甘酸っぱくも心地よい感覚
―Snipe Of Love―

 閉店までの仕事が終わり、裏口から出て来た○○。いつもの外灯に眼を向ければ、その灯りの下にピアーズが居た。

「二ヴァンスさん!」

「お疲れ!」

 小走りでやって来る○○に、ピアーズはいつものように缶コーヒーを手渡した。その表情は、店で緩みっぱなしだったものとは大違いの顔である。

「あれっ?二ヴァンスさん、そこ・・・どうしたんですか?」

 ○○の目線の先は、ピアーズの蟀谷に向いていた。そこにはうっすらと血が滲んでいて、大きくはないが、抉ったような傷になっている。

「あぁ、これか・・・・・・」

 そう。この傷は、ピアーズが嬉しさのあまりベッドで飛び跳ね、その果てに箪笥に頭をぶつけた時のものである。しかし、そんな恥ずかしいことを言える訳もない。

「たぶん、訓練の時にできた傷だろ・・・気が付くといつも傷になってるからな・・・」

 “訓練でできた傷”と言えば、何ら問題はない。

「こんな傷、大したことねぇよ」

 ピアーズにしてみれば、本当に大した傷ではない。実際に、訓練で傷を作ってしまうことがあるからだ。体術の訓練なら、打撲、打ち身、痣は付き物である。放っておけば傷は治るし、また、新しい傷を作ることも少なくないから、いちいち気にしていられなかった。

 ・・・ベッドから落ちたのは不覚であったが。抉った部分が眼とかじゃなかっただけ幸いだ。

「二ヴァンスさん・・・」

 しかし、普段、そういった傷を滅多に作らない○○からすれば、ピアーズの傷は痛そうでならない。傷口は乾いていなく、まだ血がうっすらと滲んでいるのだから。

「二ヴァンスさん、ちょっとだけ屈んでもらっていいですか?」

「ん?」

 首を傾げるピアーズ。

 ○○はカバンから絆創膏を一枚取り出すと、そっと彼の顔に手を伸ばした。

「ちょっと触れますよ・・・」

 ピアーズの顔の直ぐ近くに寄ってくる、○○の顔。

「え?・・・・!!!」

 傷口にそっと触れる○○の指先。その瞬間、ピアーズは密かに息を呑んだ。

 触れられる度に感じる、ピリッとしたほんの少しの鈍い痛み。それと同時に湧き起こる、何とも形容し難い甘い感覚。

 まるで、壊れ物を扱うかのような彼女の手。触れられる度に背中に走る、痺れるような、それでいて優しい感覚。傷口をなぞる優しい指の動きに、甘酸っぱくも心地よい感覚をピアーズは覚えた。

「・・・家に帰ったらちゃんと消毒して、絆創膏、替えて下さいね」

 絆創膏を貼り、名残惜しくもゆっくりと離れていく○○の指。

 ピアーズは、去って行く感覚に静かに息を吐き出した。そして、ゆっくりと瞬きをすると○○を見つめる。

「・・・あんた・・・」

 自分の傷を心配してくれる彼女がかわいくて、そんな彼女が嬉しくて仕方なかった。

「あ、ごめんなさい・・・痛かった・・・?」

 心配そうな○○の眼差し。

「痛い訳ないだろ。絆創膏、サンキューな」

 彼女の眼に、ピアーズは優しく笑った。

 星空を見上げた○○に、ピアーズは心の中で「ああいうことをする男は、俺だけにしろよ、絶対!」と言うのであった。


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