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諸伏景光はラーメンを啜る
萌え 2019/07/01 00:09


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・景光さん視点
・原作「死ぬほど美味いラーメン」等に登場するラーメン小倉の話
・原作時間に入っている(景光さんと麻衣兄が一年以上の付き合い)





 杯戸商店街の一角にとあるラーメン店がある。カットハウス谷中の隣にある「死ぬほど美味いラーメン小倉」だ。薄汚れた黄色いビニールのひさしの下に、これまた年季の入った赤いのれんを出している、まさに老舗ラーメン店といった佇まいだ。正直に言ってしまえば小汚い。だが、こういうところこそ美味いものが出てくるものである(長年続く小さな店で人の出入りも多くないので、新しくできた広いレストランより異物混入の可能性が少ないと踏んだこともある)。そして予想に違わず、四十代の恰幅のいい店長が出してくれたラーメンは、周囲から浮いた店構えにつられて立ち寄った景光の舌を大層満足させた。シンプルなラーメンだが、思わず声を上げるほど美味いのだ。その美味さに感動した景光は、麻衣を連れて再来店し、やがて月に数回訪れる程度には常連の客になっていた。味が最高で値段も良心的なラーメンは二人の大好物だ。ラーメンが食べたくなったら小倉に行くのが定番である。

 最も人気なのは閻魔大王ラーメンだ。えんまとメンマをかけたネーミングらしく、食べ応えのある極太メンマがたっぷりと盛られた逸品だ。小倉の常連になってからは、ラーメンにたっぷりのメンマがなければ物足りない体になってしまった気がする。何度目かの来店の際、思わず「もう他の店のラーメンは食べられないな」と漏らすと、店長は豪快に笑って景光と麻衣の器にメンマを追加でサービスしてくれた。

 その日の夜も、景光は麻衣を連れて小倉に来店していた。久し振りにやって来た店内は、稼ぎ時の時間帯だというのに珍しく空いていた。景光は内心で首を傾げるも、そういう日もあるのだろうかと考えるに留まった。最早慣れた様子でカウンター席に並んで座り、麻衣は閻魔大王ラーメン、景光は同じラーメンのメンマ増し増しを注文する。しかしその日は不思議なことに、トイレの一番近くのカウンター席に水の入ったコップが置かれており、そこに花が添えられていた。

「そこの花、どうしたんですか?」

 景光と同じく不思議がった麻衣が尋ねると、店長の小倉が表情を陰らせて答えた。

「うちのお得意様の席だ。先月に亡くなってな……。麻衣ちゃんたちも何度か会ったことがあるだろ? 大橋先生だ」

「あの弁護士先生ですか……」

 確かに景光も麻衣も面識がある。いつもきっちりとスーツを着込んだ良識的な紳士で、景光たちに優しくしてくれていた男だった。

「それじゃあ、彩代さんのお父さん?」

 麻衣が女性店員に目をやる。大橋彩代はアルバイトの若い女性だ。若いとは言っても景光と同じくらいの年頃だろう。彩代が寂しげに頷くと、麻衣は顔を曇らせた。

「その、ご愁傷さまです」

「もう、そんな陰気な顔しないで! せっかくうちに来たんだから、美味しいラーメンをお腹いっぱい食べていって!」

 彩代は気丈にからからと笑って見せると、景光達にラーメンを運んできた。目の前に置かれた器からは湯気が立ち上り、相変わらず暴力的なまでに美味しそうな香りがする。景光は麻衣から割り箸を受け取り、ありがたく目の前のご馳走にありつくことにした。

 それにしても店内が空いている。景光達とほぼ入れ替わりで二人組の客が退店したため、店内の客は景光達しかいなかった。いつもだったら席は埋まっているし、日によっては外に行列ができることもあるくらいだ。改めて気になった疑問は麻衣も同じだったらしく、二人で首を傾げながらもラーメンに舌鼓を打っていると、新たな来客があった。

「……あれ? 麻衣姉ちゃん!」

 景光の隣でグッと麻衣が一瞬喉を詰まらせる。薄い背中を撫で擦ってやりながら背後を振り向くと、小学校低学年くらいの少年と中年の男性が立っていた。麻衣に声を掛けたのは少年の方だ。黒縁の野暮ったい大きな眼鏡をしているものの、レンズの奥の大きな目は宝石のように青く、顔立ちも随分整っている。いわゆる紅顔の美少年というものだろう。幼馴染も昔は結構な美少年だったが、目の前の少年も彼のような正統進化、ならぬ成長を遂げるのだろうかと余計なことを考えながら男性の方に視線を移す。こちらの方は有名なので、すぐに名前も分かった。毛利小五郎。眠りの小五郎との異名を持つ彼は、今年になってから急にメディアに取り上げられるようになった私立探偵だ。彼の娘である毛利蘭と麻衣は既知の仲であるらしい。

