―Snipe Of Love―
これはいったい何なのだろうか。○○は今までの視線がピアーズの物だとわかった瞬間から、彼が居るテーブルにはなるべく近付かないようにしていた。嫌いな人物が近付いて来るなんて、彼からしたら気分のいいものではないだろう。いや、悪いに決まってる。それに、あんな風に鋭い眼で睨まれれば、近付く理由などなかったからだ。
それなのに。
なぜピアーズは、今度はこちらを見て微笑みかけるのか。なぜ、ウインクなどするのか・・・。
○○はいつもの笑顔をどこかにやってしまい、怪訝な顔をしていた。笑顔が評判の○○でも、さすがにこれは笑えない。
ピアーズの居るテーブルには近付かないと言っても、テーブルの配置のせいで何が何でも近付かないというのは不可能だ。それ故、○○は仕方なく彼の横の通路を通るのだが・・・。
○○がピアーズの横を通れば、彼は○○に微笑み、そして、眼が合えばウインクをしてくるのだ。
微笑みを向けられウインクなんてされれば、嫌われているよりも寧ろ好意を持たれているかもしれないと思うだろう。その考えは正解だ。何と言ったって、ピアーズはその好意を伝えようとしているのだから。しかし、そんなピアーズの想いが○○に届くことはない。
『そんなピアーズの想いが○○に届くことはない』このような言葉をただ聞けば、どうしようもなく寂しく悲しく切なく、「どんなに想っても届かない」という悲劇にも似たシーンを思い浮かべるだろう。
しかし、今この状況はそうではない。
なぜなら・・・「悲劇」と言うよりも「喜劇」だからである。
○○がピアーズの横を通れば、彼は○○に微笑み、そして、眼が合えばウインクをしてくる・・・・・・そんな気の利いたものではない!
ピアーズの微笑みは何だか引き攣った微笑みだし、ウインクはウインクなんて良いものではない。「逃がさねぇぜ!」と言った風に大きく開いた両目で超高速の瞬きするのだ。
そして極め付けは・・・。
ステーキを大きく切って口に運ぶピアーズ。大きく口を開けて肉を噛み締める時も、ずっと○○を見つめたままだった。
何だかもう・・・睨まれてる方がマシかもしれない・・・!
ピアーズは引き攣った微笑みをしながら大きく口を開け、大きく切った肉を噛み締める。おまけに眼が合えば鋭い眼の超高速瞬き・・・。その表情が、顔が、とっても・・・酷い。
彼のテーブルの横の通路を通れば、そんなピアーズが○○は嫌でも目に入ってしまうのだ。
時々、大きく切りすぎた肉が口からはみ出てしまい、それをフォークで押し戻すピアーズが居る。
端から見たら「喜劇」でしかないこの状況。現に○○の親友である△△は「睨まれてなんかいないじゃん!○○!!」などとゲラゲラ笑っている。しかし、ピアーズの喜劇の中へと勝手にキャスティングされようとしている○○からすれば、堪ったものではない。
「ふぉい!あんあ!」
○○が足早にピアーズの横を通り過ぎようとした時、何か言われた。
「―はい!?」
『ふぉい!あんあ!』って何!?
「・・・ぉい!あ・・・ゲホッ!・・・ぐっ!!」
『おい!あんた!』と頑張って話し掛けようとして、○○の顔を見ながら大きな肉を喉に詰まらせたピアーズ。
「!?二ヴァンスさんっ!?」
突然訳のわからない言葉を言われ、突然目の前で起こった訳のわからない事態に、○○は酷く驚いた表情をしている。
あ〜!もう何なんだろう、この状況・・・!
この状況では見て見ぬふりをする訳にもいかない。
でも・・・!嫌いな人にこういうことされるのは・・・嫌で堪らないんだろうなっ・・・!!
「二ヴァンスさん、ごめんなさい」
○○は覚悟を決めると、片手をピアーズの肩に添え、もう片方の手で彼の背中に触れた。掌の付け根部分で軽くその背中を叩く。
ピアーズに嫌われているから近付かないようにしていたのに、その彼に自ら触れて火に油を注ぐなど、不可抗力にしても○○からすれば「悲劇」そのものだ。
しかし、明日のニュースで「昨日の夜、BSAAの狙撃手、ピアーズ・二ヴァンスさんがSTANDING ALONEという店で大きく切ったステーキの肉を喉に詰まらせて救急車で運ばれました」なんて放送されることになったらシャレにならない。
ピアーズが肉を飲み込むのを確認すると、○○は静かに彼から手を戻す。
「・・・すみませんでした、二ヴァンスさん・・・」
○○は静かに彼のテーブルを後にした。
二ヴァンスさんは、あんな酷い表情を堂々とする程私を嫌いなんだ・・・。いったい私、何をしたんだろう?食事中も睨み続けて嫌いアピールするなんて・・・。よっぽどのことをしっちゃったんだよなぁ。
ピアーズが睨んでいるであろう視線を背中に感じると、○○は深いため息をついた。
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