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君はメフィストフェレスか
萌え 2019/11/11 00:40


・景光兄さんと麻衣兄同居シリーズif……に繋がる?
・多分その後はなんやかんやで同居ルートになるのかも
・景光さん視点
・ジンニキに拉致られて連れ回されてる麻衣兄さん
・ウィスキートリオ揃ってる時代





 指定されたビルの影から聞こえてきたのはジンの声だ。景光――スコッチはバーボンとライを伴ってそちらに足を進めた。

「卵が先か、鶏が先か。テメェが言っているのはそういうことだ」

「循環参照の話ですか? それとも神学? そういえば旧約聖書だと“生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ”ってあるから鶏が先で正解らしいですね」

 ジンに返された声は存外に幼い。声変わりを迎える前の少年か、あるいは年若い少女のように聞こえる。悪辣な犯罪者の傍に子どもがいるかもしれない事実に、スコッチは思わず顔を顰めた。それは隣にいるバーボンも同じらしく、彼は秀麗な眉をわずかにひそめている。ライに関してはむっつりと黙り込んだままで口を開かない。しかし、無垢さすら感じさせる幼い声色に反して告げられた言葉は随分と難解で、少なくともスコッチがカバーしていないような知識をさらりと披露しているのは不思議だった。落ち着いた雰囲気があまりにも大人びているのがちぐはぐで、余計に謎めいている。

「はぐらかしたところで話は変わらねぇよ」

「……善意の忠告はしましたからね。これで何回目か忘れましたけど」

「カナリアの囀りを聞いてやるのは飼い主の義務だ。好きに鳴け」

「あの、できれば標準語でお願いします。会話のキャッチボールで変化球投げないでください」

(ジン相手に態度でかくないか?)

 あの独特の言葉回しについてはスコッチも全く同感だが。むしろもっと言ってやれ。しかし、ジンと言えば捜査員の間では組織の中枢にかなり近い位置にいる幹部で、それにふさわしく冷酷非道な男だ。そんな男に対して正直すぎる物言いを許されているというのは、幼いのは声色だけで、実はジンと同等かそれ以上に古参の幹部なのかもしれない。いや、ジンが飼い主と自称しているのだから、可愛がっている側近だろうか。ジンにウォッカ以外のパートナーがいると聞いたことはないのだが、もし存在していたのならこれは新たな情報を得る良い機会だ。

 集合場所にいたのは3人だ。ジンとウォッカは予想通りだったが、ジンの隣に小柄な人物が立っている。黒いマウンテンパーカーに黒いジーンズとスニーカー姿で、顔には黒い狐面を付けている。ストレートジーンズに包まれた足は細く、肩が狭く薄いのは見て取れるため華奢であるのは間違いないだろうが、フードを目深に下ろしているので性別どころか髪の色すら分からない。パーカーがオーバーサイズのため隠れているが、腰回りが膨らんでいるのでウエストポーチか何かを持っていると思われるものの、それ以外は手ぶらだ。おまけに立ち姿が完全に隙だらけなので、その気になれば十秒もかからずに制圧できてしまいそうな相手である。最大の障害があるとすれば、あまりにも無防備で非力そうな相手に攻撃することへの罪悪感かもしれない。そんな人物がジンの隣に立って平然と会話している姿は異様だった。狐面の人物を挟む位置に立っているウォッカが何も言わないので、ジンへのそういう態度が許容される立場なのは間違いない。

 ジンはスコッチたちの方へ視線を向けると、三白眼を眇めた。

「遅ぇ」

「そう言うのでしたら、仕事当日に連絡するのはやめてもらえませんかねぇ」

 バーボンがすかさず文句を言うが、ジンは鼻で笑うだけだった。腹の立つ行動だが、それをはっきりと咎められる人物はこの場にいない。ジンはビルの影から見える建物を顎で示した。

「組織の息が掛かったあの研究所はクスリの研究をしていたが、一週間前から音信が途絶えている。三日前にはネームレスをやったが、そいつらも帰って来ねぇ」

 薬の研究と聞くと思い浮かぶのがシェリーという幹部だが、厳重に囲われているらしくあまり情報が入ってこないので、この研究所とは関係ないだろう。もし関係があれば、ジンが幹部とは言え新米であるスコッチたちを軽々しく呼ぶはずがない。それでも組織の情報は何でも欲しい立場であるため、スコッチは耳を澄ました。だが、ジンは碌に情報をよこすつもりがないらしい。

「だから研究所の様子を見に行く。音信が途絶えた原因を探って、必要があれば研究所からデータを引き上げる。以上だ」

「それだけですか? 他の情報はありませんか? ここ一週間で差し向けたネームレス以外に人の出入りはあったのか、そもそも何の薬を研究していたのか。それに……そこの方を紹介していただけませんかね?」

「知るか」

 ジンが素っ気なく一蹴したためバーボンは肩をすくめて見せたが、その代わりにジンの隣へ全員の視線が集中する。すると狐面の人物は戸惑ったような反応を素直に見せた。

「えー……どうも、お世話になり、ます?」

 まるで緊張感のない一般人のような姿に、スコッチはさすがに困惑した。バーボンとライも扱いに困るような、何とも言えない顔をしている。一方、ジンは舌打ちして狐面の人物を睨んだ。

