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諸伏景光は兄妹になりたい
萌え 2019/06/09 23:15


・景光さん+麻衣兄同居ルート続き
・景光さん視点
・色々とすっ飛ばして同居が始まるくだり
・景光さんは自殺未遂後一ヶ月未満の間、オカルト(クトゥルフ)的要因で複数回死にかけた模様
・オリジナル公安刑事が出る





 景光は今まで知りもしなかったことだが、日本警察にはオカルト案件専門の対策班なるものが存在していたらしい。きさらぎ駅という都市伝説ものな場所へ行かされた後、何故かそこで再会した麻衣と共に生還。そして彼女の手で知り合いの刑事とやらと引き合わされたことで、生まれて初めてそれを知ることとなった。これまで警視庁公安部に勤めてきた中でも、籍を抹消されて組織で潜入捜査する最中でも噂すら聞いたことがなかった。それだけ徹底して隠されていたのだろうし、もしくは多少知られたところで馬鹿馬鹿しいと一蹴されて終わるような話だからだろう。関係者以外は誰だって、対策班の刑事が命がけでオカルト案件の対処に当たっているなど知らない。建設現場の地鎮祭だとか、年末年始の参拝だとか、そういう文化的な意味合いの強いものとは一線を画している。景光はまさに身をもって知ってしまった。

 幸か不幸か、その動きのお陰で、景光は対策班に属している公安部の刑事と会うことが出来た(対策班は警察組織には珍しく横広がりの班であり、様々な課に必ず数名が属し、情報共有しているらしい)。警視庁公安部、佐枝浩(さえぐさ ひろし)警部補。人目を逃れるように接触してきた彼は、景光の同僚だった。彼は同僚として景光の顔を知っていたため、隠蔽するために接触してきたという。現在、緑川唯(みどりかわ ゆい)という架空の人物を即興で演じ、身分証明も何も準備していない状態だったため、景光は彼の存在に心底感謝することとなった。

「もう死んでいるのかと思っていた」

 景光と顔を合わせた時、それが佐枝の第一声だった。公安部には決して受話器を取ってはならない電話がある。それは潜入捜査官のみが連絡してくるものであり、コール一回で危険、コール二回で応援要請を意味する。自殺未遂をしたあの日の夜、景光は組織の手から逃れながら、その電話をワンコール鳴らしていた。佐枝はそれを知っていたのだ。その後、景光の死体が挙がらないので、死亡寄りの行方不明扱いされていると思われる。

 佐枝は景光とは違う案件を扱っているため、同じ公安部と言えども組織の情報や景光の状態を正確に伝えることはできなかった。だが、佐枝が公安部に景光の生存を伝えることもないため、そこはありがたい。当たり前のようにそう配慮する程度には、佐枝は頭を使える男だった。むしろそうでなければ公安は務まらない。佐枝は対策班の伝手を使い、景光に緑川唯としての身分証明を確保すると約束してくれた。公安の力をフルに使えないので戸籍の確保とまではいかないが、今の景光には十分すぎる。厳密な審査に耐え得るものではないが、携帯の契約程度では問題がないものを用意できるそうだ。景光は佐枝と、結果的に彼と接触するきっかけを作ってくれた麻衣に心から感謝した。……どうも佐枝の方は、あまり麻衣が好きではないような気配を感じたのが気にならないでもないが。佐枝の鉄面皮のような表情から伝わってきたのはそのくらいだった。

 ともかく、晴れて身分証明を手にした景光は、今度こそ東都の外へ旅立った。

 ――否、旅立とうとして複数回失敗し、それ以上に死にかけたのだった。

「今度からお前を死に急ぎ野郎と呼んでいいか」

 佐枝は風見よりも年上の、いわゆる先輩に当たる。だからというわけではないが、言われている内容に否定する術を持たないので、景光は黙って首を横に振るほかない。複数回のオカルト経験を経た景光と顔を合わせた佐枝に半ば呆れた顔で言われ、景光はすっかり意気消沈した。警視庁内のサーバールーム内は室内灯を付けていないので薄暗いが、それでも分かるくらいのはっきりとした呆れ顔だった。景光だって知らなかったのだ。東都から出ることがこんなに(オカルト的な意味で)難しいとは。その度に佐枝に隠蔽してもらい、さらに何故か生還そのものに麻衣の手を借りる羽目になっているので、なおさらショックだった。恐らく彼女にも呆れられているに違いない。……いや、彼女こそ巻き込まれる頻度が高くないだろうか。むしろ景光が彼女を助けている面が多いと思いたい。思いたいが、今この場面でそれを素直に口に出すほど短絡的ではない。

