(棗×蜜柑、未来)


あれからもう何年も経ったというのに今だに夢を見る。
炎に飲まれて苦しむ人だとか、殺意に満ちた目だとか、皮膚が焼けた臭いだとか。
それはあまりにもリアルだ。今だって忘れやしない、過去を見ているのだから。
目覚めはいつだって悪い。目覚めてから一時間はベッドでぼんやりすることがほとんどだ。

そんな時に聞こえてくる音に俺は耳を澄ませる。
廊下を歩く足音だったり、包丁を使う音だったり、化粧をするカチャカチャという音だったり、子供の寝息だったり。
そういう何気ない生活感のある音を聞いているうちに少しずつ頭がスッキリしてくる。

「棗、目、覚めた?」

ベッドの端まで来た蜜柑は優しい声で言う。
あの頃よりずっと大人になったとはいえ、無邪気さや危なっかしさは今でも残っている。
無造作に俺の髪に触れるとふわりと微笑む。
その手を掴んで引っ張ると蜜柑は、わっ、と声をあげベッドにぽすりと倒れ込む。

「え、なん、棗どうしたん?」

抱きしめれば顔を赤くさせ驚いたように言う。
何年経っても、こういう反応をするところがかわいいな、と思う。
そう思っても素直に口に出せない俺も、昔とたいして変わっていないのかもしれない。

「何笑ってるん?」

「…別に。」

そんな恥ずかしいことは絶対に言ってやらない。プライドってやつ。
もうしばらくの間抱きしめていたいと思うし、キスでもしようかと思ったけれど。
そうもいかない異変に俺は気づく。

「蜜柑」

「ん?」

「お前、気づいてるか知らねぇけど」

まぁ、もちろん気づいていないだろうという気持ちを込めて。

「うん」

「キッチン、焦げてる。」

「………うわあぁぁぁ!はよ言うてよバカー!!」

蜜柑は叫びながらパタパタとキッチンに向かう。
寝室まで届く、香ばしいとは到底言えない焦げ臭いにおい。これもまた、蜜柑らしい。


過去が消えるわけではないけれど、安心感が得られる日常。自分は恵まれている。
特別なことなんていらない。ただただ平凡で幸福な生活が続く事を願いながら今日も体を起こす。



耳をすませば

(聴こえてくる幸せの音)



10/10/23

4万HITの記念に書きました。フリーですので、ご自由にどうぞです\(^^)/

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