―Snipe Of Love―
誰も居ないかのような静寂の中、銃を扱う音だけが響く。標的を捉えるような鋭い目付き、真剣な表情、そして、流れるような無駄のない動作。
○○の眼はピアーズに釘付けになった。
そして―
グローブを付けたピアーズの指が引き金を引いた。
刹那、耳を保護するために付けている耳当てを通り抜け、予想以上の音が耳に響く。無意識のうちに、○○の肩はほんの僅かに揺れていた。
ピアーズの正面に見える人形の的は、額の部分に穴が空いている。
「・・・す、すごっ・・・!!」
○○は思わず声を漏らした。
「サンキュー」
ピアーズは嬉しそうに笑うと、○○を手招きする。
「ほら、あんたの番」
「はい」
静かに銃に触れると、その硬さが指先から伝わる。そして、両手で持ち上げれば、どっしりとしたその重さが伝わった。
「二ヴァンスさん、銃って重いですね」
「まあな・・・大丈夫、俺がちゃんと支えるから」
ピアーズは○○の背中から抱きしめるようにして、銃の構え方を教える。○○の握る上から、自分も同じようしてに握った。
自分のすぐ後ろから聞こえるピアーズの指示。その指示と、彼の手が導くままに、○○は動作を進めていく。
密着する2人の身体。ピアーズの視界に○○の項が鮮明に映る。○○は銃を扱うため、ハーフアップの上から一つに髪を結わいたのだ。いつもなら緊張するピアーズであるが、今はそういったことよりも真剣さが勝っていた。
「しっかり狙って。自分がここだと思ったら、引き金を引いてみな」
静かに頷く○○。
少しの後、ここだ!と思った。
引き金を引いた瞬間の身体への反動。先程よりも耳に響く音。正面の的には・・・
「壁だな」
耳元でくすりと笑うピアーズ。
そう、○○の撃った弾は正面の的を外し、その後ろの壁にめり込んでいた。
ピアーズはそのままの姿勢で銃のセーフティ装置をオンにし、○○の手から静かに放す。そして、自分の耳当てを取り、○○の耳当てをそっと外すと優しく微笑んだ。
「お疲れ!」
そう声をかけた途端、ピアーズは自分たちが密着していたことに気付く。そして、よく見える○○の項や首筋に眼が行ってしまい、密かに頬を赤くした。
しかし、聞こえてきた○○の静かな声で現実へと引き戻される。
「・・・二ヴァンスさん・・・」
正面を向いたままの○○。
銃で人は死んでしまうこともある。死には至らないが傷を負わせることは確かだ。BSAAは対バイオテロであるから、ここに居る人たちは人間を撃つということを最後の最後まで避けるだろう。いや、対バイオテロ云々の問題ではなく、銃の危険性を知る者ならば、そう簡単に銃など向けたりはしない。しかし、逆に向けられたら?今、自分は遠くから撃って的を外したが、これが近距離や至近距離だったら?至近距離ならば、どこかしらに当たり傷を負わせることも可能だろう。こんな風に、全く銃に触れたことがない者にでも至近距離で銃を向けられたら?そして引き金を引かれたら?
「・・・二ヴァンスさん・・・」
・・・怪我しちゃう・・・怪我じゃ済まされないかも・・・。
そんなことを考えたら、急に怖くなった。
今改めて考えるよりもずっと前から、ここに居る人たちはそういったことを考え、いつ自分が死ぬかもしれない恐怖と背中合わせで戦っている。
わかりきっていたことなのに。わかりきっていることなのに。
どうしようもなく怖くなった。
「おい」
ピアーズに顔を覗き込まれ、○○ははっとして眼を合わせる。
「大丈夫か?」
「・・・あ、はい・・・!」
遅れた○○の返事に、ピアーズは一瞬、不思議そうな顔をする。
「それなら、いいんだけど」
「すみません、ぼうっとしちゃって。壁の修理代・・・気になっちゃって・・・」
咄嗟に嘘をつく○○。
怖くなったのもそうだが、もう一つ思うところが○○にはあった。銃を構えた時のピアーズの表情。その鋭さや真剣さは、そういった危機感なしに生活をしている自分とは無縁のように感じられた。そして、何となくそれが、自分とは住む世界が違うかのような、遠い物のように感じられた。
ピアーズは何とも言えない表情で○○を見つめながら口を開いた。彼は、この時の○○の形容し難い表情を見逃してなどいなかった。
「・・・そうだな・・・けっこう高く付くんじゃないか?俺が払っとくから・・・店に行ったときの代金は暫くタダにしてもらおうかな」
一息吸い込むと、ピアーズは続ける。
「アルファチームのオフィスに行くか。そろそろいい時間だしな。みんながあんたに会いたがってる」
「・・・はい!」
○○はほんの少し微笑んだ。
[ back to top ]