「どういうわけか、毎回あの蓋娘と鉢合わせているのは不幸中の幸いだな」

「ふ、蓋娘? まさか麻衣ちゃんのことですか?」

 何故か蓋娘呼ばわりされている麻衣とは、オカルト事件を通してすっかり仲良くなってしまい、麻衣ちゃん・唯さんと呼び合う仲になった。仲良くなったことはともかく、そうなった経緯があまりにも酷いのだが、佐枝の口振りからすると幸運なことらしい。

「地獄の窯の蓋。あの娘のあだ名のようなものだ。他にも対策班の連中には好き勝手に呼ばれている」

 地獄の窯の蓋もあく、という言葉は、意味としては正月・盆の16日は皆仕事を休めということである。地獄で鬼が罪人を煮るために使う窯の蓋を開け、休んでいる状態を指しているらしい。その蓋と称されているということは……

「蓋を開けるも閉めるも鬼次第。ただ、鬼の動向が……仕事をしているかどうかがある程度分かる。だから蓋なんだ」

「……そういえば、ナビみたいなことをして助けてくれたこともありましたね」

 彼女に助けられるたびに、景光は感謝と共に疑問を覚えた。あちらに行くと危ない、こちらの道の方がいい、といった直感というには的中率が高すぎるルート選びや、常識を覆す不可思議なな物を見かけても既知を匂わせるような反応や言動が見られるのだ。景光は彼女と出会った当初、ここまで頻繁に関わるつもりなどなかったため、特に深く探りを入れなかった。しかし今となっては、命に直結することであるため、彼女の持つ特異性の理由を探ってみようとしている。だが、結果は芳しくない。はぐらかされたり、真正面から「内緒です」と言われてしまったり、様子を注意深く観察していても意味が分からなかったりするのだ。彼女の特異性は全て自身や景光の安全を優先して発揮されるからいいものの、もし彼女が景光に対して悪意を持っていたらと考えるとぞっとする。もしこういった案件の際に致命的な罠に誘導されたら、景光ではほぼ確実に気づけない。けれど、そうはならないだろうなと思ってしまう程度には、彼女の人柄を察している。

「あの子が日本に居てくれて良かった。このまま警察に力を貸してもらえれば、捜査員の犠牲者が減るんでしょうね」

 彼女が将来、どんな生き方を選ぶのかは彼女次第である。ただ現状では、彼女が時折対策班の捜査員に手を貸しているらしく、それでかなり助かっていると聞いた。景光は警察側の人間として、このままずっと彼女が協力してくれればと感じざるを得なかった。

 すると、無表情だった佐枝の顔が僅かに強張った。

「今更、あの蓋娘が逃げることはないと思うが……」

「佐枝さん?」

「……あの子どもは、国外に出ることを禁じられている。パスポートも発行されないよう、手を回されている」

 景光は思わず耳を疑った。まるで犯罪者のような扱いを年端も行かないような子どもが受けているような、そんな言葉だった。

「え? どうしてそんな」

「知り過ぎている」

 緘口令。守秘義務。それらにしては過剰だ。対策班の捜査員が、巻き込まれた民間人に課するそれとは一線を画していた。

「こういった案件を知り過ぎているし、我々警察にとって有用な能力もある。だから余所者に取られては困る。対策班のような組織は日本だけではないからな。将来的には何らかの形で我々の業務に手を貸してもらうことになるだろう――表向きは任意だが、実質強制だ。一人の人間を慮るために、官民問わず犠牲者を増やすわけにはいかない。巻き込まれやすいあの子どもにとっても、我々の手助けは必要だ」

 ……酷い話だ、と景光は率直に感じた。もうすぐ高校の入学式を迎えるらしい彼女は、国民のために将来を決められている。彼女が孤児だということは佐枝づてで知っている。あまりにも関わりが多いので、身元を確認したのだ。後ろ盾を持たない彼女が国家権力に逆らうことはできないだろう。確かに景光も、彼女の手を借りられたら嬉しいとは思ったが、強制することではないと強く感じた。

「年齢の割には物分かりがいいし、勘もいい。こちらの思惑を察していてもおかしくないだろうな」

 それはあり得る話だと景光は思った。初めて出会った時から今に至るまで、彼女は年の割に自立していて落ち着きがあるという印象が変わらない。同年代か少し年下くらいのように感じることさえある。だから佐枝の言うことを全て知ってはいなくても、察していそうだと思う。

