Touch Each Body!
―Snipe Of Love―

「ひゃあっ!!」

 反射的に反ってしまう背中。冷たい酒が勢いよく背中にかかっていた。

 今日はなぜか混んでいる店の中、客とぶつかりそうになった△△は上手いこと避けたが、盆に乗りきらなくて手に持っていた酒が○○の背中へと向いてしまった。

 ○○は△△を振り返りながらバランスを崩す。

 △△の持っていたグラスが割れる音、自分の持っていた盆が床に落ちる音、マルコたちの「おお〜っ!」という喚声、ピアーズの「うわっ!」という小さな驚きの声が聞こえる。そして、脇腹にがっしりとした何かを感じた。

 騒がしい店の中。しかし、自分が居るこのテーブルだけがやたらと静かに感じられた。

 バランスを崩した○○を支えるピアーズの両手、その手は○○の脇腹に添えられていた。

「っ・・・あんた、大丈夫か・・・!?」

 冷たい酒が背中にかかった○○、そのせいで小刻みに震えている。ピアーズはそのことを触覚と視覚でしっかりと理解していた。

 ピアーズの肩と胸のちょうど中間あたりにある○○の両手、彼の服をぎゅっと握り締めていた。

「んっ・・・ぁ・・・っ・・・」

 急に襲った冷たさに何とか絶えながらも、○○はピアーズの耳元で堪らずに息を漏らす。

 耳に掛かる○○の吐息と声が、ピアーズを刺激する。ピアーズは無意識のうちに、○○の脇腹にある自分の手に力を入れていた。

 ゆっくりと○○が態勢を戻そうとすれば、視界いっぱいに飛び込んでくるピアーズの顔。互いの唇が触れ合いそうな、吐息がかかるその距離。

「ごめんなさい・・・二ヴァン、ス・・・さん・・・っ」

 ○○は眉を寄せ、未だ息を乱し微かに震えていた。

「おい、大丈夫かよ、あんた」

 春という暦4月なってまだ日も浅い今日、温かくなれば寒い日もあり、そんな中、背中に冷水じゃキツイだろうにと、ピアーズは○○を心配そうに見つめる。しかし、先程の彼女の乱れた吐息や眉を寄せた表情、小刻みに震える身体、彼女の脇腹にある自分の手のせいで、○○の背中の冷たさとは相反するように、ピアーズの身体は熱くなっていた。

 ○○とピアーズは互いに見つめ合う。しかし、ピアーズの左目は閉じられている。なぜかと言えば・・・。

「や、やだっ!二ヴァンスさん!!ごめんなさいっ!!!」

 ピアーズを見て完全に覚醒した○○。自分たちのこの状態よりも彼の状態に酷く驚いた。そして急いでテーブルの端の紙ナプキンに手を伸ばす。

 そう、ピアーズの顔の左半分には、ケチャップとマヨネーズがべったりと付いていた。と、言うか、自分がバランスを崩した時に、かけてしまったのだろう。

 ○○はピアーズの右頬に手を添え、急ぎつつそっとケチャップとマヨネーズを拭う。

「ああっ、どうしよう、ジャケットにまで・・・っ!」

「お、おい!ちょっと、あんたっ・・・!」

 大好きな女に触れられて喜ばない男など居ない。ピアーズは緊張と驚きでドキドキしながらも嬉しく、そしてやっぱり照れくさく、顔が真っ赤になっている。

 そんな中、大きな声が聞こえてきた。

―おい!○○!!何やってんだっ!!!

 同じ店員で先輩のマイクである。マイクは○○とピアーズの間に割って入ると、“お客様、大変申し訳ございませんでした!”と謝りながら、紙ナプキンでゴシゴシと力強く拭きだす。

「マイク!?」

 もの凄い勢いのマイクに○○は目を見開く。しかし、驚いたのは○○だけではない。

「おぶっ!!」

 今まで優しく触れられていたものが、急に力強くなり、ピアーズは思わす声を上げる。○○を支えていた手の感覚は急になくなり、目の前には男が居る。男に顔を、しかもゴシゴシ拭かれるなんて、嬉しくも何ともない。寧ろ嫌なこと極まりない。“大丈夫だ!自分で拭ける!”と言いながら必死でマイクを制止するも、“申し訳ございません!”と全く手を止める気配のないマイク。

「ほらっ!○○!ここは俺が片付けるから!早く他のお客様の所へ!!」

 マイクはピアーズを拭きながら○○に顔を向けると、店員を呼んでいる客を目で示した。

「お、おい!拭けるって!!」

 マイクに顔を拭かれ続け、揺さぶられるピアーズ。力強く拭かれて先程とは異なる赤くなった顔でマイクを睨み付けている。

 二ヴァンスさん、ごめんなさい!

 マイクの少し後ろから、○○は両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうな顔をする。

 そんな○○をしっかりと見ていたピアーズ、紙ナプキンでゴシゴシされた後に台布巾で顔を拭かれるという酷い状況の中、○○に向けてしっかりと親指を立てた。


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