あなたに忠誠を誓ったあの日から、わたしの頭の中はあなたでいっぱいなんです。
「……、」
やっと終わった。
自分の足元に倒れている女の子を見て、チクリと胸が痛んだ。彼女の身体は傷だらけで、その傷は他でもないわたしがつけたもの。綺麗な身体に傷をつけてしまった。そして、背中にあるあるはずの鶺鴒紋も消してしまった。つまりわたしは彼女を機能停止にしてしまったのだ。
M・B・Iがこの子を回収するまで見守る。それがわたしたちセキレイのルール。けれど、おそらく涙を流しながら彼女を抱き締めて、その名を呼んでいる葦牙を視界に入れることなんてわたしには出来なかった。罪悪感でいっぱい。ごめんなさい。そう心の中で呟いた。でも、わたしだってあの方と離れたくないんです。自分の頭に浮かんだ言い訳に嘲笑した。
「ただいま戻りました」
「あ!おかえりなまえ!ちゃんと出来た?」
扉を開き、膝をつく。そんなわたしに気付き、彼は嬉しそうに微笑んだ。この方、御子上隼人様がわたしの葦牙様。わたしが忠誠を誓った方、…わたしの大切な方。
「はい、隼人様の御命令通り、あのセキレイは機能停止に…」
「そっか!よく出来たね、えらいえらい!」
きゅう、と胸が高鳴った。わたしの頭を撫でる手に体温が上昇するのがわかる。彼は少し屈んで彼より背の低いわたしの目線に合わせてくれる。微笑んでくれる。そんな些細なことが嬉しくて自然に口元が緩んでしまう。…わたしはなんて酷いやつなんだろう。ついさっきまでは、あのセキレイを機能停止にしてしまった、葦牙と引き離してしまったことに罪悪感を感じていたのに。
「ありがとうございます、」
「そうだ!良い子のなまえにはご褒美あげなくちゃね」
えっ、わたしが小さく漏らした声は彼の突然の行動によって呑み込まれた。ちゅっ、と可愛らしいリップ音が耳に響いた。それと唇に残る温もり。え、え…?なにこれ…、わたしの頭がフル活動で今の状況を理解しようと働いている。え、だって今…、
「御子上…、お前ないきなりそういうことをするんじゃない」
「えー、いいじゃん!ちゃんとおつかいできたなまえへのご褒美なんだから!あっ、もしかして陸奥もしてほしい?」
「やめろ。ほら見ろ、なまえ固まってるぞ」
目の前で繰り広げられている彼と陸奥さんの会話が右耳から入って呑み込むことなく左耳へと出ていく。どうしたらいいのかと口をぱくぱくしていると、なまえ、大丈夫か?と陸奥さんが少し心配そうにわたしの顔をのぞき込んでくる。
「あ、はい!大丈夫です…!」
「ならいいんだが…、」
「ご褒美のちゅーくらいいーじゃん!だいたいキスなんて最初羽化させる時にしたじゃない」
むぅ、と口を尖らせる彼と呆れたようにため息をもらす陸奥さん。そしてきっと湯気が出るんじゃないかってくらい顔を真っ赤にしたわたし。彼の口からキスとか、そういう単語を聞いたとたん更に体温が上昇した。だって、さっきのことが夢じゃないって思えたから。本当にわたしにとってご褒美だ。ご褒美、以外の意味は無いとしても嬉しいな、なんて。でも少し恥ずかしい。
「ねえ、なまえー。そんなに恥ずかしい?それとも嫌なの?」
「いっ、いえ!あの、確かに恥ずかしいですけど…、その、嫌とかじゃ…」
ずいっと顔を近づけられ、どんどん小さくなっていくわたしの声。ち、近い…!のぞき込むように近づけられた彼の整った顔で視界がいっぱいになる。うわ、まつげ長い…。視線を泳がせて逃げ道を探してみるけれど、本当に端っこに、さっきより大きなため息をついた陸奥さんがちらっと見えただけで。というか陸奥さん助けてくれないんですか…!そんな心の叫びは残念ながら届かない。
どうしよう、どうしよう!さっきからそれだけが頭の中で回っていて、しかしその間も痛いほどわたしに注がれる彼の視線から逃れることは忘れない。
「むっ…ちょっとなまえ?こっち見なよ」
「はっ、えっと、その…」
わたしが視線をそらしているのが気に入らないのか、グイッと顎を掴まれて、自然と視線を合わせられる。ここまでくると免疫の無いわたしには明らかにキャパシティオーバーで、もうこれ以上熱くならないんじゃないかってくらい身体が熱くなる。
「隼人様っ…、あのわたしっ、」
「ねえ、嫌じゃないならさ、」
「!」
危機感を感じたわたしはやんわりと言葉で抵抗しようと思ったけれど、彼がそれを遮る。口端を吊り上げる彼の言葉が耳に届いた時、
ちゅっ、
わたしと彼の距離は0になった。
「こうやって、たくさんキスして、慣れさせてあげる」
本日2回目のリップ音、唇に感じた温もり、そして「あ、祝詞とは別でね?」という言葉にわたしの頭は完全にショートしてしまった。
リップノイズで崩壊
すまんかった。
隼人が好きすぎて書いてしまった。最初はシリアスの予定だったのに…!隼人もだけど陸奥の口調がわかりません!
葦牙(あしかび)って漢字わからなかったww
100923 杏雨