「照美ちゃん、」

わたしの唇が彼の名前を紡いだ。彼、と言っているのに、ちゃん付けは何かおかしい気がするけれど。
けれど彼は、ちゃん付けをしても違和感が無いくらい綺麗な容姿を持っている。
だって、わたしが彼をちゃん付けで呼ぶのも、初めて彼を見たとき完全に女の子だと思っていたからで。
本当に女の子と間違えるくらい、彼は美しい。その整った顔も、女の子が羨むくらいのサラサラの髪も、仕草だって。
美しいなんて形容詞は使ったことなかった。そんなわたしが、いや、誰が見てもそう形容するしかないと思えるくらい、彼は綺麗。美しいのだ。

「……何、どうかしたのかい?」

しかし当の本人はどうやら、やはり、ちゃん付けで呼ばれるのはお気に召さないようだ。
現に今だって、わたしの声に振り返ったその顔は明らかに気に入らない、と言っていた。
当たり前だと言えばそうなんだけれど。彼は列記とした男の子なんだから。

「ううん、何でもないの。ただ、照美ちゃん綺麗だなあって」
「……」
「照美ちゃん?」

突然口を噤んだ彼に首を傾げる。これは本格的に彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
じいっと、それはもう穴が開くんじゃないかというくらい彼はわたしの顔を見つめてくる。
ああ、そんな綺麗な顔で見つめないでほしい。また、心が奪われてしまう。

「あのさ、」
「うん?」
「君に綺麗だって言ってもらえるのは嬉しいよ、」

でも、その呼び方はやめてほしい。
そう彼の口から発せられた音を、わたしの耳はひとつもこぼすことなく拾った。
「そっか…、」「うん」短い言葉を交わして、沈黙。なぜかわたしの目は彼を見ることができなくて、スカートの裾を握る手と、つま先だけが映る。
照美ちゃ…、…彼はどんな表情をしているのだろう。わからないけれど、彼の目にはうじうじしているわたしが映っている、と思う。彼の視線を感じる。

「ごめんね」
「……」

ぎゅう、とスカートの裾を握る手に力が入った。やっと体外に出すことの出来た言葉はありきたりなもの。残念なことにわたしのボキャブラリーは少なくて、頭の中を探してもこれくらいしか出てこなかった。
もしかしたらずっと嫌だったのに、彼は優しいから我慢してくれていたんじゃないか。とか思う。もしそうだったら最悪だ、わたし。嫌なやつだ。ごめん、ごめんね。

「あの、ほんとにごめ…、!」
「僕はね、」

どくん、と心臓が跳び跳ねた。彼のにおい、たぶんシャンプーの香りが鼻をかすめる。
もう一度謝ろうとしたわたしの言葉は彼のそれと行動によって遮られた。

「君にちゃんと男だと思われたいんだ」

そうじゃないと、君を守れない。

ぎゅう、と私の背中に回っている腕はしっかりしていて、彼が男の子だと物語っていた。
どくん、かあああ。彼の言葉を飲み込むと、また心臓が暴れだして、顔に熱が集中する。
…これからは照美くん、って呼ばなきゃ。


唇で紡ぐ。

101218 杏雨



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