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諸伏景光は無心になりたい
萌え 2019/09/11 02:19


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・景光さん視点
・麻衣兄が高校に入学した直後くらい





 思春期とは、おおよそ小学校高学年からのティーンエイジャーを指している。青春、とも評される時期であり、高校生も当てはまるだろう。その時期の少女にしてはやたらと落ち着いているというのは、出会った当初から同居を始めるまで変わらない印象だった。枯れているというわけではないだろうが、とにかく大人びている。時と場合によっては謎の貫禄すらある。少なくとも、彼女と同じ年頃の景光はここまでしっかりしていなかったし、異性の下着を目にしたらドキッとするだろうし、一つ屋根の下で生活となると落ち着かなかったはずだ。今では可愛げの欠片もない幼馴染とて、高校生の頃は当然ながら子供らしい面もあった。

 その、気遣われてしかるべき思春期の少女にして同居相手である谷山麻衣。「おはようございます」と何食わぬ顔で微笑む愛らしい少女の手には、景光のパンツがあった。

 ――思わず生娘かと言わんばかりの悲鳴を上げそうになるも堪え切れたのは、潜入捜査官として磨いた忍耐力のお陰だろうか。こんなことのためにスキルを磨いた覚えはなかった。いやそれにしても、起き抜けのファーストコンタクトがパンツは辛い。

 景光の視線の先に気付いた麻衣は、やはり何食わぬ顔でさらりと告げた。

「あ、唯さんの分もまとめて洗っちゃいました。手洗い派とかじゃないですよね?」

「え、ああ、うん。ありがとう……」

 悲鳴こそ堪えたが、半ば呆然としつつ返事をする。この年頃の少女は、異性と自分の洗濯物を一緒にされるのを嫌がるのが定番ではないのだろうか。いや、それは父親の洗濯物だろうか。生憎、景光は男兄弟しかいないため、その実態は計り知れない。

「どうしました?」

 困惑する景光を不思議に思ったらしく、麻衣が首を傾げる。景光は無理やり笑顔を浮かべた。

「いや……嫌じゃないか? オレの洗濯物と一緒にするのは。その、例えば、臭いとか」

 何故こんなことを言っているのか分からなくなりそうである。一方、麻衣はやはりきょとんとした顔のまま景光の洗濯物に顔を近づける。……もちろんそれはパンツであった。自分のパンツの臭いを嗅ぐ女子高生の姿に、景光はひどく辱められた気分になった。恥ずかしの刑である。相手があまりにも平然としているので、こちらの発想の方がおかしいような気すらするが、おかしいのは自分ではないはずだ。少なくとも、景光が女子高生のパンツの匂いを嗅いだら通報されるし、幼馴染には殺される。恐らく、生存を喜ばれた後、黙っていたことで殴られて死に、パンツの件でもう一度殴られて死ぬ。ボクシングを極めた幼馴染の強烈なボディブローは、冗談抜きで肋骨を粉々にする威力がある。まさに“二の打ち要らず、一つあれば事足りる”の拳だ――あれは八極拳の李書文だから違ったか。

「特には。洗剤の匂いしかしませんよ」

 次いで、彼女は顔面を赤く染めようとする血液と必死に戦っている景光に近寄り、小さな鼻先を景光の首筋に寄せる。ふわふわで柔らかい栗色の髪が目の前に来た。すんすん、と嗅いだ彼女は顔を上げてにこりとする。

「大丈夫、ボディソープの匂いです」

 景光は負けた。潜入捜査中に受けたハニートラップまがいのアプローチの足元にも及ばないやり取りだが、裏表のない素朴で無防備な行動には、血が秒で顔面に昇った。彼女からシャンプーと体臭が混ざった優しい香りがしたのもまずかった。そういえば怪奇現象のせいで一度同じベッドに入ったことがあったが、その時も同じことを考えたことを思い出してしまう。

 大人で良かった、と景光は思った。麻衣は景光に対して無防備過ぎる。このシチュエーションを経験したのが彼女と同じくらいの年頃――10年くらい前だったら暴発してたのではなかろうか。まあ、色々と。

 景光があれこれと考えていることなど露ほども知らない麻衣は、景光から体を離すと面白そうに笑った。

「唯さんも気にする年頃なんですね」

 まるで年上のこちらが子ども扱いされているような言葉が気恥ずかしい。景光はすっかり赤くなった頬を指で掻きながら、「ははは」と誤魔化すような笑い声を上げる。だが、ふわふわと浮ついた気持ちは、続いた麻衣の言葉で一転した。

「加齢臭なんて」

 ――上げて下げるとは、まさにこのことだろう。景光は空気が凍り付く音を聞いた。

 景光はまだ20代の若者である。分類的にはアラサーであるが、間違いなくピチピチの20代だ。高校生に比べれば年を食っているが、世間的には余裕で若者世代なのだ。加齢臭を気にするお年頃ではない。そのはずだ。

(ああでも、風見さんはからかわれていたような……)

 幼馴染レベルの妖怪染みた童顔ではなく、年相応の容貌の景光であるが、一つ年上の先輩である風見裕也は老け顔である。正確に言えば強面で少々年上に見える程度なのだが、比較対象になりやすい景光がまだ大学生で通じる若々しさなので運が悪かった(なお、幼馴染に至っては、学ランでも着せておけば高校三年生でもギリギリ通じそうな恐怖がある)。

(オレ、麻衣ちゃんから見たら何歳くらいに見えてるんだ……?)

 その答えは、洗濯物干しを再開した麻衣のみ知っている。



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見た目年齢に怯える景光への答え:兄さん「俺と同じくらいか少し上」



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