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諸伏景光は自覚する
萌え 2020/01/02 01:46


・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズ
・SPRで景光さんのESPテストをやってみた話
・景光さん視点





 きっかけは他のことだろうが、決定打はある日、突然麻衣に連れられて訪れた日枝神社での出来事だった。永田町にある格式高い神社は、当然ながら古巣のある霞が関の近くなのでヒヤリとしたり、出世運と恋愛運という御利益にソワソワしていた景光に麻衣が言い渡したのは、おみくじを引きまくるということだった。なんでも、この神社のおみくじは結果が大吉から大凶まで12種類あるらしく、麻衣は景光が何を引き当てるのかを見たいらしい。謎の行動には首を傾げるものの、概ね純粋に可愛がっている妹分のおねだりに応えない理由はなかったため、景光は料金を支払って神猿(まさる)みくじを引いた。当初は、自分が言い出したことだからと麻衣がなけなしの稼ぎを使おうとしたので、それはもちろん全力で阻止した。そして引いた結果――大凶だった。

 これまでの人生の中で、景光は何度もおみくじを引いてきた。年に一度、幼い頃は家族と、やがては幼馴染や警察学校の友人たちと何度も引いてきたが、大凶が当たったことは一度もない。景光はショックよりも物珍しさが勝り、じっくりとおみくじを眺める。何度見ても大凶だ。一緒についてきた緑色の猿のストラップは大変可愛らしいが、結果は大凶である。ちなみに、緑の猿は延命長寿を司るらしい。今の自分にとってやたらと切実で迫るものがあった。神様に見透かされている気がする。是非とも御利益にあやかりたいので、大切にすることにした。

 次いで、麻衣に促されて恋みくじまで引いた。可愛がっている女の子の前で一人で引く気恥ずかしさは、最悪の結果を叩き出したのですぐに吹き飛んだ。どうやら景光は命に加えて恋愛運まで終わっているらしい。恋愛運を期待する身の上ではないが、かといって諦めろと断じられるのは切ないものがある。二つのおみくじは神社内の木にしっかりと結びつけておいた。

 その後は千代田区にある東京大神宮で、さらにその後に浅草の浅草寺でもおみくじを引いた。家内安全だろうが恋愛だろうが関係なく引いてみたが、恐ろしいことに全てが大凶だった。この国の神は、今年の景光の運気は最低だとおっしゃっているようだ。むしろ殺しにかかっている。

 どうやら麻衣は、大凶が用意されているおみくじのある神社巡りをしていたらしい。三つの神社を巡った後、麻衣は真顔で告げた。

「唯さん、引きの悪さで有意差出せそうですよね」

 そんな麻衣の一言が決定打で、景光は日を改めて彼女のアルバイト先であるSPR――渋谷サイキックリサーチに足を踏み入れていた。有意差。偶然とは考えにくく、意味があると考えられる差。そう表現されるほど、確かに景光は運が悪い。運が悪いと感じ始めたのはNOCバレをして以降の話だが、NOCについては景光に不備はなかったと今でも考えている(だからこそ迂闊に古巣にも戻れない状態が続いているのだが)。そして、麻衣と出会ってからの運の悪さは、それとは質が違うと思われる。麻衣は後者を指しているのだろう。

 景光は本当に運が悪かった。そもそも異様な怪現象に巻き込まれる時点で運がないが、直感で行動を選ぶ場面ではほぼ確実に悪手を選ぶ。先日のおみくじ連続大凶事件がこれ以上なくそのヤバさを物語っている。麻衣曰く、その運の悪さは何らかの要因があるかもしれないので、SPRで一度調べてみませんかとのことだ。SPRは心霊現象の調査事務所で、超心理学といった分野に明るい。以前の景光ならばそこでの調査など切って捨てていたが、今は世の中が科学だけでは通用しない世界があると知ってしまっている。もしかしてという思いと、麻衣の純粋な心配を無碍にできずに話を受け入れたのだ。彼女も、おみくじの結果という分かりやすいデータを提示してまで、景光をSPRに連れて行きたがっているのだから。問題が解決せずとも、その心労を多少なりとも和らげてやりたい。

 SPRの若き所長である渋谷一也――ナルシストのナルちゃん呼ばわりされているらしいが、それも納得の美しい少年だ――には、麻衣からあらかじめ状況を知らせていたようだ。彼はにこりともせずに、応接スペースの机に準備された機材の前に景光を座らせた。愛想のなさは、麻衣の保護者として顔を合わせた知人であることとは一切関係ないはずだ。余計な会話を差し挟まず、彼は白い指を伸ばして淡々と説明する。

「この四カ所あるランプが光る場所を直感で選んで、ボタンを押してください。これを千回繰り返して統計を取ります」

「せ……、わ、分かった」

 まさか千回やれと言われるとは思わなかったが、渋谷の様子はあまりにも冷静で、景光に有無を言わせる気のないようにしか見えなかった。麻衣によると、景光の状況には多少の興味を持っていたようなのだが、それが全く窺えない。ある意味才能かもしれない。なお、実際に機材を操作するのはリンという男だった。彼は渋谷よりもさらに無口である。

