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諸伏景光は言い聞かせる
萌え 2019/09/17 23:54


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・景光さん視点
・GH「旧校舎怪談」ラスト





 女子中学生改め女子高生との同居生活も慣れてきた頃だ。パソコンはあるがテレビはないという現代っ子さながらの生活空間のため、ニュース代わりにインターネットに接続したところ、地方ニュースのトップに見覚えのあり過ぎる地名が挙がっていた。

 ――『本日午前、杯戸高校で突如旧校舎が崩壊』

 時刻は夜。麻衣はとっくに帰宅しているが、そんな話は一言もなかった。彼女は確か、件の旧校舎でアルバイトをしていたはずである。景光はぞっとして、食器を洗っている麻衣に詰め寄った。

「麻衣ちゃん、ニュースに杯戸高校の旧校舎が崩壊したって載ってたんだけど?」

「あ、潰れました」

(……いやいや、潰れましたじゃないだろう!?)

 冷やし中華始めました、並にあっさりと返された景光は、思わず叫び返したくなるのをぐっと堪えた。学び舎と同じ敷地内にある建物で、しかもアルバイトで頻繁に立ち入っていた場所が崩壊したとしたら、景光と顔を合わせた時に話題の一つにでも上るのが普通ではないだろうか。だが今の今まで、麻衣の口からそういう話は欠片も上る気配がなかった。景光に指摘されて初めて思い出したと言わんばかりの反応である。旧校舎の崩壊なんて、実際に怪我をしているかどうかなど関係なく、彼女の安全にかかわる重大な事件だ。どうして言ってくれなかったんだ、と言おうとした景光は、その直前で麻衣が景光の本当の家族ではないことを思い出した。暗黙の了解で兄妹を装ってはいるものの、血の繋がりなど微塵もない。互いに相手に恩を感じていて、助け合って生きているつもりではあるのだが、健常な関係とは言い難い。

 麻衣に景光への悪意がないのはとっくに分かっている。彼女としては、「大したことがなかったから言わなくてもいい」という認識なのだろう。だが景光にとって彼女は、佐枝に言い渡された協力者獲得工作を抜きにしても大切な子どもだ。危ない目に遭って欲しくないし、可能な限り健やかに生きて欲しい。害する可能性があることは何でも教えて欲しい。身寄りのない彼女にとって、少しでも頼れる人間でありたいのだ。同情ではないといえば嘘になるが、それだけが理由ではない。彼女への恩と人柄の良さが理由の大部分だ。

「……麻衣ちゃん、ちょっと話そうか」

 早めに認識の相違を擦り合わせておかないと、もっと大事な局面で何も話してもらえないかもしれない。自分のことを話すつもりなどないくせにそう危惧した景光は、真面目な声で麻衣の背中に声を掛けた。すると、薄い背中が一瞬だけ止まり、「洗い物の後でいいですか?」と返ってきたので景光は了承した。

 食器洗いが終わった後、景光は麻衣と食卓で向き合った。改まった雰囲気を感じ取ったのか、麻衣は神妙な顔をしている。その緊張をほぐすように、景光は表情を和らげながら尋ねた。

「怪我人がいなかったのはニュースにもあったけど、本当に大丈夫か?」

「はい。授業中に急に崩れたんです。バイト組も全員撤収していたので、誰も巻き込まれてないですよ」

「そうか……良かった」

 麻衣から聞くことでようやく安堵した景光の姿で察したのか、彼女は少しばつの悪そうな顔をして軽く頭を下げた。

「ご心配をおかけしてすみません」

「いや……うん」

 気にしないでくれ、と言いかけた景光はふと思いついた口を噤む。そして再度開いた。

「多分、これから先も、麻衣ちゃんは何というか……環境的に、色々と巻き込まれそうな気がする。だから心配をかけるのは仕方がないんじゃないかな」

 何しろ、血塗れの初対面から同居に至るまで、ことごとく曰く付きである。現在の住居に引っ越すに至る理由もまた“普通”ではない。今後も何かしら、そういった類の厄介事に巻き込まれることが見込まれた。……麻衣と景光のどちらが主体として巻き込まれるかはさておいて。