「ならねえよ。それにお前は世話をする側だ」

 そしてジンは狐面の人物の細い腕を乱暴に掴み、引っ張りながらこちらに背を向ける。「いてっ」と悲鳴を上げる様子にはやはり緊張感がないが、傍から見ると凶相の犯罪者に誘拐される子どもにしか見えないので、思わず制止したくなった。

「行くぞフェアリー。――テメェらは勝手に研究所を探れ」

「……妖精(フェアリー)?」

 研究所の正面玄関へ向かう背中を見つめながら、スコッチは思わず反芻する。狐面の人物は、スコッチが把握していない幹部(ネームド)なのだろうか。そんな疑問を察したのか、残っていたウォッカが口を開いた。

「フェアリーテイル、カナリア、シャンメリー。まあ、色々と呼ばれている。ネームドじゃねぇが、それ並に重要な人物だ」

「ホォー……それはそれは。是非ともお近づきになりたいですね」

 目を細めて口角を上げるバーボンは、親交のあるスコッチから見ても胡散臭くて仕方がない。ウォッカは主にバーボンに向けて付け加えた。

「失礼がないようにしろよ。それから……あまり物騒なブツは見せるんじゃねぇぞ。図太い一般人だと思え」

「はい?」

 バーボンが思わずといった声を上げる。スコッチも同じ気分だった。図太いだけの一般人を連れ回すとは、ジンの気が知れない。おまけに、ウォッカは狐面の人物――フェアリーテイルに対してかなり気を遣っているようだ。彼は組織内でもジンと幹部同士の連絡役を担うことが多いとはいえ、ジン以外にあからさまな重用はしない。そのため、この態度は破格と言っていいだろう。

 ウォッカはそれきり口を閉ざし、ジンを追った。気になることは山ほどあるが、スコッチたちも彼らを追うことにした。どの道、事前説明が不十分でもジンからよこされた仕事を拒否するという選択肢はない。……ウォッカから感じた、どこか同情めいた空気が気になるが。

 正面玄関の前では、ジンがカメラ付きのインターホンの前で何事か話していた。幸いにもフェアリーテイルの腕は離されており、こちらに気付いた彼か彼女がこそこそと近付いてきた。その際、ウォッカの脇を通ったのだが、彼は何も言わない。ウォッカはフェアリーテイルに対してかなり甘いようだ。お陰で、フェアリーテイルがスコッチたちに声を掛けるまで妨害が入らなかった。

「あの」

「フェアリーテイル、と聞きました。僕はバーボン、彼はスコッチ、こいつはライです。何か僕たちに御用ですか?」

 バーボンが端正で甘い作りの顔で微笑むと(バーボンにしては優しげな表情のため、ウォッカの言葉を意識しているようだ)、フェアリーテイルは小さな手を自分の顔の横につけ、内緒話をするような仕草をした。その毒気のない行動に警戒心がどんどん削られてしまうスコッチだが、告げられた言葉で一気に気を引き締めることとなる。

「……勝手に探せって言われてましたけど、お兄さんたち三人は出来る限り固まって行動した方がいいです。研究員が全滅しているとか、すり替わっているかもしれないのでかなり危険です」

「……ホー。随分と親切な忠告だ」

 今まで黙っていたライが目を眇める。強面な男に皮肉っぽく言われれば、それこそ一般人なら縮こまってしまいそうなものだが、フェアリーテイルはそうではないらしい。ジンと会話が成立する時点で、図太いのは明白だった。

「あと、もしも黒い蓮を見付けたら、不用意に近づかないでください。監視されている可能性があります」

「黒い蓮ですか?」

「薬の材料で、本来はこの国にない、特殊な環境下の植物です。今回の騒動は研究所に“生産元”が乗り込んできたのかもしれません」

 思いのほか重要な情報が飛び出してきた。何を思ってスコッチたちに教えてくれるのか謎だが、スコッチにはこちらを純粋に心配してくれているように思える。ジンからの事前情報はないにも等しいので、これが正しい情報だとしたらありがたい。ジンの目を逃れてこちらに来てくれているので、信憑性はそれなりにありそうだが果たして。

「強烈な幻覚作用があって、睡眠薬や毒薬、幻覚剤、香料に加工できます。もし石炭と蓮を混ぜたような香りがしたら、近づかない方がいいです。焚いた香料でも幻覚作用がありますし、稀に肺を傷つけて吐血することもあります」

 ……これで嘘だったら笑うしかない。早口で告げられる情報をしっかり脳に刻み付けたスコッチは、どうしても気になって尋ねてみた。情報の出所より、それを必死に教えてくれる理由を知りたくなったのだ。

