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諸伏景光は変態に慄く
萌え 2019/10/16 00:02


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・景光視点
・ド直球の下ネタあり





 ファーストコンタクトがかなり奇異、あるいは強烈だったので忘れがちではあるが、谷山麻衣の見た目は至って普通の少女だ。正確に言うとまさしく文学少女と表現できる風体で、だぼっとした服装を好む、大人し気で運動できなさそうに見える。いつも大きめの服装をしているのはその方が楽だったり、暖かいかららしい。体感温度に関しては脂肪が薄いからだろうか。ともかく、反抗的とは無縁そうで、少し強く出ればすぐに言いなりにできそうな、言ってしまえば犯罪者が手を出しやすそうな手合いに見える。実際はなかなか我が強いし、動こうと思えばそれなりに動けるし、度胸も据わっているし、何でもない顔で言葉のナイフを突き刺してくるくらいには逞しいのだが、見た目だけでは全く伝わってこない。一つ屋根の下で暮らすようになってしばらく経つ景光は、彼女の優しさや健気さ、善良性も併せて知っているので、彼女を守るべき相手と認識している。それに関しては、見た目だけの印象から導き出される感情と大差はなかった。そうでなくとも、麻衣は潜伏生活を送る景光の隠れ蓑としても機能しており、暗黙の協力者としての側面もあるので、いざという時は命を賭して守る覚悟もあった。無論、展開によっては何も言わずに姿を消すこともあり得るだろうが、それは麻衣の方も察しているのではないかと思われる。察していたとしても詮索はせず、黙って受け入れて平然と生活している辺り、やはり彼女は相当に強い精神力の持ち主であった。

 そんな彼女は、自分の身の回りのこととなると一部が無頓着になる。それは主に、年頃の少女らしさだ。正直なところ、彼女との同居生活は、たまに同年代の同性と共にしているような気になるほど楽な面が多々ある。こだわる部分や大雑把さに性差をさほど感じないのだ。しかもそれは麻衣が景光に気を遣っているからではなく、あくまで自然体のようである。だがそれだけに、少女めいた部分かおざなりになっていることが多すぎた。

 傍からも顕著な例は私服だ。そもそも私服自体が少ないが、それは景光と同居することになった時点での麻衣は火災で家が全焼し、身一つだったからだ。そこから高校の制服や体操服を買い与えてさらに私服もとなった時点で麻衣が大層恐縮し、必要最低限過ぎる品数で留まっている。バイトの稼ぎで買い足しますと言ってはいたが、いっこうに増える様子がない。さらに全てがボーイッシュ……と言えばまだしも男物に近く、可愛らしさなど虫の息だ。「友達と遊びに行くときに困らないか」と景光が尋ねるも、麻衣の「休日はバイト一択です」の一言で終わった。服の好みに関しては動きやすさ重視というだけで、遠慮とかそういうものではないことは何となく分かる。だが似合っているかと言われれば微妙だ。彼女にはもっと似合う服がたくさんあるはずだ。

 麻衣にもっとお洒落を楽しんで欲しいし、可愛い服を着て欲しい。そんな思いを密かに持ち続けていた景光は、休日のある日「季節の変わり目だから服を買いに行こう」と言って麻衣を杯戸ショッピングモールに連れ出した。

 ……杯戸ショッピングモールは2年前の11月7日、同期の一人を亡くした場所でもある。景光はそれを後から知り、ショックを受けた時の感覚を今でも忘れられない。6年前もそうだった。そして幼馴染は今、景光すら失ったと思い込んでいるはずだ。彼の気持ちを想うと景光の胸も痛むが、今は潜伏するしかない。ただ、同期に花を贈ることくらいは許されないだろうか、と景光は人でにぎわうショッピングモール内を眺めながら目を細めた。モール内に監視カメラがあるだろうから、屋上に花を供えることなく自宅へ持ち帰ることになるだろうが。

