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諸伏景光は異界に迷う
萌え 2019/05/27 23:05


・「諸伏景光は怪物と出会う」の続き
・景光視点





 職務のために自殺を試みたら、無傷で知らない少女の自宅に寝ていた挙句、限りなく半魚人に見える不審者(少女の友人)に窓からお邪魔されて威嚇された。一文で今の状況を語るのならばそうなったのだが、改めて考えなくても意味が分からない。最初から最後まで謎しか残らなかった。頭脳派である景光の友人であっても、この謎は当人から聞き出す以外の解決法を見出せないだろう。

 不審者半魚人改めキョーコとやらは、サングラスとマスクを付け直した後、いそいそと自ら荒らした部屋の片づけをし始めている。名前から判断すると女性なのだろうか。全身を覆い隠し、着膨れを極めたコーディネートでは判断に困る。推定女性、ということでひとまず置いておき、景光は麻衣にガムテープと適当なビニール、紙がないか尋ねた。するとスーパーのビニール袋とガムテープを差し出されたため、それを使って割れた窓を目張りすることにする。血塗れで少女の部屋の窓を目張りする状況とは一体何なのだろうか。外から見られたら犯罪者扱い間違いなしなので、景光は目張りする前にさらりと窓の外の様子を窺った。幸いにも、ガラスが割れる音でこちらを見に来た人間は誰もいなかった。腕時計を確認すると、住宅街が寝静まるような深夜だった。現在地を確認しようにも、住所表記のある電柱は窓から距離があるので見えない。

 そういえば、と景光は、部屋に物が少ない割に、使用頻度が大して高くなさそうなガムテープがあった理由を麻衣に尋ねてみた。

「引っ越したばかりなんです。荷造りの時に使ったやつですね」

「ここには一人で暮らしてるのか?」

「ええ、まあ」

 ついでに世帯について尋ねると、一人暮らしであることをさらりと肯定された。両親の所在も気になるが、あまり根掘り葉掘り性急に聞くのは得策ではない。もう少し時間をかけた方がいいだろう。それにしても得体の知れない男を一人暮らしの部屋に連れ込むなんて、不用心が過ぎる。再び至った結論に思わず半眼になる景光だが、ガムテープを貼りながらも、彼女から詳しい事情を聞く算段を考えていた。一人暮らしを肯定する様子に嘘はなさそうだが、後ろ盾の有無についてはまだ何も聞いていない。彼女一人で景光を助けるのは難しい以上、景光と初対面と思しきキョーコ以外の人物が関わっていそうだが。

(この状況で自然な会話を装って聞き出すって、難しくないか? こんなの、ゼロでも無理だろ)

 付け加えるならば、今は全面的に麻衣の味方をすると思しきキョーコの目もある。暴れる半魚人の格闘能力など未知数であり、二人の警戒心を煽りそうな真似はしたくない。

(もういっそ、小細工なしで正面から尋ねた方が早いし安全な気がする。オレを助けてくれた彼女が善良なのは間違いないだろうし、こっちの身分だけはバレないように誠実に接した方が心象もいいだろう)

 最悪の事態は、景光の本来の身分が暴かれ、機密情報が組織に流れること。現在、組織に入り込んでいる日本警察の関係者は景光の幼馴染ただ一人だ。もし一人で戦う彼が排除されることになれば、日本警察は組織へのパイプを完全に失うことになる。近々で潜入捜査官を送り込むのは難しいため、再び日本警察が組織に潜り込むまで何年もかかってしまうだろう。その間、この国で組織が野放しになってしまうのは非常に恐ろしい。

(幹部とは言っても、狙撃手(スナイパー/オレ)の仕事は実質、殺しだけ。探り屋として情報分野に食い込めるゼロが残ってよかった。オレを殺したことにして、ゼロとライが盤石の地位につければいいんだが……)