「……なあ。どうして教えてくれるんだ?」

 すると、フェアリーテイルはあっさりと答えた。それが当たり前のように。

「誰も死なないなら、それが一番じゃないですか」

 その通りだ。誰も死なないのが一番良いに決まっている。だがそれは犯罪組織では通用しない常識だ。それでも堂々と提示できるその心意気に、スコッチの脳裏に沈めた警察官の諸伏景光が感服した。正義のために悪を成すことに疲れた心が僅かでも癒されたのだ。フェアリーテイルはジンに連れ回されているように見えるが、精神性は彼に感化されていないらしい。ライも皮肉を言わずに黙っている辺り、感じるものはあるのだろう。

 一方、フェアリーテイルの最も近くにいたバーボンは、うっとりとするような艶めかしい笑みを浮かべた。同期と殴り合いをするのを見ていたスコッチとしては、筆舌に尽くし難い違和感を覚える。

「ありがとうございます、お嬢さん。あなたの献身に感謝を」

 そう言うと、背中を丸めたバーボンがフェアリーテイル――年若い少女の細い右手を取る。内緒話をする仕草のお陰で、服装のせいで分かりづらいが胸元のなだらかな丘陵が見えたのだ。白い手袋に包まれた手にすくい上げられた指先は、荒事とは無縁の薄く傷つきやすい皮膚をしていた。そんな綺麗な指に、バーボンが薄く形の整った唇をそっと寄せる。

「お嬢さんも何かあれば、是非僕にお声かけくださいね。僕はあなたの力にな」

 ――しかし、唇が指先に触れる前に、少女がさっと手を引っ込めた。お見事と言いたくなるほど鮮やかに手を引っ込めた。そして一歩二歩、いや三歩下がりつつバーボンに告げる。

「セクハラはちょっと……」

 ぐうの音も出ない正論だった。少女に照れや焦りの様子は一切なく、淡々と冷静に指摘していた。レベルの高いイケメンに迫られた少女にしては、なかなか新しい反応である。少なくともスコッチは初めて見た。幹部の女性陣とはまた質の違う反応だ。

「っくく……」

 堪え切れないと言った様子でライが笑い声を漏らした。その気持ちはスコッチもよく分かる。状況が許されるなら気持ち良く笑いたいところだがそうもいかない。ライとあまり性格が合わないバーボンは、すぐにそれに気付くと眉間にしわを寄せた。

「ライ、貴様……!」

「あー、えー、もしかしてそういう挨拶の文化圏の人でした? そうだったらすみません。でも自分はあの距離感無理なので、今後は避けていただきたいです」

 すると、少し慌てた様子のフェアリーテイルがバーボンを宥めに掛かった。やんわりとした口調で謝罪され、なおかつ断固として接触を嫌がられたバーボンは、ライへの怒りを流して少女に言い繕おうとした。

「い、いえ、こちらこそすみません。僕の配慮が足り」

「ハッ! 振られたか、バーボン。セクハラ野郎とはいい気味だ」

 しかしそれを遮るタイミングで、交渉を終えたジンから声が掛かった。最後の方を見ていたらしく、完全に馬鹿にした顔をしている。バーボンのこめかみにはっきりと青筋が浮かんだのを目にしたスコッチは、素早く視線を逸らした。しばらくバーボンが荒れそうである――本音半分、演技半分くらいで。

 だが、ジンに呼ばれた少女は去り際にフォローにならない一言を残した。

「大丈夫ですよ、バーボンさん。セクハラに関してはあの人、人のこと言えませんから」

 あの人、とはジンのことであるのは明白だ。小走りで離れていく少女を見送りながら、スコッチは気付いた。それはつまり、あの少女はジンにセクハラめいたことをされているということか?

(えっ、あの悪人面で?)

 ギリギリ口には出さなかったが、あの凶悪面で幼さの残る少女の胸や尻を揉んでいたりするのだろうか。少女とジンの間に色めいた雰囲気が皆無のため何とも言えないが、もしそうだとしたらジンはとんだロリコン野郎である。殺人、強盗、誘拐、以下あらゆる犯罪に手を染めているジンに、まさか未成年者への淫行罪まで加わるのは想定外だ。

「ジンはペドフィリアなのか」

「不意をつかないでくれライ……はっきり言われると心の整理が追い付かない……」

 仏頂面のライが心底侮蔑したような顔をするのを、スコッチは初めて見たのだった。



+ + +



ライさんドン引きのジンニキによるセクハラ芸。

情報を流しまくる麻衣兄さんと見逃すウォッカおじさん:うっかり死んで欲しくない麻衣兄さんと、同情100%で見逃すおじさんです。
冒頭で「卵が〜」と話していたのは、麻衣兄の「俺を拉致して手元に置くから、縁が出来てやべー事件の遭遇率上がるんだよ」という主張に、ジンニキが「お前がいるから事件が増えたか、事件が増えたからお前がいるのか、どっちが原因とも言えないだろ」とスルーしてる感じです。で、ジンニキが「他の奴に縁とやらを擦り付けられないか」と考えた結果が呼び出されたウィスキートリオです。それを知ってるウォッカおじさんは全力で同情してます。なお、縁は増えるだけで移動しません。




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