「哀れだと思うか?」

「……ずっと“ああいうもの”と関わっていくなんて将来を決められていることが幸せだとは思えないです」

 景光は麻衣との交流の中で、キョーコという名乗る女が人間とは違う生き物だと知った。千葉県警が主となって注視している、特殊な種族なのだという。麻衣は彼女のことを本当に友人だと思っているようなので、“ああいうもの”と関わったことで良いこともあったのだろう。けれど景光にとっては、デメリットの方が遥かに大きい生き方だと感じられる。化け物だとか、幽霊だとか、異界だとか、そんなものは限りなく死に近い。人として自然な死を迎えるまで、関わり合うことなく平穏に生きていけた方が幸せなはずだ。

 景光の言葉を聞いた佐枝の口の端が、ほんの少し、本当に少しだけ持ち上がった。

「そうだな。だがもう避けられない。だからお前が理由になれ」

「は?」

「谷山麻衣に協力者獲得作業を仕掛けろ」

 ――一瞬だけ、景光の頭が真っ白になった。

「……本気ですか。あの子はまだ未成年ですよ」

「いつまでも子どもではないだろう。強い縁を作っておくのは重要だ。警視庁への許可は私が取る。理由が理由だ、正規のルートで報告するわけにはいかない」

「佐枝さん!」

「何年先になるか分からないが、いつかは籍を戻すんだろう? そうなればお前は確実に対策班に入れられる。あの子どもの力は喉から手が出るほど欲しくなるはずだ。……国家転覆を企むのは、何も人間だけじゃない」

 景光は察した。ここで首を縦に振らなければ、自分ではない誰かが彼女に協力者獲得作業を仕掛けるだけだろうと。こちらに手を差し伸べる麻衣の顔が思い浮かぶ。大人でも恐れ泣き喚くような状況でも、「大丈夫」と逞しく優しい笑顔で言い切って見せる少女。あれは良くできた強がりだと景光は考えている。きっとああやって、今までも誰かの手を取って来たのだ。それを、誰かに利用される。……まだ決まっていないのなら、その“誰か”を景光が務めてもいいのかもしれない。そうすれば、そうしないよりも彼女を守ることが出来るはずだ。

「諸伏、どうする?」

 もう選択肢は一つしかなかった。





 普段は散々景光の邪魔をする割に、運命と言うものは時に都合よく働いてくれるらしい。

 谷山麻衣を協力者にすると決めた翌日。そう、翌日のことだ。彼女の住む木造アパートが放火被害に遭った。あまりのタイミングの良さに、佐枝が何か動いたのだろうかと邪推しかけたくらいだ。新しい携帯に佐枝から「谷山のアパートが燃えている」と連絡があったため、景光が急いで駆け付けると、彼女は幸いにもアパートの外へ避難できていた。だが夜中だったことが災いしており、彼女はTシャツとハーフパンツに素足という着の身着のままで、碌に荷物を持ち出せていなかった。僅かな財産も、思い出も、高校の新しい制服も全て焼け落ちてしまっただろう。真っ暗な夜空を照らす炎を前に、野次馬に紛れて佇む小さな背中がとても可哀想だった。優しく、日々を懸命に生きているだけのあの子が一体何をしたというのだろう。そう義憤に駆られると同時に、景光の脳の冷静な部分がチャンスだと囁いた。抱えきれない恩を売るのだ。何度も命を助けられた景光は、それを口実にして親切を押し付ける。彼女がやがて心の底から景光を信じて、全幅の信頼を持って全てを景光に委ねて、景光に協調して国家安寧のために力を振るってくれるようにするために。

 そんな目的がなくとも、景光の行動はきっと変わらなかっただろうが。

 本格的にマスコミが集まってくる前に、と景光は麻衣に声を掛けた。

「麻衣ちゃん、大丈夫か!?」

 麻衣は振り向くと、景光の姿を認めて瞠目した。鼈甲飴の大きな瞳は乾いていて、それが彼女の強さなのか強がりなのか、判断がつきかねた。被害に遭ったばかりで、まだ実感が湧かないだけかもしれない。

「……唯さん? わざわざ来てくれたんですか?」

「麻衣ちゃんのアパートの方角で火の手が上がっているのが見えたから、まさかと思ってね。怪我は?」

 彼女は首を横に振った。ところどころに煤汚れがあるものの、確かに見た限りでは負傷は見られない。景光はひとまず胸を撫で下ろし、それから燃え盛るアパートに目を遣った。消防隊が懸命の消火作業を続けているが、この分だと全焼は免れないだろう。

