(棗×蜜柑)


午後8時。食事を並べたテーブルを前に、蜜柑は頬杖をついている。
家の外で車のドアが閉まる音がすると、彼女は立ち上がり玄関へ向かう。


「ただいま」

「棗、おかえりっ!」

帰ってきた途端に勢いよく自分の胸に飛び込んできた蜜柑に、いつものことながら棗は驚く。
軽く抱きしめた後、そっと体を離すと棗は真剣な顔になる。

「バカ、走るなよ」

「大丈夫だいじょーぶ!」

「大丈夫じゃねぇよ、お前は少しは気をつけろ」

棗があまりに真剣な顔をして言うものだから、蜜柑はくすくすと笑う。

「棗は心配性やなぁ。まだ5週やで」

余裕そうに笑う彼女に、棗は一層心配になってため息をつく。




***

―蜜柑のお腹に宿った新しい命。
妊娠がわかったのはつい先日のことだ。

「子供ができたのは嬉しい。でも、ウチはこの子を産んでええんかな?
ウチのせいで嫌な思いせえへんかな?もしウチのアリスを受け継いだりしたら…」

「…柚香さんだって、同じように苦しんだんだろうな。
でも俺は、柚香さんがお前を産んでくれたことに感謝してる。
俺はあの人は強くて真っ直ぐで、愛情深い人だと思ってるし、尊敬もしてる。
お前だってそうだろ?」

蜜柑は濡れた頬のまま、コクリと頷いた。

「お前も、恥じるような生き方はしてねぇだろ。いつでも懸命に明るく前に進んで…
俺はお前に何度も助けられたし、もし出い会っていなかったら…今の俺はいなかった」

「棗…」

棗は、そっと蜜柑の頭を撫でる。絹糸のような細く長い髪は、サラサラと揺れる。

「お前よりも俺の方が、ずっと人を傷つけてきた。人を…、不幸にしてきた」

思い出さずにはいられない過去に、棗は顔を歪める。
蜜柑はハッとしたように顔を上げ、頭を激しく横に振る。

「そんなことない!棗は本当は優しくて、みんなを守るために自分まで犠牲にしようとして…」

「心の痛みを知っているからこそ、誰よりも大切に育てていけるはずだろ?」

きっと傷つけた分だけ傷ついて生きてきた今までの人生は無駄なんかじゃない。
棗の言葉は、心に溶けるようにすんなり蜜柑にそう思わせた。

「…うん。二人でなら大丈夫やんな。だって、ウチは安積柚香の娘で棗は五十嵐馨の息子やもん」

「そうだな」

自分達を産み、強く守ってくれていた母親達のように、二人も子供を育てていくことを決めたのだった。




***

「名前はどうしよう」

夕食を食べながら蜜柑は突然言い出す。

「名前って…、まだ男か女かもわかってねぇのに気が早くねぇか?」

「だって、今から楽しみなんやもん。男の子の場合と女の子の場合を考えとけばええやん?」

楽しそうに話す様子を見て、棗の顔からは自然と笑みがこぼれる。
一人の人間を育てるということは決して簡単な事ではない。不安はないと言えば嘘になる。
けれど、彼女となら大丈夫だろうと棗は思う。
これまでのように支え合って、そして、ただひたすら目一杯愛せばいいのだ。




瞳をつむって見えた
(それはきっと幸せな未来)




11/02/04


だいぶ前に「二人に子供がいる話」というリクエストをいただので。まだ生まれてませんが…。
何回修正しても、まとまらないので諦めて投下です( ^ω^)つ ←








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