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諸伏景光は嫉妬する
萌え 2020/01/02 01:49


・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズif
・もしリドルまで来ていたら
・景光さん視点
・景光さんに恋愛感情はなくてもあってもいい仕様





 麻衣の人脈はよく分からない。正確に言うと、傍から見ると謎めいているというのが正しい。ただし、傍で過ごせば彼女の人間関係が少しずつ紐解かれていくので、一定の納得をすることが出来る。たとえば交番勤務の巡査や生活安全課の人間と顔見知りなのは、彼女がやたらと変態の被害に遭いまくるのが原因だと分かる。人間じゃない何者かと友人だったり知人だったりするのは、たまに遭遇している非現実的な事件のせいだろう。捜査一課二課といった部署の刑事と知り合いなのも、その事件関係だろう。坊主や巫女、霊媒師と親しいのは心霊調査のアルバイトをしているからだ。……純粋な学友の話をほぼ聞かないのは、余暇がアルバイトか事件で潰されているからだろうか。ともかく、謎の人脈だが理由はきちんと見付けられる。一部に関しては公安部の捜査員でもなかなか持てないものだ……有効活用できるかはさておき。なお、景光自身もまた、麻衣が持つ謎の人脈の一角を形成しているし、恐らくはトップクラスに意味不明な関係性と思われる。血塗れの出会いをしてから約一ヶ月後には疑似兄妹とは一体。

 景光は“それ”を見るまで、麻衣の人間関係の中では自分が一番彼女の近くにいると思っていた。実際、同居しているのだから距離は近いし、共に過ごす時間も長い。時間が長引くほど相手の粗が見えてくる同居生活でも、今のところ何事もなく仲良くやっていけている。互いに秘密こそあるものの、互いが相手のそれを妥協して探らず、かつそれなりに相手を大切に思っているという確信。それらが景光に一種の自信を与えていた。





 景光は麻衣に、一ヶ月に一回、長くとも二ヶ月に一回は一緒に洋服を買いに行くと強制的に約束させている。それは彼女は放っておくと永遠に新しい服を買わないことと、買ったとしても男物同然のものばかりになることを景光が嘆いたためだ。もちろん、彼女にだって服の好みがあることは重々承知している。しかし、あまり似合っているようには見えないし、彼女自身も年頃の少女らしい服装が似合うことを自覚しているのは、初回のショッピングできちんと把握している。それでも本人の足が進まないようなので、定期的に景光が買い物に連れ出すことにしたのだ。麻衣にはバイトばかりではなく、少女らしいお洒落を楽しんで欲しいし、学生時代でしかできない色々な体験をして欲しい。景光とて、学生時代の経験は今でも心に残っている。特に警察学校時代は本当に楽しかった。あの頃のように全員で笑い合えないのが、今でも信じられない程に。

 こうして度々連れ出すようになったショッピングだが、同時に景光には気を付けなければならないことが増えた。麻衣に絡む変質者問題だ。犬も歩けば棒に当たるではないが、麻衣が出歩けば変態に当たる確率が高い。景光が一緒でも頻繁に遭遇するので、通学時間など景光の目が届かない時間を想像するとぞっとする。麻衣には防犯ブザーをしっかり持たせたが、いっそ警察犬を帯同させたいくらいには心配で仕方がない。そんな麻衣が不特定多数のいる杯戸ショッピングモールに来たのだから、変な人間に絡まれないとは思えなかった。

 案の定、景光がトイレで傍から離れた隙に、麻衣が誰かと向き合っていた。書店の脇にある店舗間の通路付近という、また何とも言えない場所だ。

(また変なのに絡まれてるのか?)

 麻衣の残念なストライク(にされる)ゾーンは幅広い。若者から老人まで網羅し、イケメンにフツメン、果ては人間じゃない顔面まで寄ってくる。そのため、麻衣に話しかけている彼女と同年代くらいの青年は稀に見るとびきりの美形であったが、変態である可能性は捨てきれなかった。景光は彼らに声を掛けようとして、だが踏み止まる。

(いやでも、麻衣の知り合いだったら、俺の説明に困る可能性があるよな)

 景光はいつもこういう時に困ってしまう。景光と麻衣はあくまで暗黙の了解のもと、偽装兄妹をやっている。しかし戸籍まで弄ったわけではないので、結局は赤の他人だ。新しい知人はともかく、昔からの麻衣の知人は彼女が孤児であることを知っていてもおかしくないので、下手な絡み方をすると景光の方が不審者扱いされてしまうのだ。自分が口下手なつもりはないし、麻衣も誤魔化すのが非常に上手いので突然話しかけても大丈夫かもしれないが、過信は禁物だ。積み上げた“設定”が崩れ去るのはほんの一瞬なのだ。未成年の一般人が絡んでいる以上、下手なことはできなかった。相手が不審者であってもすぐに助けに行けないのはとても歯痒い。

 何やらじっと見つめ合っているらしい両者の様子は、親しい間柄とするには奇妙だが、絡む変態と被害者にも見えない。景光は二人のすぐ近くの書店で、店先に出されている雑誌に目を通すふりをしながら耳をそばだてた。立ち読みできる雑誌コーナーは、同じ場所に留まっていても不審がられないので便利だ。

 やがて口を開いたのは麻衣だった。

「なんだかんだと聞かれたら?」

 それに対して、相手の青年が真顔で答える。

「……答えてあげるが世の情け」

(うん?)

