ふぶきくん、
ぽつり、呟いたわたしの声は彼に届くことなくまわりの音に紛れた。
気がつく筈がない。彼は今、たくさんの女の子たちに囲まれて楽しそうに微笑んでいるのだから。わたしなんかきっと、視界に入っていない。
吹雪くんは女の子に人気がある。とても優しいから。その容姿だって、まるで女の子のように可愛らしい。女であるわたしよりずっと。
女の子たちは吹雪くんに話しかけられると嬉しそうに頬を赤らめて寄ってくる。その結果があれなのだろう。
さっきから聞こえてくるきゃあきゃあという黄色い声がBGMになっている。そろそろ飽きてきた。耳障り。

「はあ…、」

わたしって、性格悪い。
醜い嫉妬。あれくらい、いつものことなんだから我慢しなくちゃいけないのに。いつもなら、我慢出来るのに。
今みたいに吹雪くんが女の子たちに囲まれて、それを見たわたしが嫉妬するのは初めてじゃない。何回も、何十回も見てきた。見て、嫉妬して、自己嫌悪に陥って。それが毎度のことで、もうパターン化してきた。
もちろん今回も、例外ではなく。ただ、目の奥が熱くなって、鼻がつーんとしてきて、視界がゆらゆら揺れているのは例外だ。泣きそうになったことはあるけれど、本当にこぼれそうになったのは初めてかもしれない。

「また吹雪か?」
「……鬼道くん、」

声に反応して、自分の膝に埋めていた視線を上げれば、ゴーグルの向こうの赤い瞳がわたしを見ていた。
もう慣れっこだよ。出来るだけ明るく言い放つ。けれど彼はため息を吐いてわたしの隣に腰を降ろした。わ、鬼道くん、だ。…近い。

「全然そのようには見えないがな」
「そう、かな…」
「ああ」
「…鬼道くんには敵わないや」

笑ってみせると鬼道くんは、ぽんぽん、とわたしの頭を撫でた。上手く笑えてなかったのだろうか。これでも笑うのは得意なんだけれど。

「気にするな」
「…うん」

ゴーグルの向こうの赤い瞳がとても優しかった。わたしの頭を撫でる手も。まるで愛しい人に向けるような、そんな感じだ。春奈ちゃんはいつもこんなにあたたかい優しさを貰っているんだと思うと、少し羨ましくなった。わたしもお兄ちゃん、と呼びたいな、なんて。

「鬼道くん、ありがとね」
「いや、」
「ちょっと元気出た、…わっ!」

にこり、今度こそ上手く笑えただろうと思っていると、突然腕を引っ張れて、体重が後ろに傾く。どん、と背中が何かにぶつかった。
反射的に後ろを振り向くと、そこにはさっきまで女の子に囲まれていた吹雪くんが、眉をひそめていた。何か怒っているオーラが出ている。…わたしにはわかるぞ。

「吹雪く、」
「この子は僕のだから。気安く触らないで」

そう言い放った吹雪くんの視線はわたしではなく鬼道くんに向いていた。見た、というより睨み付けた、という表現の方が正しいかもしれない。
それに対してわたしの視線はきょろきょろと游いでいた。吹雪くんの言葉の意味を頭が理解したからだ。

「君も、」
「へっ…?」

「僕以外の人と喋らないで」

今度の言葉はわたしに向けられたものだった。一度もかち合わなかった視線が絡まる。…この展開は何なんだろう。

頭が吹雪くんの言葉を理解したとき、わたしは吹雪くんの腕のなかで顔を真っ赤にしていた。それと、鬼道くんが満足そうに口端を上げて去っていったのを見た気がした。


例外予想範囲外



101219 杏雨



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