―Snipe Of Love―
「あれ?そう言えば、二ヴァンスさんは?」
「ああ、ピアーズなら便所に」
いつものテーブルで話をしていた○○。ふとピアーズが居ないことに気付き、以前にも訊いたことのある質問を投げ掛けた。
「お手洗いですか・・・」
○○はお手洗いへ続く通路をちらりと見やると、その眼をゆっくりと目の前のメンバーに戻す。気掛かりなことがあったのだ。
「あの・・・二ヴァンスさんて、風邪引いちゃったり・・・してませんか・・・?」
そう、ピアーズの体調が心配だったのだ。昨日のどしゃぶりの中、傘も差さずにもの凄い速さで駆けて行った彼。風邪を引いてもおかしくはない。
「あぁ、ピアーズなら―」
「・・・よぅ・・・」
○○の質問にマルコが答えかけた時だった。トイレから戻ったピアーズが、○○に顔を向けると同時に席に着いた。
彼の声を聞いて、○○の眼は心配の色を深くする。いつもと違うピアーズの声。その声は少し掠れていた。
「二ヴァンスさん、どうしたんですか!?やっぱり風邪―」
「違うよ。前から喉、痛かったんだ」
○○が言い終わらないうちに、ピアーズは答えて笑い掛ける。しかし、心なしか怠そうな眼をしていた。
「二ヴァンスさん・・・―」
“ごめんなさい”。そう言おうとして口を開きかけるも、自分を呼ぶ客の声に阻まれてしまう。ピアーズが心配をかけまいとして嘘を言っていることが、○○にはわかっていた。昨日は元気だった彼。きっと、自分に傘を貸したせいで、濡れて帰ることになってしまったのだ。車は近くに駐車したというのも、おそらく嘘だったのだろう。きっとそうに違いないと、○○は考えていた。
実際は、“車で来たから傘は大丈夫だ”と言う○○の言葉を訊かずに傘を押し付けて帰ったピアーズの自業自得なのだが、○○からすれば申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
○○が心配そうな眼を向ければ、彼はまた笑い掛けた。
「ほら、あんたのこと、呼んでるぜ?」
「・・・はい・・・!」
心配ないというピアーズに、○○は戸惑いながらも頷き笑顔を作る。静かにテーブルから離れ、先程呼んでいた客の方へ向かった。
その時だった。
―おい!ピアーズ!何で昨日、傘差さないで帰ったんだよ!わざわざ買に行って何やってんだよ!
―う、売り切れだったんだよっ!!
ピアーズとマルコの声が聞こえたのだ。
えっ・・・!?
○○は、客のテーブルまでもう少しという所で足を止め、彼らを振り返る。
わざわざ・・・買いに・・・行った・・・?
若干赤らんだ頬をして眉間に皺を寄せるピアーズ。そんな彼をマルコが不思議そうな顔をして見ていた。続いてベンとフィンの声も聞こえてきた。
―ピアーズ、見苦しいぞ!・・・“○○さん”―だろ?
―ピアーズさん、傘、2本買えばよかったのに〜!
―う、うるせぇな!売り切れだったの!!!!!!
○○は、彼ら、いや、彼、ピアーズを見つめたままその場に立ち尽くした。
・・・嘘・・・・・・?何で・・・・・・!?
昨日、 傘を差しているにも関わらず、びしょ濡れだったピアーズ。渡された傘は真新しい値札が付いていた。自分が“まさか”と、“ある訳ない”と捨てた考えは、本当は「そのまさか」だったとは。
どうして・・・私のために傘なんか買ってきてくれたの・・・!?
○○の視線に気付いたのか、ピアーズがゆっくりと顔をこちらに向ける。○○はその眼をただじっと見つめた。
・・・二ヴァンスさん・・・どうして・・・!?
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