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遅すぎたクリスマス小話
萌え 2013/01/05 00:05


・今更クリスマスのお話
・現代日本のお兄さんの部屋
・お兄さんの名前は×××
・親友の名前は***
・お兄さんの弟の名前は○○○





「ハッピークリスマース」

「クリスマス」

 やる気のない音頭と共に、狭いアパートの一室でカチンとアルミ缶がかち合う音が鳴った。ローテーブルの上には、世界で最も鶏を殺してそうな某大手会社のパーティーバレルが鎮座し、その周りに俺お手製のスパゲティやらサラダ、コンビニで買って来たつまみ、そして床には缶ビールにシャンパンが無造作に置かれている。特に彩りも何も考えない、好きな物を食べられれば良いとしか思っていない配置とメニューだった。

 俺は手にしている缶ビールをぐびりと一口飲むと、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろしている親友に言った。

「とりあえずチキン食っちまおうぜ。冷めたらまずい」

「んー」

 異論はないのか、彼はビールを飲みながらチキンに手を伸ばす。目の前の男は、同性の俺から見ても間違いなくイケメンだというのに、彼女が居ないという奇特な奴だった。クリスマス前にはさっさと彼女を作り、今頃性夜を迎えているのだろうこん畜生と思っていただけに余計に驚いた。まあ、彼はイケメンであると同時にマイペースを貫く男なので、恋人の有無を俺ほど気にしている様子はない。俺としても、孤独なクリスマスにならなくて幸いなので、彼の恋愛事情に苦言を呈するつもりなど全くない。女の子とイチャイチャイベントをこなすのは楽しいが、彼のような男友達と遊ぶのも楽しいのだから。

 買って来たばかりのチキンを食い千切ると、肉汁がじわりと滲み出て唇から顎に垂れた。ティッシュ箱から1枚抜き取ってそれを拭いながら、暇つぶしの余興代わりに俺は提案した。

「歌でも歌うか?」

「おー、何だ?」

「シングルベル」

「自虐かよ」

 自虐だろうがなんだろうが、笑ってネタに出来る内が花だと思う。そう考えながら、俺は食べかけのチキンをマイクにしながら歌い出した。

「シングルベール、シングルベール、鈴がー鳴るー」

 そして一口チキンを齧る。美味い。

「隣ーの家でーは夫婦ー喧嘩、ヘイ」

「いきなりクリスマス関係ないな」

 どこかで聞き覚えのある替え歌を口ずさむと、すかさず彼からツッコミが入る。

「本投ーげ、包丁投ーげ、布団ー投げー」

「警察呼べ」

 いちいち反応してくれる相手がいるため調子に乗らざるをえない。俺はチキンを骨にしながら、最後まできっちりと歌い上げた。

「たまにーは父ちゃーん空を飛ぶ〜、ヘイッ」

「駄目だろ」

 駄目である。シングルベルと言いながら、内容は単なる夫婦喧嘩である。

 そんな馬鹿なことをやっていると、不意に俺の携帯から軽快なアニソンが流れ出した。親友は俺のオタクっぷりを知っているので驚きも引きもしない。俺は骨をコンビニ袋に捨てながら、ビール缶を持っていた手で2つ折りの携帯を開いた。メールは珍しく俺の弟からだった。



From:○○○
Title:たすけて
―――――――――
 家出した
 兄ちゃん泊めて

―――――――――



(あの馬鹿、クリスマスに何やってんだ)

「どうした?」

 呆れ半分怒り半分で顔を引き攣らせる俺に気付き、親友が尋ねてきた。俺は携帯を閉じながら「弟がアホやった」と答える。

「アホって?」

 その問いに答えようとしたその時。夜の9時過ぎだというのに、遠慮の欠片もなく呼び鈴が押された。躊躇していると、呼び鈴が2度、3度と鳴らされる。犯人は理性がログアウトした酔っぱらいか、気心が知れ過ぎた身内の2択だろう。そして今の俺には、その2択から答えを導き出すための情報がある。

「なんだこれ。酔っぱらいか?」

 親友は眉間にしわを寄せて苛立たしげに舌打ちすると、俺の部屋の隅にあった掃除用のクイックル●イパーを片手に立ち上がった。この男、得物を持たせると強い……らしい。俺と違い運動も出来ちゃう系のイケメンである彼は、俺と同じ漫研とは別に、掛け持ちで古武道サークルなるものにも入っている。彼が実際に練習している場面は1度しか見たことがないので(その時は素手で何かしていた)、実力は分からない。だが古武道サークルに居る他の同級生に聞いたところ、少なくとも同級生の中では1番強いそうだ。……まさか彼は、クイックル●イパーで酔っぱらいを撃退するつもりか。

 俺は慌てて立ち上がると、彼を制止した。何しろ、俺は訪問者が高確率で酔っぱらいではないと確信していたのだから。

「待った。チャイム鳴らしてるの、多分弟だ」

「……お前の弟、隣の県に居なかったか?」

「原因不明の家出でここまで来たんだろ」

 我が弟ながら意味不明である。だが未だに鳴り続けているチャイムをほったらかす訳にもいかず、俺はのそりと玄関へ向かった。

 ドアスコープから外を覗くと、予想通りの姿があった。黒いダウンジャケットに飾り気のないジーンズという格好の弟が、手ぶらで俺の部屋の呼び鈴を押している。短めの黒髪は、赤くなった鼻の頭と相まって寒々しく見える。そして俺と同じフツメンカテゴリーでありながら、俺よりはランクが上という微妙な顔は、情けない表情をしていた。

