―Snipe Of Love―
「ぎゃーっ!寒いっ!」
9時過ぎになり、店を出た○○。
4月で気温は暖かいはず。今朝も暖かかったはず・・・。しかし、それは違った。暖かかったり寒かったりを繰り返すのがこの4月。夜になるにつれて気温は低くなり、9時ではすっかり冷えてしまったようだ。
「何でこんなに寒くなってるの〜!?」
冷え症の○○。店を出て少ししか経っていないのに、既にガチガチに冷えてしまった手をすり合わせた。こんな時に限って手袋を持って来ていない。
「わぁあぁあぁーっ、寒いーっ!!」
仕方なく、ジャケットのポケットに手を突っ込んで帰ろうとする。
その時だった。
「お疲れ!」
「二ヴァンスさん!ど、どうしたんですか!?さっき帰ったんじゃ・・・」
いつものように缶コーヒーを差し出すピアーズに、○○は驚いた顔をする。
自分が仕事を上がる少し前に、ピアーズたちは帰ったはずだった。△△が会計をしているのも見たし、帰る姿も見送った。
「あんたを待って―あれ?あんた、どうしたんだ?」
“あんたを待ってたんだ”と言おうとしたピアーズ。しかし、○○の様子を見るなり、言おうとした言葉は心配の言葉に変わる。
ピアーズが渡した缶コーヒーを胸の前で両手で握り締め、背を丸めるようにしている○○。
「・・・あんた、大丈夫か!?」
「・・・・・・あったか〜い・・・!」
「は?」
手がガチガチになっていた○○。ピアーズから貰った缶コーヒーの温かさが掌にじんわりと伝わっていた。
「実は私、冷え症なんですよ!少し外が冷えただけで手が冷たくて・・・あぁ、ハンドクリーム塗らなきゃ・・・」
外気と○○の手の冷たさによって、だんだんと缶の熱は奪われていく。
○○は缶コーヒーをジャケットのポケットに入れると、ハンドクリームを手に出し伸ばし始めた。
「朝はあったかかったのに、こんなに寒くなるなんて・・・こういう時に限って手袋忘れちゃうし・・・」
「そ、そうか。あんたは冷え症なんだな!」
クリームを塗り合わせる○○の両手を見つめながら、ピアーズは納得したように頷く。それと同時にどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
手袋を忘れたと、手が冷たいと言っている○○の手を握るのには絶好のチャンスではないか!
ピアーズは緊張でゴクリと唾を飲み込んだ。
手ならこの前桜を見に行った時にちゃっかりと繋いだではないか。しかし、あれは「足元が悪すぎる階段」があったために無意識の内にできたことである。手を繋いた方がいいという状況がない、いわゆる「普通」の状態で手を繋ぐのはピアーズにとって至難の業だった。しかし、○○が手袋を忘れて寒がっているならば、手を繋がない手はない。幸い、自分の手は温かい。
「ん」
ぶっきらぼうに○○の前へと出される掌。ピアーズの心臓は煩い程にドキドキしていた。緊張で掌に汗をかき、若干震えている。
「ほ、ほら!」
ん?何だろう?
目の前に伸ばされた手の意味がわからず、○○は首を傾げた。
手だけが目の前に出されていて、ピアーズの顔は○○から見えない方に向いている。
あっ!そうか!二ヴァンスさんもハンドクリームを使いたいんだ!!男の人でハンドクリームを使う人なんて殆ど居ないから、きっと“使いたい”なんて言い辛いんだな。
○○は目の前にあるピアーズの掌に、そっとハンドクリームのチューブを置いた。すると、それを握ったピアーズがゆっくりと歩き始める。○○がピアーズの後ろ姿を見つめていると、少しずつ遠ざかる彼から何やら声が聞こえてきた。
―あんたの手は・・・何だかやたらと尖ってるな・・・!
―意外と堅いっていうか・・・変わった感触だな。あんたの手は!
そりゃそうだ。ピアーズの握っているものはハンドクリームのチューブなんだから。
―なぁ、あんた―んぉっ!?
○○の返事がないことを不思議に感じたピアーズ。彼女の手を握っているであろう自分の手を見つめた。しかし、ピアーズの握っているものは大好きな○○の手ではなかった。
「あ、あんたっ・・・!!!」
ピアーズは顔を真っ赤にさせワナワナと震え出す。そして次の瞬間、凄い勢いで○○の元へと戻り、ガシッと彼女の手を握った。
「ちょ、ちょっと!二ヴァンスさんっ!?」
○○は急なできごとに驚いた顔をする。ピアーズに勢いよく引っ張られ、大股でよろめいた。
「あんたの手!!冷たいだろ!!!」
真っ赤になった顔を○○に見られないよう、ピアーズは正面を向いたまま早足に歩く。
「手!?あ、ああ!・・・ありがとうございます!あ!二ヴァンスさん、今日は歩きなんですか?」
「あぁ。歩きだ!」
本当は車で来た。しかし、店の駐車場ではない他の駐車場に停め、歩いて来たと嘘をつく。
理由はただ一つ。何が何でも○○と一緒に居たいから。
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