 謎の問答に、うっかり顔をそちらに向けそうになるのを堪える。そうしている間も、やたらと息の合った合言葉のようなやり取りが続いた。

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

(話がデカいな!?)

 景光とて日本を守るために働いていた警察官だが、さすがに世界は考えていない。世界の破壊とは何だろうか。核武装か? それとも温室効果ガスか?

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

(それは正義なのか悪なのか)

 つい去年まで正義のために悪を成すを地で行っていた潜入捜査官の景光は首を傾げる。少なくとも自分はラブリーチャーミーではなかった。幼馴染なら頑張ればその路線で行けそうだが、そんなことを口にしたら怒りの鉄拳がレバーに突き刺さるだろう。彼は自分の童顔を武器にはするものの、実は結構気にしている。それにしても青年の顔が良い。SPRの所長である渋谷少年並に顔が整っている。それだけに、顔と発言の差が意味不明すぎる。

「ムサシ!」

「コジロウ」

(いや名前違うよな? 麻衣ちゃんとかすりもしないし、そっちの君もコジロウって顔じゃないよな?)

 麻衣は言わずもがな、青年の方も彫りの深い整った顔立ちは欧米の色が強い。こてこての日本人名ではなくサムだとかトムだとか、そういう名前の顔をしている。今の自分が思い切り偽名を名乗って過ごしていることからは目を逸らした。

「銀河を駆けるロケット団の二人には」

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ」

(ロケット弾……? ダメだ全く意味が分からない)

 そういえば福岡でロケット弾を所持していたため逮捕された人間がいたが、それは関係ないと思われる。

 景光が内心で首を傾げた時だった。

「リドルじゃん! 会えるとは思わなかった会いたかった!」

(え)

 意味もなく雑誌をめくっていた手が止まる。景光は思わず目を瞠った。麻衣がリドルと呼んだ青年に抱き着いたからだ。それも、今まで見たことがないような満面の笑顔で。景光が動揺している間に、青年――リドルというらしい――は少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「それは光栄だね。君は君で随分愉快なことになってるようだけど」

「可愛いだろ笑えよ」

「君がプライドを捨てたのは理解した」

 ――景光は、麻衣には特別に親しい友人がいないと思っていた。今まで景光は彼女から友人の話を聞いたことがなかったし、その存在を匂わせるようなこともなかった。かといって学校で人間関係に悩んでいるような様子もなく、ただ穏やかな空気のように過ごしているような不思議な印象を抱いていた。少なくとも、景光が特段心配するような何かを感じさせなかったのだ。その代わりに、あのような弾けるような笑顔を見たこともなかった。そういう顔をしない、大人びた、それでいて時々男前な性格なのだと思っていた。

 それでも、景光が一番彼女に近いと無意識に思っていたのだ。

(なんだよ。なんで)

 どこか納得いかないような、子どもじみた胸のむかつきが生まれる。赤の他人同士で、自分こそ秘密にしていることが多い癖に、相手の知らなかった面を見せられて動揺するなんて勝手だ。そう分かっていても、感情は消えなかった。

 恋人同士ではない、だろう。麻衣は懐いているようだが、そこに恋情は見えないし、相手の青年にしても甘さがない。ごく親しい友人同士のじゃれ合いとして見るならば、自分の過去の友人たちのような光景が被るので納得できた。同性だというのが納得しがたいが。……男女間の友情を否定するつもりはないが、景光にとって麻衣は可愛い妹分なのだ。正直、自分でも驚くほど面白くない。

 自分の感情はともかく、彼女たちの様子を見るに、あまり新しい知人のようには見えない。景光の言い訳に困る確率の方が高そうに思えたため、景光は麻衣のケータイに伝言を残して姿を消すべきかと考え始めた。しかし、麻衣はそうではなかったらしい。

「今一人? それならどこかの店にでも入ろう」

「いや、一緒に来ている人がいてさ……そろそろ戻ってくると思うんだけど」

 青年にそう答えると、麻衣はきょろきょろと周囲を見回した。そして景光を見つけ出すと「いた!」と声を上げる。当初はタイミングを見計らって声を掛けるつもりだったので、麻衣からも十分に見付けられる位置にいたのだ。麻衣は、雑誌をラックに戻す景光の元に駆け寄ってくると、景光を通路の方へ連れ出した。

 間近で見ると、リドルという青年は息を呑むほどの美貌だった。麻衣をからかうような皮肉気な表情を引っ込め、穏やかな微笑みを湛えた彼は優等生のお手本のようだ。景光と目が合うと、彼は大輪の薔薇が綻ぶように笑みを深めた。つっけんどんな渋谷と違い、随分と人好きのする性格らしい。