 言われるがまま景光が延々とボタンを押し続けていると、隣で様子を見ていた麻衣が鼈甲飴の目をまあるくした。

「うーん。唯さん、なかなか当たらないですね」

「ここまで当たらないと驚くな……」

 そう、景光は何の根拠もない直感だけで、ランプの光を外し続けた。テーブル挟んだ向かい側で機材を操作するリンを観察すれば、どのランプを点ける気かある程度推測できるかもしれないが、景光はそれをせずに手元だけに集中した。その結果、何回やっても当たらない。10回連続で外した辺りではなかなかすごいと笑い混じりに軽く思えていたのだが、連続不正解が100回を越えると無言になり、300回すら越えると震えすら出そうになる。いくらなんでも異常だということは、素人目にも分かった。そして、景光から見ても渋谷の目が輝いたのも分かった。気難しく癖のある彼のお眼鏡に適ったらしい。

 結果は、全てハズレだった。

「…………嘘だろ」

「……わー。千回やって全部外すって何ですかそれ」

 調査を終え、ドン引く麻衣がちょっと悲しい。だが、景光自身も自分の直感力にドン引きだった。今までの自分はそんな異様な直感力――もとい、鈍感力のある人間ではなかったのだから。

「緑川さんは潜在的なセンシティブ、ESP持ちと思われます」

 目は多少輝いていても、声は淡々としているのはもちろん渋谷だ。彼は平然と景光にそう言い放った。

「このESPテストでは当てる確率は常に四分の一。千回も行えば、大抵の人間が四分の一の確率で当たる結果に収まります。それより結果が良くても悪くても何かがある、ということです。全てを外したあなたには当然、何かがあると判断できるでしょう」

「何か、ですか……」

 不思議な力があると聞くと悪い気はしないのだが、実際の景光の身に起きているのは悪い結果を引き寄せることばかりだ。正直、歓迎できるような言葉ではなかった。すると、渋谷は自身の顎に手を宛がって言葉を続けた。

「あなたは直感で選ぶと自分が危険に晒される傾向があるようですね。それは自身の危機を察知していると受け取れるので、ある種の予知視(プレコグニション)と言えなくもないでしょう」

 眉唾な話になってきたと思いたいが、そもそも今の自分の状況が怪しすぎるので何も言えない。装置自体になんらかのトリックがあるのではないかと幼馴染なら疑うだろうが、自分には今までの九死に一生経験やおみくじ事件という前例があるため、疑うような心理的余裕もあまりない。ものすごい可能性を提示されているような気がするが、それを上手く飲み込めなかった。

「悪い結果ばかりを選び取る。その能力が信用に値するものであるのなら、あなたにとって悪い選択肢が何なのかを知ることが出来るし、コントロールできれば回避も出来るということです」

 言われてみれば、コントロールできればそれなりに有用な能力だと思えてくる。渋谷の言うような運用が出来れば、少なくとも最悪の選択肢を回避することができるのだから、日常生活だけでなく潜入捜査にも役立つだろう。今のところ、それほど都合良く自分の無意識を操作できる気がしないのが問題だが。

「とはいえ、あなたの能力に関しては実証するデータがあまりにも少ない。僕としては、あくまでESPを持つ可能性があるとするに留めておきます」

 しかし、渋谷はほんの少しだけ夢想した景光の淡い期待を容赦なく擦り潰した。

「そもそも、あなたが選択したことで遭ってきた死ぬような出来事とやらも、何らかの認知バイアスがかかっていた可能性もあります。今回の結果だけで確実にESPだと断じるのは早計でしょうね」

「……なるほど」

 高校生程度に見える少年からさらりと専門用語を出され、一拍置いて頷く。バイアスはビジネスや学問で使われる言葉だが、おおよそは“偏り”という意味である。分野によって細かな意味が変わってくるのだが、その単語が身近になってくるのは精々高校卒業以降だ。渋谷は見た目通り優秀なのだろう。さり気なく麻衣も意味を理解している様子なのは、バイトの環境によるものだろうか。

 渋谷は美しい黒曜の双眸を細め、ほんの少しだけ口角を上げる。ため息をつきたくなるほどの美貌で、彼はあくまで淡々と告げた。

「これからあなたが体験されるであろう、様々な実証データの提供を期待しています」

(……こりゃあ、麻衣ちゃんが全く男として興味を示さないわけだ)

 ひたすら冷静に景光を分析する研究者としての眼差しに、思春期の少年らしい色はない。麻衣が元々クール、あるいはドライな性質だと知ってはいるが、それを差し引いても色恋に興味がなさそうな相手である。いくら相手の顔が良くても、いわゆる観賞用扱いされがちだろう。景光はそう考えると、少しだけほっとした。……自分の不運っぷりが結局解決していないことからは目を逸らしつつ。



+ + +



気分はすっかり麻衣兄さんのお兄さんなので、妹分に彼氏ができるのは複雑という景光さん。大丈夫です、できません。BL時空でもなければ。

ナル君に関してはGH本編後の時間軸辺りで、某検察事務官からある疑いを持たれていることを佐枝刑事経由で景光さんの耳に入れられる予定。詳しくは悪夢の棲む家編読んでね! 小説も漫画版もあるよ!(ダイマ)



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