「否定できないですね」

 同じことを考えたらしく、麻衣もすぐに頷く。

「だから……話せる範囲でいいから、何があったのかオレに教えて欲しい。オレに麻衣ちゃんを心配させて欲しいんだ」

 すると、不思議なものを聞いたようなきょとんとした顔をされた。麻衣は首を傾げて尋ねる。

「ええと。普通、心配かけたくないって思うものじゃないですか?」

「自分を心配してくれる誰かがいると思うと、頑張って帰ろうって思えるんだ」

 景光にとってそれは兄であり幼馴染であり同僚であり友人であった。だからこそ辛く厳しい潜入生活の中で死んでたまるかと足掻いて、けれど彼らの生きる国のために、幼馴染に全てを託して一度は死を選んだ。しかしこうして生きている。ならば意地でも生き抜いて、いずれは幼馴染のために何らかの形で力になりたい。景光は今も組織に身を置いているはずの幼馴染が心配であるし、彼も景光を想って心を痛めているだろう。分かっている。だから死にぞこなった今、こうして足掻ける。

 麻衣にはそもそもそんな修羅場に身を置いて欲しくはない。だが、誰かに純粋に心配される立場なのだと知って欲しい。心配とは形を変えた愛情なのだと、身内から愛情を受けて育った景光は知っている。だから今まで受けてきた愛情を、誰かに、麻衣に還元してやりたい。

「それに、心配もさせてもらえないのは寂しいよ」

「……そうですね」

 ふっと微笑む麻衣の表情はとても優しい。彼女も恐らく、亡き母親から多くの愛情を受けてきたのだろう。普通とは言えない、ともすれば過酷な環境で生きているのに、彼女はとても真っ直ぐで邪気がない。だからこそ景光も素直に情を向けることが出来るのだ。

「じゃあ、自分もこれからもっと唯さんの心配をさせてもらえるってことでいいですか?」

 こんな返しをする辺り、やはり優しいし抜け目ない一面もある。やんわりとした言葉を使う辺り、景光の内情を必要以上に探る気がなく、だがこちらの身を案じる気遣いが知れた。

「……もちろん」

 にこりとする景光に対し、麻衣も笑顔を返す。ここで話は一旦の区切りが出来たので、景光は早速追及した。

「それで、どうして校舎のことを教えてくれなかったんだ?」

「単純に忘れてたんです。今回のバイトの臨時収入のことで頭がいっぱいで」

「はは……」

 校舎の崩壊より入金額の方が重要だったらしい。何とも間の抜けた理由だ。まあ、今まで悍ましい怪奇現象に巻き込まれてきたので、校舎が潰れる程度は大したことがないのかもしれない。……いや大したことだと思うが。

 肩をすくめた景光に、今度はお返しとばかりに麻衣が口を開いた。

「ところで唯さん。あれ、どうしたんですか?」

「え?」

 麻衣が指さした先は景光の背後にある小さな戸棚だ。そこには薄汚れた日本人形が鎮座していた。引っ越してそれほど立っていない殺風景な部屋の中で、日本人形は異様な気配を放っている。しかし景光は、麻衣に指摘されるまでその存在に気付かなかった。

「やたらと年季が入った人形ですけど、買ってきたんですか?」

「………………えー……」

 景光にそんな記憶はないが、こう言うからには麻衣が持ち込んだわけでもないだろう。景光はいつも部屋に入る際は、何者かの侵入の形跡がないかを必ず確認しているが、今日もそんな痕跡はなかった。見逃したわけでなければ、誰かが侵入して人形を置いたということはありえない、はずだ。……そういえば、通りすがりのゴミ捨て場で、ちょうどあれと同じような人形を見かけたような気がする。見かけただけで、もちろん持ち込むような真似はしていないのだが。

 景光が何やら思い出したことを察したのか、麻衣が憐れむような目を向けてきた。

「唯さん、優しいから好かれちゃったんですかね」

 何に、と言わないところが余計に怖い。景光は今までの経験を思い出して顔を引き攣らせた。

 ――今のところ、どちらかといえば心配をかける比重が重いのは景光の方らしい。



+++



麻衣兄さん「あっ(察し)」
景光さんは碌でもなさ気な人形をお持ち帰り(無意識)していた模様。
正直なところ、優しいから好かれるという理由なら兄さんも景光さんと似たレベル。
この後は二人がかりで人形を優しくキレイキレイした後、寺か神社に預けると思われます。



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