「唯さん、この人はトム・リドルっていって、自分の友人です。リドル、こっちは唯さん。お世話になってる優しいお兄さんだ。困っていたところを色々と助けてもらったんだ」

 日本人とは違う白磁の肌や彫りの深い顔立ちから、リドルがヨーロッパ系の白人だと分かる。一体どこで知り合ったのか不明だが、謎の人脈は麻衣にありがちのことだ。あまり大っぴらに探りを入れるのは抵抗がある。そう思いつつも笑顔で「よろしく」と言った景光に対し、リドルは薄い唇を開いた。

「トム・リドル、といいます。お兄さんにお会いできて光栄です。以後、お見知りおきを」

 …………それは勘、としか言いようがなかった。何の根拠もない直感ではなく、潜入捜査官として培った勘だ。その勘は、リドルという青年が麻衣と何らかの秘密を共有していると示している。

(――そうか。彼は麻衣ちゃんと仲が良い割に、オレに対して探りを入れてこないんだ)

 麻衣の景光に関する説明は、景光が麻衣の兄であるとリドルが誤認するような内容ではない。むしろ、赤の他人であると伝えている。それに対するリドルの返しは、まるで景光が麻衣の兄であるとも受け取れるような言い方だ。ここで彼女たちが会ったのは偶然と思われるのに、示し合わせたかのように口裏合わせをしているような様子に見える。何も言わなくても、通じ合っているような――

「……どうもご丁寧に。日本語上手なんだな」

 今の自分は薄っぺらい笑顔をしていそうだ、と思いながら景光は平静を装った。





 彼女の秘密は尊重したいが、“緑川唯”の存続に関わる可能性があるなら多少は把握しておきたい。そんな思いで、しかしダメもとで佐枝にトム・リドルのことを尋ねてみた。すると、日比谷公園のベンチで他人の振りをしながら弁当を膝の上で広げた佐枝は、「ああ……」と納得したような声を上げた。ちらりと様子を窺うと、時々ロボットのようだとすら思う眼差しが完全に死んだ魚のようになっていたので、景光はリドルという青年が対策班絡みの秘密を持っていることをすぐに察した。

「トム・マールヴォロ・リドル。アメリカの大学からの留学生だ」

「知っているんですか?」

「所属している大学が曰くつきでな」

 雑穀おにぎり専門店のものだというおにぎりを齧る佐枝は、どこかうんざりとしたような顔をしている。

「マサチューセッツ州にあるミスカトニック大学なんだが、そこでは未承認生物の研究をしている研究室がある。非公式にな。併設されている大学図書館にも、関連書籍が隔離保管されていると聞く。その男は研究室の学生だ」

「留学ということは、こちらの大学に通っているんですよね」

「ああ。東都大学だ」

 優等生のお手本のようだと思っていたが、思いのほか優秀な学生だったようだ。

「どうやら、我が国の未承認生物は諸外国と比べて会話が通じる部類のようでな。それが目当てで来日する研究者もたまにいる。だが、お前から見ても奴とアレが特別に仲が良いというなら気をつけろ」

 唐突に警告された景光は、反射的に伸びそうになった背筋を制する。今の自分は休憩をとっているランナーだ。佐枝と会話しているような素振りは見せてはいけない。

「アメリカに持っていかれるな、ということだ。奴の国籍はイギリスらしいから、そっちかもしれないがな」

「……つまり、未承認生物ではなく、あの子の勧誘が目的だと?」

「かもしれん」

 一つ目のおにぎりを飲み込んだ佐枝は、二つ目に手を伸ばす。無造作にペットボトルの緑茶を一口飲んだ彼は、昼休み中のサラリーマンのような顔をして冷徹な言葉を放った。

「緑川。アレを繋ぎ止めるのがお前の仕事だ。手段は問わない。アレを国外に渡すな」

「……了解」

 別れは告げずにベンチから離れる。佐枝もこちらを最後までちらりとも見なかった。

 佐枝の言うことに従うならば、場合によっては麻衣とリドルの友情を引き裂くような真似をすることになる。麻衣の笑顔を思い出すと気が引ける悪辣な行為だが、それがこの国のためになるのなら為さねばならない。佐枝含めた警察の判断では、彼女を国外に出すのは国益を損ねる行為に当たるのだから。

(……まあ、オレが麻衣ちゃんともっと仲良くなって、リドル君よりも優先してもらえるようになればいい、のか?)

 弱みを握っての脅迫のような真似事を避け、穏便に済ませたいのならそういうことになる。幸い、景光は麻衣と仲良くなって可愛がる分には何の抵抗もないし、麻衣にも景光を嫌うような素振りはない。リドルに対して見せた満面の笑顔には傷付きたくもなったが、もっと仲良くなれば景光に対してもそんな顔をしてくれるようになるかもしれない。

(頑張ろう)

 景光がやる気を出したのは、決してリドルに嫉妬したからではない……はずだ。



+ + +



麻衣兄「心配されなくてもアメリカにもイギリスにも行かねーよ!」
アメリカには冒涜的な大学があるし、イギリスには神格クラスのやべー奴がいる湖があるので。



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