 麻衣は景光に礼を言ってから割り箸を置き、少年たちの方へ振り向いた。

「コナン君に毛利さんじゃないですか。こんばんは」

「おお、麻衣ちゃんか。元気そうだな」

「お陰様で元気です。お二人もお元気そうですね。蘭ちゃんは一緒じゃないんですか?」

「あいつは部活で泊まり込みになっちまってな。それでボウズと一緒に飯を食いに来たんだよ。麻衣ちゃんもここで夕飯か」

 親し気に話しかけてくる毛利探偵に、麻衣は裏表のなさそうな笑顔を浮かべていた。季節が巡る程度には彼女と一つ屋根の下で暮らしてきた景光は、麻衣はたまに善良な笑顔で平然と相手を煙に巻いてくることを察しつつある。ただそれは大抵の場合、自分自身の安全や景光の実存を誤魔化すために用いられるので、景光はそれに気付く度にちょっとした優越感を持っていた。口が裂けても本人には言えないが。何しろ、見た目の雰囲気に反して他人と一線を引いているところがある彼女の懐に一歩入り込めたような気がするので。

「そうです。ここのラーメン、すっごく美味しいんですよ。ラーメンが食べたくなるとここに来ちゃいます」

「おう! いつも兄妹揃って贔屓にしてもらってるぜ」

 麻衣の言葉に、笑顔の店長が口を挟む。

「お兄さん?」

 するとコナンが首を傾げる。一方、景光は内心で安堵した。同じ年頃の娘を持っているからか、はたまた元刑事だからか、麻衣の隣にいる見知らぬ男に対する毛利探偵の目が少々訝し気だったのだ。だがそれは良識ある大人としては正しい反応なので、毛利探偵の善良さに景光は顔を綻ばせた。どの道、第一印象を良くするために笑顔は重要だ。

「どうも初めまして。唯と言います」

 景光はしれっと偽名の名字を名乗らずに自己紹介を済ませた。兄妹と思い込んでいる店主がわざわざそう言ってくれたのだから、名字は同じものだとして名乗らなくてもいいだろう。もちろん、景光と麻衣の名字は全く違うし、麻衣もそれを承知だが、彼女はこういう時には何も言わない。場に合わせて波風を立てずにさらりと受け入れ、特に詮索もしない物分かりの良さに景光は常に助けられていたし、同時に申し訳なさも感じていた。守られるべき未成年の少女に、余計な気ばかり使わせているとは思う。

 毛利探偵は自身と少年の名前(江戸川コナンというらしい)を名乗ると、麻衣の隣に座った。景光はコナンはてっきり毛利探偵の隣に座ると思っていたのだが、彼は景光に近寄ってきた。

「あんまり顔が似てないんだね」

 無邪気な様子でコナンが景光と麻衣を見比べる。麻衣と同居を始めた当初と景光の外見は少々違う。景光は茶色に染めた髪をやや長めに伸ばし、柔らかめのワックスで無造作ヘアのように少し遊ばせている。この方がストレートヘアの景光から印象が離れるし、麻衣の髪質にやや近く見えるようになるのだ。髭はもちろん綺麗に剃った状態を維持し、更に赤縁の眼鏡を追加で掛けている。この眼鏡をした方が無造作ヘアに負けて野暮ったすぎる印象にならず、適度に柔和な青年に見えると個人的には感じている。なお、麻衣からは「大学デビューでチャラくなった青年」という何とも言えない評価を頂いている。どうしてもぱっと見チャラいらしい。目が見えたら優しい好青年だから大丈夫とも言われたが、それを素直に喜べばいいのか悲しめばいいのか図りかねている。

 ともかく、景光は少しでも麻衣の隣にいても違和感がないような風体になろうと努力していた。それでもやはり血縁ではないことに変わりはなく、幼さが残る円らな目をした麻衣に比べ、景光は目尻が吊っているのでかなり印象が違う。顔をきちんと見比べられると、コナンのような感想になるのは仕方がなかった。

 しかし、麻衣は景光が心配するまでもなくあっさりと対応していた。

「それはそうだよ。自分は母親似で、唯さんは父親似だからね」

 なお、その母親と父親は別に夫婦でも知人でもない他人である。嘘をつかずに上手くはぐらかすものだな、と景光はこっそり感心した。景光が父親似というのは100%適当に言っていることだろうが。

 すると、なになぜ期の子どものように、コナンがさらに疑問を重ねる。

「お兄さんのことをさん付けで呼ぶの、珍しいね」

「そうかな? 年も離れてるし、ついついこういう呼び方しちゃんだよなぁ」

「そうなんだぁ。唯お兄さん、いくつ?」

(……この子、好奇心旺盛だな)

 あまりにも根掘り葉掘り来るので、子ども相手とは言え、そのうちボロを出しそうで怖くなってくる。すると、ちらりと窺うように麻衣が景光を見上げる。そういえば、緑川唯としての年齢を彼女に一度も言ってなかった。理由は単純に、特に言う機会がなかったというだけである。聞かな過ぎるのも問題かもしれない。ちなみに、景光は麻衣の年齢を把握している。というより、ストレートで高校に進学している子どもの年齢なんて、佐枝から個人情報を貰わなくてもすぐに分かる。