「……大変なことになったな」

 景光がそう言うと、麻衣はふっと微笑んだ。火の粉に照らされたそれは少し苦く、寂しげで、けれど酷く大人びて落ち着いた微笑みだった。

「まあ、何とかなりますよ。こうして無傷で生きてますから」

 ――堪らなくなった。

 どうしてこんな風に笑えるのか、景光には理解できなかった。身寄りもなく、小さな城は焼き尽くされ、身一つしか残っていない状態なんて、大人でも絶望する。景光だって詰んだと思う状況だ。ましてや彼女はまだ中学生である。泣いて怯えて蹲ったっていいのに、弱音一つ吐かない。そうせざるを得ない精神を作り上げた彼女の境遇にぞっとする。

 景光は彼女の両肩を掴んで正面を向かせた。肩はあまりにも薄く、焼け崩れる木造の柱のように儚い。それをただ放っておくなどということは、結局のところ警察官としての正義感を持つ景光にはできなかった。協力者獲得工作という目的は、とっくにただの口実に成り下がっていた。

「オレのところにおいで」

 景光は身を隠さなければならないが、彼女と共にひっそりと過ごすのは悪くない選択肢だ。どの道、数年は派手な動きなどできないし、組織とも関わるわけにはいかない。谷山麻衣の保護者として、目立たないように市井に紛れ込むというのは、佐枝からも提案された手段だ。組織もまさか、縁もゆかりもない子どもの保護者になって潜伏しているとは思わないだろう。とっくに高飛びしていると思うのが普通であるし、それ以前に生存すら危ぶまれているはずだ。

「今度はオレが君を助ける」

 佐枝を通じて早急に二人暮らし用の物件を確保しなければ、と計算しながら景光は麻衣の説得を試みた。

「君には何回も命を助けられた。だからオレが助けたい」

 麻衣は反射的に断ろうとしたのかもしれない。何かを言いたげに口を開きかけたが、燃え続けるアパートを見て口を閉じた。そのまま唇を噛み締めてから、心底申し訳なさそうに再び口を開く。

「……唯さん、色々大変ですよね。ご迷惑じゃないですか?」

「君の力になるくらい、訳ないさ」

 実際のところは、佐枝の手を借りてようやくどうにか手助けできるというレベルだ。その佐枝も景光の状況を察しているため、公安の伝手は封じられている状態だ。しかしここで景光が手を貸さなければ麻衣がどうなるのか、想像するとぞっとする。親を亡くした彼女を下宿させていたという中学時代の担任など、頼る相手もいないではないだろうが、いつまでも頼れるものでもない。それに、間近に迫った高校入学もなくなりかねない事態だ。下手をすれば、望まぬ違法な仕事に就かされることになりかねない。命の恩人にそんな目に遭って欲しくなどなかった。

 景光の真剣な眼差しを受けていた麻衣から、不意に困惑の色が消えた。鼈甲飴のようだと思っていた瞳が火事場の明かりの中で静かに凪ぐ。年齢とは見合わない静謐な光を湛えた双眸は、まるで過去の真実を内包した琥珀のようだった。

「あの。……自分が唯さんのお世話になることは、唯さんにとって都合よく働くことがありますか?」

 敢えてはぐらかされてはいるものの、少女の言葉は恐ろしいほど正鵠を射ていた。見定められている、と景光は直感し、次いで佐枝の言葉を思い出す。“こちらの思惑を察していてもおかしくない”という言葉を。麻衣は景光の本来の所属など知らないはずであるし、佐枝と景光の繋がりも知らない。そのはずだ。だが、出会った当初から景光が一般人ではないことなど分かっているだろうし、そこから自分に親切にする景光に裏の意図があると推測しているのだろう。

 景光は麻衣の肩から手を離した。背筋を伸ばし、琥珀の双眸を見つめ返す。嘘しか吐けない身の上だが、恐らくここで嘘をついたら一生信じてもらえない気がした。意図があるのは事実だが、助けたいことだって真実だった。

「………………ああ」

 不思議な眼差しが景光を見透かす。目を逸らすまいと見つめ返してどのくらい経ったのだろうか。ほんの数秒かもしれないし、数分かもしれない。そんな感覚を忘れる沈黙の後、麻衣がふっと口元を緩めた。見慣れつつあるいつもの、大人びているがあどけない少女が戻ってきていた。

