※一応注意








「パパー!」
「ふふっ、そんなに走ったら転んじゃうよ、なまえ」


無邪気な笑顔を浮かべてこちらに走ってくる小さな女の子。ふわふわの栗色の髪に飾られた赤いチェックのリボンが揺れていた。小さな身体で必死に走る姿が可愛くて、思わず口元が緩んだ。


「ほらパパ、なまえ転ばなかったよ!」
「さすがなまえだね」


そう言ってふわふわの栗毛を撫で、抱き上げてやると嬉しそうに声を上げた。ぎゅうと首に抱きついてきたなまえを抱きしめ返す。くるしいよ、と声がして、腕を緩めて離してやると自分と同じ色をした彼女の瞳と目が合った。その瞳を見て、胸がぎゅっと苦しくなった。



「…ねえなまえ、少し昔話をしようか」
「むかしばなし…?うん!なまえ聞きたい!」


キラキラとその瞳を輝かせてなまえは言った。そんななまえを抱えながら腰をおろし、自分の膝の上に座らせた。もう一度ふわふわの栗毛を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。その顔を見て、また胸がぎゅっと苦しくなった。


「このお話はね、なまえが生まれる前のお話。ある男の子のお話なんだ」
「…?」
「その男の子はね、中学生のときひとりの女の子に出会ったんだ。その子はすごく優しくて、明るくて。男の子は自分のことを支えてくれる彼女が大好きだった」
「かわいかったのかなあ?」
「そうだね。すごく可愛かった。けど彼はそんなの関係なしに彼女が大好きだったんだ」







彼はある日、勇気を振り絞って彼女に自分の気持ちを伝えた。そうすると彼女も彼のことが好きだと言って笑ってくれた。ふたりはそれから付き合うようになった。もともと部活の部長だった彼とマネージャーだった彼女が一緒に過ごす時間は多かったけれど、付き合うようになってからは学校にいる時間、ほとんどの時間を共有するようになった。彼も、きっと彼女も、その時間が楽しくて。どうしようもなく幸せだった。…けれどある日、彼は倒れてしまったんだ。病気だったんだって。その病気が治らない限り、部活はできないと彼は言われた。彼は絶望した。部活が大好きだった彼にとって、部活が、…テニスができなくなるなんて絶望的だったんだ。そんな彼を助けたのは、大好きな彼女だった。支えてくれた。助けてくれた。彼はそんな彼女のためにも、早く病気を治そうと決意したんだ。彼女や仲間の支えがあって、彼の手術は成功した。その後、部長として全国大会の舞台に立ったんだ。その試合は負けてしまったけれど、彼女は笑ってくれた。よかった、おめでとう。かっこよかったよ、って。


そして高校に上がってもふたりの気持ちは変わらなかった。お互いに大好きだった。彼はまた部長で彼女はマネージャー。部活でも同じ。中学のとき果たせなかった全国制覇を目指して練習に明け暮れた。そして大会が近づいた夏の日、今度は絶対に全国の頂点に君を連れて行ってあげる。彼は彼女にそう言った。彼女はぽろぽろ涙を零して、ありがとう、と言った。…けれど次の日、彼女は亡くなった。病気だったんだって。それも彼が病気になる前から。何年もそのことを隠していて、自分だって辛かっただろうに彼女は彼を支え続けてくれた。彼は悲しかった。悔しかった。彼女は自分を支えてくれたのに、自分は彼女の支えにはなれなかった。また彼は絶望した。だけど、彼女との約束は果たそうと思ったんだ。全国の頂点へ連れて行ってあげようって。







「パパ…?泣いてるの…?」
「あれ、どうしたんだろう。話してたら悲しくなっちゃったんだね、きっと」
「パパ、泣かないで?なまえがいるから」
「、っ…!」




「精市、泣かないで?私がいるから」



ねえ、本当に君とそっくりだよ。無邪気なとこも、ふわふわな栗毛も、笑い方も。俺にくれる言葉まで、そっくり。君の言葉に、君の存在に俺はどのくらい助けられたんだろう。きっと俺は、君がいなかったら駄目になってたよ。君がいたから、だから俺は強くなれた。




「ありがとう、なまえ」


そう微笑みかけて、またその栗毛を撫でて、小さな身体を抱きしめた。
…ねえ、なまえ。このお話、忘れちゃ駄目だよ。ねえ、なまえ。俺のこと、忘れちゃ駄目だよ。ふふっ、君は俺のこと大好きだったから、それはないだろうけどね。




ラブメモリー

忘れないように、君に伝える。



090621




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