 麻衣に服を買ってやりたいとは思うが、景光は別に優れたファッションセンスを持っているわけではない。それは大抵のことは何でもできてしまう幼馴染の方が優れているだろうし、そもそも今時の少女たちの流行りも分からない。だが、麻衣は流行りの服よりは長く着られる服の方を好むので、流行に特化し過ぎないような服を選ぶことにした――景光と店員が。当の本人は難しい顔をして首を傾げるばかりで、全く頼りにならなかったのだ。遠慮ではなく、単純にピンとこないらしい。

 フリルがふんだんにあしらわたものは麻衣が死んだ目になるので却下し、肩を出すなど露出が高いものは景光が秒で却下し、と選別をした結果、大人し目だが少女らしい服を数着見つけ出した。当初、麻衣はそれらに遠い目を向けたものの、試着室の全身鏡の前で「主観を捨てろ」だの「客観性を重視しろ」だの「無我の境地」だのとボソボソ呟いた後に納得していた。こうして麻衣は退店する際に購入したばかりのスカートとブラウスを身に付け、景光に「お陰様で事実を認めた上での客観視スキルを手に入れました」と謎の感謝をした。意味が分からないが、感謝するくらいなのでいいことなのだろう、多分。「今なら滅私奉公の神髄が分かりそう」と言われた意味は本当に分からない。彼女は試着で何かを滅したのだろうか。

 服を着替えた後は入用の物を探したりウインドウショッピングをしたり、とほとんどデートに近い状態だった。そもそも服を一緒に買いに行くのもデートかもしれない、と思い当たったのはドリンクスタンドで二人分のフルーツジュースを購入した後で、一回りも年下の相手に何を馬鹿なと景光は首を軽く横に振った。これまで身を置いていた場所があまりにも殺伐としていて、今とのギャップで突拍子もない発想になってしまうのだろう。ともあれ、可愛い妹のような麻衣を喜ばせるのは楽しい。

 ドリンクバー付近は混雑していたため、麻衣は少し離れたところに待たせていた。彼女のところに戻ろうとした景光は、しかしモールの壁際に佇む彼女の目の前に立っている人物に足を止めた。身長や肩幅を見るに男性だ。男はまだ秋に入ったばかりだというのに、長い黒のコートを着ていた。まるで黒ずくめの組織の人間のように。

(……何者だ?)

 景光は飛び跳ねそうになった心臓を一瞬で沈め、近くの植木の陰に潜んだ。大型のショッピングモールであるため、広い大きな中央通りに休憩スペースや緑が植えられていることが幸いした。その傍で人を待つような仕草で通りに目を向けつつ、眼球を動かさずに横目技術を用いて彼らの様子を窺う。景光としては、すぐさま彼女の傍に行ってやりたかったが、それは人目を避ける立場上難しい。男の正体によっては、かえって麻衣を危険に晒してしまう可能性すらあった。

 改めて観察すると、麻衣に話しかけているのは中肉中背で50代くらいの男だった。季節に合わないロングコートを除けば、一般的なサラリーマンにも見える。ただ、やたらと鼻息が荒いのが目に付き、景光が外回りをしていたら、ほぼ確実に職務質問を試みる程度には不審だった。……少なくとも、景光が把握している組織の幹部(ネームド)とは一致しない。だが関係がないとはまだ言い切れない。

「お嬢さん、キノコは好きかな?」

「ええ、まあ」

「美味しいキノコがあるから、一緒に食べに行かないかい?」

「人を待っているので結構です」

「でも、今すごく食べ頃なんだよ」

「結構です」

(どんな絡み方してるんだ)

 コミュ障か、と言いたくなるような会話であった。同期の萩原を見習えと言いたいが、そこまでいくと女誑しになりかねないので言いはしない。しかし男の話題の脈絡のなさには頭が痛くなるし、それに対する麻衣のクールを通り越して砂漠のような乾燥しきった返しにも胃が痛む。しかし、キノコと言われて真っ先に思い浮かぶのは“マジックマッシュルーム”。トリプタミン系アルカロイドのサイロシビン等を含むキノコの俗称であり、主に幻覚作用を引き起こす。日本では“麻薬、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令”が改正され、麻薬原料植物として故意に使用・所持することが規制されている。まさかと思うが、それを麻衣に摂取させるつもりだろうか。

