテーブルで眉間に皺を寄せていたピアーズも急いで立ち上がる。
○○の元へ走るピアーズの他に、もう1つの影があった。
顔にかかる大量の酒で、息継ぎもままならない○○。どうにか抗おうにも、宙に浮いた両足では思うように力が入らない。それでもなお抵抗を続ける両手は、自分の真下にあるテーブルにぶつかり、そこに散らばった割れた瓶の破片によって傷を作っていく。○○の七分丈に折ったワイシャツから出た肌には血が滲んでいた。
「お前みたいに、愛想よく笑って酒注いでる女なんかとこっちじゃ、住む世界が違うんだよ!!!」
男の罵声と共に、抵抗を続けていた○○の動きがピタリと止まった。
あの時の全ての言葉が蘇る。しかし今まで忘れていた訳ではない。
―ねぇ、あの時の聴いた?
―聴いた聴いた!『デキる女』だって!!
―あの娘たち、飲み屋の娘でしょ!?ムリムリ!!オフィスワークなんて!!
―困るよねぇ!スーツ着ただけで“BSAAの事務職員”だなんて言われちゃ!
―大体さぁ、あんな飲み屋で働いてる娘とBSAAじゃ、住む世界が違うし身分が違うんだって!
―ホントホント!あっ、ねぇ!今度あの娘たちのお店に行ってみようよ!
―いいねぇ、それ!!いったいどんな仕事してるんだか!
そして、
―お前みたいに、愛想よく笑って酒注いでる女なんかとこっちじゃ、住む世界が違うんだよ!!!
○○の眼は放心したかのように、定められていない宙のどこかに向いているだけだった。
―「おい、まずいんじゃないか、あれ」
―「店の責任者は居ないのか!?」
先程よりもざわつく客たち。
しかし、聞こえてきた誰かの自分を呼ぶ声に、○○は我に返る。酒で滲んだ視界の中で2つの影が見えた。
2人・・・!?誰?・・・・・・もう1人は・・・ニヴァンスさん!?・・・嫌・・・!ニヴァンスさん・・・こっち来ない・・・
○○は再び、胸座を掴んでいる男の手を両手で握ると、
「でっ!!!」
宙に浮いた両足を腹まで引き寄せ、男の腹目がけて思い切り突き出した。
再び、椅子に尻餅をつく男。その隙に、テーブルから転がり下りる○○。
「おい、○○!!大丈夫か!?」
そう言って肩で息をする○○に駆け寄ったのは、ピアーズの他に見えた、もう1つの影だった。
「セバス・・・チャン・・・!?」
そう、影の主はセバスチャンだった。
ピアーズは未だ暴れる男を押さえ付ける。ピアーズに続き、マルコやフィン、ベンも続く。
そして、騒ぎの中央に向かってゆっくりと歩き、こちらを見守る客の方に顔を向ける△△。
「皆様!!お楽しみ頂けましたでしょうか!?今宵!ハラハラするような突然の演出!!」
―えっ!?これ、演出だったの!?
―やだぁ!心配しちゃったぁ〜!!
「まず、協力して下さった2人の女性に拍手を!あ、もうこの2人はお帰りになりましたが」
△△の言葉で、どっと笑いが起こる。
「次に、急遽役を引き受けて下さった、今もあちらのテーブルで押さえ付けられてるスミスさんに拍手を!!」
今日初めて見た酒乱の男の名前など知らないので、△△は適当に名前をつける。
「それから、よく当店に来て下さるセバスチャン!、BSAAの方々に拍手を!!」
△△は双方を見やり、手で示す。
「そして最後に!!身体をはった演技!!当店STANDING ALONEの●●に拍手を!!!」
店全体から大きな拍手が起こる。続いて、指笛や声援も。
○○は上半身を起こし、にっこりと笑いながら手を振り、その手を丸め、親指だけを立ててみせた。
「さぁ皆様、お時間が許す限り当店でごゆっくりしていって下さいませ!!」
△△のこの言葉で、客たちは頷きながらテーブルへと戻り出す。
「○○、大丈夫!?」
客が背を向けるとすぐに、心配そうな表情で△△が駆け寄った。
「ありがとう・・・騒ぎにならないようにしてくれて・・・ナイス・・・!」
本来なら警察を呼んでもおかしくないこの状況を、演出だとごまかしてくれた△△。そんな親友に対し、○○は再び親指を立て、疲れた笑顔を見せた。
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