―Snipe Of Love―
閉店までの仕事がやっと終わった。混んでいたために、後片付けに時間がかかってしまい、時刻は夜中の1時をまわっている。
○○は店の裏口を急いで出ると、ある人物を探す。
どうしよう!クリーニング代、払ってない!!
先日、彼が居た外灯に眼を向けても、その姿はない。この前は12時半過ぎに居た彼。今こそ居てくれればと思ったが、やはり1時というと凄く遅い時間に感じるせいか、この時間に居ないのは当然か。
当たり前か、こんな時間だし・・・。
○○は小さくため息をつくと、自分の脇腹にそっと触れて苦笑した。
ちゃんと謝ってないし、お礼も言ってないよ・・・私!
バランスを崩した自分をピアーズは支えてくれた。
がっしりした大きな手だったな・・・。
「大きな手」で、○○は先程彼が立てた親指と、先日の『普通に接してくれ』という言葉を思い出した。
今日を振り返れば、はっきり言って普通ではない。それはそうだ。今まで眼が合うことがなかった者同士が、どうしてか互いに触れ合っているのだから。
よく考えれば・・・今日といい、この前といい、私、二ヴァンスさんに触れまくってるじゃん!
でも、眼は逸らされなかった。静かに微笑む彼を見た。
「普通」ってこんな感じなのかもしれないな。
「お疲れ」
○○がそんなことを考えていると、声が聞こえた。居るはずのない人物、でも、しっかりと声が聞こえた。ゆっくりとそちらを見れば・・・。
「二ヴァンスさん!」
○○は小走りで近づいた。
「お疲れ」
そう言ってピアーズは○○に缶コーヒーを差し出しす。
「あ、いや、そんな・・・」
○○は両手を振って遠慮する。缶コーヒーよりも、○○は言わなくてはならないことがあった。
「二ヴァンスさん、私、クリーニング代・・・」
○○はピアーズのジャケットについたケチャップの染みを指さした。
「大丈夫だ。こんなもん」
「でも・・・!」
「クリーニング代払うくらいなら、このコーヒー貰ってくれ」
遠慮する○○にピアーズは「いいから!」と缶コーヒーを握らせる。
「ごめんなさい、二ヴァンスさん。ケチャップとマヨネーズ・・・その、顔とジャケットにかけちゃって・・・」
「大丈夫だって。それより、あんたは背中、大丈夫かよ?」
自分の背中のことなど、すっかり忘れていた。○○は“あっ!”と思い出したような顔をする。
「大丈夫です!ありがとうございました!」
さすがに、「脇腹に手を添えて支えてくれてありがとうございました」とは何だか言い辛い○○。しかしピアーズも、思い出すとまたドキドキするから、それは言ってくれなくて結構であった。
何とかお礼は言えたし謝れたけれど、ジャケットの染みが気になる○○。
ケチャップの染みって、落ちないんだよね・・・。
しかも自分は缶コーヒーを貰ってしまった。○○はコーヒーを握り締めながら、何とも言えない表情でピアーズを見つめる。
そんな○○の表情を読み取ってか、ピアーズは静かに口を開く。
「・・・あんた、仕事を早く上がれる日ってあるか?」
この展開はピアーズが待ち望んだもので、クリーニング代はいいと言った自分に対し、何かしなければ気が済まないというような○○の心中は予想の範囲内だった。
「そうだな・・・9時とか10時くらいだな。あ、それと、あんたの家はここから遠いのか?」
閉店後では夜も遅いし危ない。いくら自分が居るとは言え、そんな時間に1対1も嫌だろう。そうピアーズが考えた結果、それくらいの時間だった。
「明後日なら10時に上がれますけど・・・それと、家はそんなに遠くないですよ。歩いて20分くらいです」
「じゃあ決まりだ!クリーニング代ってことで、少し俺に付き合ってくれ」
「車で迎えに来るから、悪いけど明後日は歩きで来てくれとピアーズは○○に笑いかける。
「私なんかが一緒で・・・クリーニング代になりますか?」
「ああ」
寧ろそれ以上だと、ピアーズは心の中で○○に言った。
「行きたい所があるんだ」
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