くいさがる  ヨミ様がどうでもいいやつとテキトーに関係持つのが気に入らない側近


 俺じゃあだめなんですか。酔いに任せて絞り出した声はわずかに震えていた。薄鼠色の大きな瞳がきょとんと俺を見ていて、俺は続けて言葉を紡ぐ。
「俺はずっと……あなたのことがずっと好きで……あんな男よりも」
 きれいな顔をそっと包むように頬に触れてみると思った以上に小さくて、すぐに壊れてしまいそうで俺は溜息をついた。この柔らかな頬や、さらりと流れるよく手入れされた赤髪や、きゅっと引き結ばれた利発そうな唇に、あんな間抜けそうな男が触ろうだなんて。いや、既に触れたのかもしれない。心臓がバクバクと煩いのは酒のせいか、この腹に渦巻く怒りと嫉妬からなのか、正直なところよくわからなかった。悔しくて悲しくて涙が出そうだ。
「俺が一番、ヨミー様のことを愛してるのに」
 俺よりも幾分小柄な身体を抱き締めると腕の中にすっぽりと収まって暖かい。胸元から呆れたような大きな溜息が聞こえたが、それでも離したくなかった。
「ねえヨミー様、どうせまたすぐ捨てるんでしょ、今までの女みたいに……男でもいいならどうして俺を選んでくれなかったんですか」
「はあ……お前がなんも言わねーからだろ、ボケがっ」
「ッう゛……! ……っすみません……」
 罵倒とともに鳩尾に叩き込まれた肘鉄は些か重く、若干の吐き気が込み上げる。反射的に謝罪を吐いて彼を離すと、距離を取れと言わんばかりに脛を蹴られた。怒らせてしまったかと顔を上げれば、予想に反して彼は楽しげに笑っている。
「……俺が先に言えば選んでくれたんですか?」
「さあ? どーだろな。お前ちょっときもちわりーからなぁ……」
 その人は悪戯っぽい笑みをくるりと引っ込めて、わざとらしく不服そうな態度で爪を見た。彼は今、俺で遊んでいるのだ。日焼けしていない生白い手を掴んで、前髪の隙間を覗き込むようにじっと見つめると、彼も同じように、瞬きもせずに俺の瞳を射抜く。
「でも……俺のほうがずっとずっと役に立ちますよ。あなたのためなら何だってできます。……ヨミー様だってよくご存知でしょう?」
 暗い瞳孔に吸い込まれるような心地でじっと彼の返事を待った。どのくらい経ったかわからないまま、彼の悩むような、やはり芝居がかった声を聞きながらじっと待った。握った手の脈拍も分からなくなってきた頃、その人はにこりと笑顔を見せて言った。
「ま、お前頑張ってるからなー。一晩試してやってもいいぜ」



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