「うるさいんだよ馬鹿」

「兄ちゃん!」

 渋々ドアを開けると、弟はぱあっと顔を輝かせた。ドアを開けるまでは萎れていた癖に、開けた途端これだ。なんと現金な奴だろう。

「泊めてやるからうるさくするなよ」

「さんきゅー!」

 弟は適当に靴を放り出すように脱ぐと、そのまま奥へ入ろうとした。だが我が実家にて靴はきちんと並べろと母上から叩き込まれている俺は、軽く彼の脛を蹴りつけて妨害する。弟は唇を尖らせると、それでも渋々と従って自分の靴を揃えた。

 兄弟揃って部屋の奥へ行くと、親友は相変わらず掃除用兼中距離兵器を携えて突っ立っていた。彼は弟の顔を見ると、呆れ半分で肩をすくめた。それを知ってか知らずか、弟はにかっと笑った。

「あ、***さんじゃないですか。おひさしぶりでーす」

「……よ」

 幸い、弟と親友は俺が高校生の頃からの顔見知りだった。あっけらかんとした挨拶に軽く答えた親友は、得物を元の場所に戻して再びクッションの上に座り込んだ。弟はダウンジャケットを脱ぐと、俺が先ほどまで座っていた場所を陣取ろうとしたので、遠慮なく蹴り転がす。それでも弟の分の取り皿やらお茶やら用意してやる俺は、彼に甘いと思う。

「……で、お前何で家出したんだ?」

 早速チキンに手を伸ばそうとした弟の手をはたき落とし、買い物の時に付属していた使い捨てのお手拭きを投げ渡す。すると彼は大人しくお手拭きのビニールを破りながら、眉を八の字にした。

「……彼女に振られた」

「彼女いたのか」

 口を挟んだのは親友だった。口を挟んでおきながら、あまり興味が無さそうにサラダをもふもふ食べている。

「そうなんですよ。クリスマスに告白してデートしようと思ってたのに!」

「おいちょっと待て」

 だが続けられた弟の言葉に、俺は思わずストップをかけた。

「それ、彼女じゃないだろ」

 クリスマス(今日)に告白というのは、どう考えても相手が恋人ではないようにしか聞こえない。俺の指摘に、弟はそれでも言い切った。尻つぼみに本音を付け足していたが。

「いや、彼女! ……正確に言えば“彼女(将来的な意味で)”っていう感じで」

「お前それ痛いからやめろ」

 心底しらーっとした目で見つめてやると、弟はムキになって言い訳を始めた。

「だってさー! 俺、今朝家出るときに母さんに“彼女とデートするから遅くなる”って見栄切っちゃったんだよ! 今更恥ずかしくて帰れないって!」

「帰れ」

 そう言い、俺は弟の口に新しく手にしたチキンを突っ込む。弟はモゴモゴとチキンを噛み千切る。

「彼女にフラれて家に帰りたくなくなって、じゃあ兄ちゃんの家に行けばいいじゃんってなるのが普通だって」

「ねーよ!! フラれたからって県を越えるなアホ!」

 高校2年生になる癖に、弟の顔には自分が迷惑なことを仕出かしているという自覚が伺えない。別に弟が俺のアパートに来るのは構わないのだが、こちらにも準備があるので事前の連絡が欲しい。おまけに、この様子だと両親に了解を取ってもいないだろう。

 呑気な弟の顔を見ながら、俺は念の為に確認した。

「帰る分の交通費はあるよな?」

 すると弟はにこーっとわざとらしく笑顔になった。……ないのだろう。俺に払えと? 弟の無計画っぷりに、俺はさすがにやや怒気を纏わせた。

「馬鹿なのお前。片道切符で家出して帰りはどうする気だったんだ」

「考えてない」

「俺が家に居なかったらどうしてたんだ」

「知らない」

「あのなぁ」

 のらりくらりとした返事に、自然と俺の表情が険しくなっていく。その時。

「×××」

 早くもビール2缶目に突入していた親友が、不意に俺に声を掛けた。彼は自分の財布を開きながら続ける。

「チー鱈食いたくなってきたから買ってきて」

 そう言って500円玉を渡され、俺はつい素直に受け取った。それから意味ありげにこちらを見る親友の仕草で、彼に思惑をようやく察した。

 俺はコートを羽織ると、親友から受け取った500円玉を自分の財布に入れ、携帯と一緒にコートのポケットに突っ込んだ。そしてマフラーを引っ掴んでのそのそと玄関へ向かう。

「……コンビニ行ってくる」

「んー」

 今度はスパゲティをもちもちと食べている親友の返事に見送られ、俺は寒空の下へ出た。

 親友は、兄弟喧嘩になりかけた俺に頭を冷やすことと、家に連絡を入れさせることを目的にわざわざ俺が外へ行く口実を作ったのだ。今頃はアパートでは、彼が弟に何か物申してくれているかもしれない。良く出来た親友だなあと思いながら、アパートの敷地から道路に出たところで俺は携帯を取り出した。

 母に今夜は弟をこちらで預かると連絡する。やはりというか何というか、母は完全にお怒りだった。弟が実家でいずれフルボッコにされるルートが確定した。母に弱い父は絶対に弟を助けないだろう。それ以前に父も突然家出した彼にご立腹だろう。あーあ。

 怒っている母親の声を聞いていると溜飲が下がった。チー鱈のついでに3人分のケーキでも買って帰ろうと考えた俺は、通話を切るとコンビニに向かって歩き出した。





 というだけの話。遅刻すぎて新年明けてた件について。
 お兄さんの弟はフツメンの弟キャラ。性格はお兄さんが父親似で弟が母親似というどうでもいい設定。



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