「しばらくお世話になります」

「喜んで」

 景光は着ていたジャケットを脱いで麻衣に着せた。春先とは言えども、まだ夜は冷える時期だ。そうでなくとも、麻衣の格好は外では無防備すぎる。体格差で太腿辺りまですっぽりと覆い隠したジャケットに満足すると、景光は麻衣に背中を向けてしゃがんだ。素足のまま歩かせるわけにはいかない。麻衣は少し戸惑ったようだが、大人しく背中に負ぶさってきた。彼女は組織にいる頃に散々背負ってきた、ベースケースに偽装したライフルバッグよりも重いはずだが、彼女の方が余程軽く感じるのは気持ちの違いだろう。今の景光は人を殺すためではなく、人を助けるために動いているのだから。





 その後、景光はビジネスホテルで一泊してから早急に物件を探し、契約後即日で麻衣と共に移り住んだ。麻衣の高校通学も考え、杯戸町にあるアパートの二階にしたところ、何故か麻衣に死んだような目で感謝された。感謝はともかく、どうして死んだ魚のような淀んだ目をしていたのだろうか。「いつの間に杯戸高校受験したっけ……」と呟く意味もよく分からないのだが。佐枝から伝えられた身辺情報の中には、杯戸高校進学予定と書いてあったはずだ。早急に仕立てた高校のセーラー服を見て、「うわーこんなデザインだっけ」とやはり死んだ目をしていたのも不思議である。もちろん感謝はされた。

 最低限の生活用品を買い揃える中、景光は自身の姿を少し変えた。とは言っても、髭を剃って髪を茶色に染めた程度である。それを見た麻衣は、「随分イメチェンしたんですね」と笑った。

「心機一転しようと思ってね。似合うかな?」

「髭がないと若く見えますね。大学生くらいかな。でも茶髪はあまり。チャラいです」

「正直だね……」

 景光は肩をすくめる。自分でも茶髪になった姿を鏡で見ながら、似合っていないとは思っていたのだ。生まれてこの方染めたことがないので、黒髪である自分を見慣れ過ぎているからかもしれない。幼馴染は金髪でも黒髪でも似合いそうなのに、景光の顔立ちではそうもいかないようだ。

 すると、しょげる景光を見かねたのか、麻衣が苦笑しながらフォローした。

「まあ、お揃いって悪くないですね。兄妹みたいで」

「じゃあ、兄妹になってみるか?」

 麻衣の言葉に冗談半分、本気半分で景光は返す。実際、景光が髪を染めたのは印象を変えるためだけでなく、同居することになる麻衣と兄妹に見えることを狙っていたからだ。顔立ちが全く似ていないので、少しでも似せられる部分が髪色程度しかなかったのだ。

 景光の返しに、麻衣は一瞬だけ探るような目をしてから笑った。

「いいですよ。でも」

 そこで彼女はニヤリとする。悪戯っぽい笑みは、今まで見た中では最も生き生きとしていたかもしれない。

「自分、どっちかというと兄属性なんで、逆になるかもしれません」

「――ハハ! それもそれで面白そうだ」

 元々弟妹がいないはずの彼女が兄属性というのは不思議だが、実際は長野に兄がいる景光は弟属性というものになるので、ちょうどいいかもしれない。これからの生活を想って、景光は笑った。





+ + +





お兄さんズのお互いへの寸感
景光さん:この子可哀想……オレが守ってやらないと!(弟属性)
麻衣兄:この人不憫過ぎ……俺がいる間は助けとこう。(兄属性)
お互いに憐れんでるし、実際の属性が反転してる。

放火被害に遭う麻衣兄:オキャスバルが木馬荘から焼け出されてるので、兄さんもよかろうという軽率な判断。別世界で犯罪者集団と鬼ごっこするより余程穏便。

兄さんがアパートから持ち出した物:ケータイと鍵だけ。鍵は原作麻衣ちゃんがお守りにしている、家族三人で暮らしていた頃の家の鍵です。霊能クトゥルフ調査譚クリア済の麻衣兄なので鍵のことを知っており、それだけは失くしちゃいかんとなった模様。

やったね兄さん! 米花町の次にヤバい杯戸町に引っ越しできたね! ちなみに一学年上の先輩に人類最強の京極パイセンがいます。
GHの原作と違う高校に進学してはいますが、原作通りに高校1年の時、ナル君たちが心霊調査のために来校する予定です。



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