 黒ずくめの組織は多方向の違法行為に手を出しており、麻薬についても大本ではないようだが麻薬売買組織と繋がりがある。今の段階では、麻衣に絡んでいる男が末端の末端である可能性も無きにしも非ず、だ。目つきが鋭くなりそうになるのを堪えつつ状況を探っていると、不意に男が動いた。ロングコートを麻衣に向けて開いたのである。周囲からは絶妙に分かりづらいが、景光には分かってしまった。ロングコートの襟元が素肌であることを見るに恐らく――中身は全裸である。

(黒ずくめの変態かよ!!!!)

 こんな輩が組織の下っ端(ネームレス)にいてたまるか。男は黒いだけの変態に間違いない。景光は警戒しまくっていた自分が腹立たしくなった。もちろん、警戒は必要ではあるのだが、全裸コート男に二の足を踏んでいた自分が猛烈に頭にくる。すぐに見抜けなかったせいで、麻衣に汚いものを見せる羽目になってしまった。

「そんなに冷たくしないで……僕のマツタケ、すごいだろう?」

(下ネタか!!)

 植木の陰に隠れるのをやめ、振り向いた景光はまともに見てしまった。コートの裾から男の息子が元気にライザップしているのを。思わず手にしていた紙カップを握り潰しそうになった。潰すぐらいなら男の頭からぶちまけてやりたいが、そうすると今度はこちらが傷害罪になる。あんな輩など、不埒な息子を根元から引き抜いてもこちらは刑に処されないと思うのだが。

 ジュースの紙カップを近くのベンチに置いた景光は、思い切り眉間にしわを刻んで大股で歩み寄り、男の肩を力強く掴もうとした。しかしその前に麻衣がふっと笑ったため思わず足を止めた。余裕に満ち溢れた彼女の笑みは、心の底から嘲るような冷たさだ。笑んだというより、口角を上げただけと言った方が正しい。心胆寒からしめる、を地で行く表情であった。

「――エノキの間違いじゃないですか?」

(そんな返し!?)

 ちょっと、いやちょっとどころではなく非常に肝が据わり過ぎではなかろうか。罵られたわけでもない自分の股間まで縮み上がりそうだ。罵られた男は「えっ」と呆けた声を上げた。景光も何故か男と同じ心境である。

「そんな貧相な物をよくもまあマツタケと言い張れますね。恥ずかしくないんですか?」

「あ、ああ、あの」

 襲っている側だった筈の男が震え出した。気持ちは分かる、不本意なことに。同じ男なので。

「そもそもそれ、ぶら下げてる意味あります? ――可哀想に」

 男はショックで項垂れた息子を両手で押さえ、とうとうその場に蹲った。景光が手を出すまでもなくノックアウトされている。麻衣は中途半端に手を挙げたまま突っ立っている景光と目が合うと、グッと親指を立てて見せた。

「仕留めました」

「いや……うん、こういう時は助けを呼んでくれ……」

 その後、景光はショッピングモールの警備員を呼んで全裸コート男を引き渡した。男は心に深い傷を負ったらしく、警備員に引き渡されるまでずっと蹲っていた。自業自得とは言え、麻衣の所業は恐ろしい。

 しかしそれで変態騒動は終わらなかった。今後も麻衣は多種多様な変態に絡まれていき、それを知る度に景光は頭を抱え、数々の防犯グッズを彼女に持たせようとすることとなるのであった。



+ + +



そもそも全裸コート男への対応が慣れ切っている時点で、この麻衣兄さんは既に何件か変態事件に巻き込まれ済み。
=変態に遭遇したことを麻衣兄さんは景光さんに言ってない。
報連相ができない麻衣兄さんで済まない。多分、そういう時に限って景光さんが家を空けてたとかそういうオチだと思われます。



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