「オレは25で麻衣は16だから、9つ離れてるな」

 緑川唯は麻衣と出会った頃に大学を卒業し、だが就職活動に失敗してアルバイトをしているフリーターという設定だ。そういえば幼馴染の“設定”も、フリーターに近い私立探偵だった。……売れない探偵はRX-7などという維持費が掛かる車には乗らないぞ、というツッコミをしたことはしっかり覚えている。彼は景光のツッコミに対して「僕の運転に応えられるのはこいつだけだ」と言い張り、準公用車扱いして“どの顔”でも乗り回していたが。もちろん、緑川唯は平凡なフリーターなので、国産のピュアスポーツカーなど持っていない。車が欲しいのは山々だが、それよりも同居人の少女に美味しいものを食べさせたり、新しい洋服を買ってやる方にアルバイト代をつぎ込んでいる。というより、車を所持するには佐枝の助けなしには不可能なので遠慮しているという方が正しい。佐枝はあくまで個人的に(将来的に同じ部署に引き摺り込む目論見があるが)景光に手を貸しているだけで、本来の職務が山のようにある。頼り過ぎるのは問題だ。

「へぇ〜。そうなんだ」

 好奇心旺盛で人懐っこい少年は、興味津々と言った様子で景光の隣に腰かける。いや、腰かけようとしてカウンター席の高い上に年季の入った座席に苦戦していたので、景光が手助けしてやった。「ありがとう、唯お兄さん」ときちんとお礼を言えるコナンからは、躾が行き届いた落ち着きのある雰囲気がする。毛利探偵には一人娘しかいないので、彼は息子ではない。そういえば麻衣から、毛利家で預かっている子どもがいると聞いた覚えがある。

(ああ……この子、噂のキッドキラーか)

 理知的に輝く青い宝石に間近で見上げられた景光は、少年が新聞で見たお手柄少年であることに気付いた。同時に、何故かバラエティ豊かな変質者に目を付けられやすい麻衣を時折助けてくれる少年だとも気付いた。

「なるほど。君が江戸川大明神様か」

「へ?」

 景光の言葉が予想外だったのか、コナンが目を点にする。上手く意表をつけたことに、景光は気を良くして笑った。

「麻衣ちゃんから話は聞いてるよ。困ったときに何度も助けてくれた、小さな名探偵だって。いつもありがとうな」

 そう言ってコナンの頭を優しく撫でる。コナンの頭は綺麗に丸く、幼く細い髪の毛は柔らかかった。コナンは唐突に変な物を飲み込んだような顔をすると、慌てたように景光の手を振り払おうとして踏み止まるような様子を見せる。「べ、別に大したことじゃないよ」と早口で告げたのは言い訳なのか照れ隠しなのか。少し複雑な感情を持つ子どもなのかもしれない、と景光は思った。

 ――などという感想は、店内で突如倒れて死んだ男が出た時に変化した。正確に言うと、倒れた男に誰も触らないよう、大きな声で制して現場保存をしてのけた瞬間だ。普通の子どもにそんなことができるわけがない。

 死体を見つめる、宝石のようだと思った少年のブルーサファイア。それが、今度はまるで青い炎のようだと感じた。炎は温度を高くすればするほど色を変える。赤から青へ変化し、やがて透明(ゼロ)に至る。幼馴染に通ずる強い信念を見出した景光は、コナンを見る目を誰にもそうと悟られずに変えた。

(君の力を見せてもらおうかな、名探偵君)

 麻衣がわざわざ“探偵”と評するその能力に、すっかり景光の興味が向いていた。

 ……それはそうとして、一般人、加えて小学生や高校生が普通に殺人現場に居座るのは良くないと思う。





+ + +





喉を詰まらせる麻衣兄:殺人事件が起こる予感を察知したため。無事起こりました。

ちなみに原作では安室さんがまだ未登場の時の話。ただ73巻の話なので、安室さん初登場の75巻までもうすぐ。
なお、事件から一ヶ月後にラーメン小倉は米花町で再スタートを切るので、そちらに来店した場合は一定の確率で安室さんや風見さんに遭遇する模様(ゼロティー)。

年齢が地味に困りました。これ、冬の話なんですよね。でもコナン時空なので深く考えるのはやめました。麻衣兄は工藤新一さんと同じ学年だと思っていただければ問題ないです。つまり夏頃にはGH側が原作ラストを迎える時間軸だと思います。

もし景光さんがコナン君にうっかり手を見られようものなら、あっという間にスナイパーだとバレるのでものすごく危険。そしてその可能性を察しているのは麻衣兄のみ。麻衣兄は景光さんが銃を持ってた人なのは知ってるので、内心でめちゃめちゃ気を遣っているはず。奴は何でも暴いてくる。



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