―Snipe Of Love―
少し歩くと、何かを思い出したようにピアーズが○○と△△に顔を向けた。
「そうだ、2人とも!これ―」
そう言いながらピアーズが何かを手渡そうとしたところで、彼の手中にあったそれは2人に届くことなく廊下に落下した。
廊下に視線を落とせば、誰かがしゃがみ、急いでそれを拾っている。
「す、すみません、皆さん!」
そう言って申し訳なさそうな顔をしたのは、資料の入った段ボール箱を2つを抱えたフィンだった。どやら、前がよく見えずにぶつかってしまったようだ。
「来訪者カードですか・・・はい、○○さん。そして、△△さん」
拾い上げたフィンは手の中の物が来訪者カードだとわかると、それを2人に渡した。
「本当にすみませんでした。ちょっと急いでいたもので・・・・・・後でアルファチームのオフィスで会いましょう!では!○○さん!△△さん!見学、楽しんで下さい!」
フィンは○○たちに頭を下げると、急いで廊下を走って行く。
「そそっかしいな、フィンのヤツ。まぁ、いいや。」
フィンの後ろ姿を見送ると、ピアーズは再び○○たちに向き直る。
「来訪者カードだ。別にこんなの付けなくてもいいと思うんだけど・・・もしも上のヤツらに見つかったら煩いから、一応付けておいてくれ」
そう言ってピアーズは苦笑する。
「わかりました」
○○はカードを首からかけると、まじまじとそのカードを見つめる。すると突然、○○の顔がぎょっとした物に変わった。
「ど、どうした!?」
○○の表情を見ていたピアーズが声をかける。
「あ、いや・・・これは・・・」
○○が戸惑いとも何とも言えない声色とともにカードを見せると、周りに居た3人は一斉にそのカードに注目した。
「あーーーっ!!!あンのやろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
ピアーズは先程フィンが消えて行った廊下を振り返る。
○○のカードには、『俺(ピアーズ・二ヴァンス)の専属のお客さん(女)』と厚紙に赤マジックで書いてあったのだ。
「この字は・・・マルコの字だな。きっと、さっきフィンに擦り変えさせたんだろう」
そう言って、クリスもピアーズと同じように、フィンが走って行ったであろう廊下の先を見つめる。しかし、その表情はどこか楽しげである。
この前の店での悪戯に引き続き、これまたマルコの悪戯である。資料を運ぶフィンをわざとぶつからせ、その時に正規の来訪者カードとマルコお手製のカードを擦り変えたのだ。
「ねぇ、△△のカードは?何か書いてある?」
「え〜っと・・・!」
自分のカードだけではなく、△△のカードにも何か書いてあるのだろうか。○○は気になった。それに、自分だけがこのマルコお手製のカードをしていると、赤マジックの文字その物みたいだが、△△と2人でこのカードならば、BSAA見学の(冗談を多く含んだ)サプライズみたいな物として扱えるだろう。後でアルファチームのオフィスにも行くのだ。見学者が2人してこれなら、チームの人たちも笑うだけで済むだろう。
「あ・・・」
何度かカードの裏表を返した△△が静かに口を開く。
「・・・何も書いてないや・・・」
その表情は少し寂しげだった。
「・・・いいなぁ・・・○○・・・」
「3人とも、ちょっとここで待っててくれ!」
唐突にクリスが言葉を発した。その場の雰囲気と会話の流れからは想像もつかない物だった。そして、その場を駆け足で去って行ったかと思えば、1分程で戻って来た。手に何か持っているようである。
「あっ・・・!」
△△が僅かに声を上げたのと同時に、既に首にかけてあった△△の来訪者カードがクリスの手の中に納まる。クリスはカード部分の厚紙を取り出すと、何やらそこに赤い色で書き始めた。
先程クリスが“そこで待っててくれ!”と言ったのは、このためだったのか。手に持っていた赤い物は赤いマジックだったのだ。
書き終わり、新しくなった来訪者カードを見て、△△はまた静かに声を上げる。
「・・・あ・・・!」
新しくなったそれは、来訪者番号だけが二重線で消してあり、元々書いてあった『来訪者』の文字はそのまま。その上に赤マジックで書き足されていた。全てを合わせると、こう書いてある。
『俺の大切な来訪者』
△△はクリスの顔を見つめ、嬉しさと寂しさが入り混じったような表情を作る。『俺の大切な』は付け足されたが、その後は『来訪者』のままである。大切とは想われているのかもしれないが、それはビジネスとして、つまり、プライベートで・・・などという物ではないのだ。もしくは、本当はそういう感情があるが、勤務中のこの場ではそれを隠しているか・・・。それか、ただ単に○○のカードと内容を同じようにしただけか・・・。
本当の気持ちはクリス本人と、彼からそういう話を聴く者しか知らない。
「二ヴァンスさん!!」
○○は先程のクリスと同じように唐突に言葉を発した。そして、マルコお手製カードの真っ赤な文字をピアーズに見せる。
「二ヴァンスさん!!“専属のお客さん”なら・・・それらしく案内してもらおうかな〜・・・射撃場も見たいし食堂も見たいし・・・至れり尽せりってことで・・・」
これは、△△とクリスを2人きりにさせる、咄嗟に浮かんだ○○の作戦だった。△△は好きな人にとても積極的で、一生懸命が故に周りから「ふざけてる」だの「ただ騒いでるだけ」だのと疎まれることもしばしばあるが、本当に一途にその人を想っていることを、○○はよく知っていた。寂しそうな顔をしても、それで諦めるようなヤツではないことも知っている。親友の恋は、自分も応援したい。
ピアーズは○○の発言をすぐに理解したのか、その作戦に賛成だという意志を、クリスたちには見えないように表情に表す。
「あ、もちろん、1対1でていね〜いに案内してくれなきゃダメですよ?」
○○は念を押すように言いながら、口の端を吊り上げる。
「いいぜ?喜んで」
ピアーズからすれば、自分と2人きりになりたいという○○の申し出を断る理由がない。本当は△△とクリスを2人にする作戦だが、これは自分のターンでもあるのだ。
「じゃあ△△!そういうことで!!二ヴァンスさん専属のお客の特権を発揮してくる!!」
○○は△△に八重歯を見せてニッと笑い、
「じゃあ隊長!後でアルファオフィスで!!何かあったら連絡して下さい!」
ピアーズはクリスに社内携帯を見せて示す。
「よし!行くか!!」
「はい!行きましょう!!」
○○とピアーズはアイコンタクトで頷くと、足早にその場を離れた。
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