行き過ぎた悪戯
―Snipe Of Love―

「すみません・・・二ヴァンスさん・・・」

 数分後、○○は苦笑を濃くしていた。いや、濃くするどころではなく、苦笑を通り過ぎて「気まずい」ところまで来ているかもしれない。フィンの所はそんなに狭いのだろうか、更に詰めて詰めて詰めて・・・○○の身体の右半分は完全にピアーズに密着していた。

「いや・・・大丈夫だ・・・」

 ピアーズは先程と同様に笑ってはいるが、その眉間にはしっかりと皺が寄り、口は「へ」の字にぐっと曲げられている。実はこれは、人前で○○とこんなにも密着しているのが照れるような嬉しいようなで、しかし、自分が悪いのではないのだが何だか怪しからんようで、そうは言ってもやはり照れるような嬉しいようなで、顔が赤くなってにやけてしまうのを防ぐための、ピアーズの精一杯の努力なのである。

「あのぉ・・・マルコさん、フィンさん・・・さすがにこれ以上は詰められないんですけれど・・・」

 ○○はマルコたちとピアーズを交互に見やる。自分の左側にはマルコとフィンが、右側にはピアーズが居る。詰めたら詰めたでピアーズと密着するわ、詰めなかったら詰めなかったで今度はマルコと密着するわ、どうしたものかと悩む。○○からは、フィンの所がどのくらい狭いのかが、マルコが居て見えないのだ。

 マルコはと言うと、ピアーズを見ながらニタニタを深くしていた。どうやら、この状況に対しピアーズが○○にどんな反応を示すのか、楽しんでいるようだ。

 こうしてる間にも、フィンとマルコはどんどん詰めてくる。

「△△っ・・・!!」

 ○○は小声で親友の名を呼び、助けを求めるように自分の眼をパチパチさせた。しかし、△△からの返事は助けを了解するものではなかった。

 え?何・・・?

 △△も○○と同じように眼をパチパチさせる。眼をこれでもかと言う程大きく開いて少しの間静止した後に、眼をパチパチとする。その眼の迫力に鼻息も付いて来そうだ。

 わかんないよ・・・!何・・・?

 ○○が今度は口をパクパクさせれば、△△も同じようにして答える。△△がゆっくりと動かす唇を、○○は食い入るようにじっと見つめた。

 ええと・・・わたし・・・も・・・くり・・・・・・りす?・・・さん・・・と?・・・ミッチェル?・・・し・・・かいぃん・・・?

 読み取った言葉はこれが全てだった。

 『私も栗、リスさんとミッチェル歯科医院』?・・・って何・・・?

 “リスさんとミッチエル歯科医院”という名前の歯科医院など、聞いたことがない。もし仮にあったとしても、この状況でその言葉が出て来るのは相応しくないだろう。○○は何が何だかわからずに首を傾げると再び△△を見つめた。

 再び唇を縦横に動かす△△。

 ―『わたしも、くりすさんと、みっちゃく、したい、!』

 “私もクリスさんと密着したい!”、なんと、△△はこう言っていたのだ。つまり、△△はピアーズと密着している○○が羨ましいのである。

「え・・・!」

 △△のその言葉で、一気に疲れた顔になる○○。「え」の口の形のまま、△△の隣のクリスに眼を向けた。自分の身体が密着しているピアーズは、何だか気まずくてあまり眼を合わせたくないし、目の前の親友は完全に助けてくれる様子はなさそうだし、そうなると、ここはもうクリスに頼るしかない。

「あ、あのぉっ・・・!」

 ○○はわざと焦ったような声を上げた。

 しかし、クリスから返って来た言葉もまた、○○に手を貸すものではなかった。

「みんなして仲がいいな!」

 クリスはそう言うと、にっこりと笑った。

 実は、クリスは事前にマルコからこの悪戯話を聞いていたのだ。クリスもピアーズの○○に対する気持ちを知っていたため、このちょっとお茶目とは言い難い悪戯に加わったのだ。もちろん、悪戯が行き過ぎたら止めに入る役も含めて。部下の恋を応援する、そんな気持ちからだった。


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