 何はともあれ、まずは麻衣から何があったのか聞き出すしかない。先程と同じように正直に尋ねるのが一番不自然ではないだろう。なお、景光が目張りを終えたところで、キョーコもガラスの破片を掃除し終えたようだ。正直なところ、そろそろキョーコには退場してもらいたいのだが、このまま口止めもせずに野放しにするのも気が引ける。景光は悩んだ末に、キョーコもいる場面で話を切り出した。

「話が途中になったけれど、オレの治療は誰がしてくれたんだ? 是非お礼を言いたい」

 ガムテープを返しながら先程も口にした言葉を繰り返すと、麻衣はピタリと硬直した。その反応は分かっていたので、景光はただひたすら感謝の念が滲む笑顔を浮かべてゴリ押す。感謝しているのは本当だ。感謝しているから教えてくれと強請っているだけで。麻衣は「ええっと」と逡巡すると、「とりあえず座りましょうか」と言って床に腰を下ろした。クッションも何もないが、彼女は気にならないらしい。景光もそれを気にするほど繊細ではないので、彼女に倣って床に座った。キョーコは麻衣と景光を交互に見ると、麻衣の隣にピタリと身を寄せて座った。……半魚人の乙女座りを目撃してしまった景光は、そっと目を逸らした。今、景光の脳はそちらに割く余裕がない。というか、割きたくない。熟練の公安には、眼球を動かさずに180度以上周囲を見ることが出来る横目技術の持ち主がいるが、それを駆使せずとも見えてしまう位置にある冒涜的乙女座り(コズミック・ロマンス)はちょっとした恐怖案件かもしれない。

「まず前置きしておきますが、あなたの状況を見たのも、実際に拾ってきたのも、手当てしたのも、全部自分一人です。嘘ではありません」

 ぴしりと背筋を伸ばして正座した麻衣は、至極真面目な顔をしてそう告げた。信じがたいことを言っているが、嘘をついているようには見えない。毅然とした態度のため、あどけない見た目だが妙に大人びた印象を受けた。

「その上で正直にお伝えしますが、あなたを助けた方法を教えてもいいのか、自分では判断がつきません」

 ……つまり、景光の状況を把握しているのは麻衣だけだが、あくまでそれは彼女の単独行動であり、彼女の行動の是非を判断する誰かが存在しているということだ。そして、それが存在する程度の何かを彼女は持っているということになる。その誰かと何かは、果たして景光が潜入捜査していた組織と関係があるのか否か。日本警察と敵対しているのか否か。

(そういえばこの子……警察の知り合いが多そうなんだよな。まさかこの子を黙らせているのは……日本警察か?)

 現時点では、彼女と繋がりの見える組織はそこしかなかった。しかし確証はない。仮に日本警察だからといって、今の景光には迂闊に接触できない組織だ。

「自分の判断では何も言えませんし、仮にお伝えした場合、あなたの行動に制限が掛けられる可能性があります」

「……どうして、と聞いてもいいか?」

 どうやら、彼女の背後にいるのはそれなりに強制力を持つもののようだ。麻衣は自分が答えられる範囲内で誠実に答えようとしているように見受けられる。これが演技なら相当のものだ。そうではないと信じたいのは、結局は景光が彼女に命を救われたからだろう。

 景光の思わずといった問いに、麻衣は真っ直ぐな目をして答えた。

「この国のためです」

 中学生か高校生くらいの子どもとは思えない言葉だった。抑圧されて言わされているのではなく、当然と受け止めて本心から告げているように見える。景光も幼馴染もこの国のために身を粉にしているが、その根本たる決意と同じものが少女の口から飛び出すとは思いもよらなかった。恐らくこの子も正義のために動いているのだ、と思うと、自然と景光から聞き出してやろうという意欲が失せていく。こういう面は公安に相応しくないのかもしれないが、それでも景光はまだ大人ではない少女の心意気を大切にしたかった。

「――こちらもあなたの事情は聞きません。明日は学校が休みですし、あなたの着替えを買ってきます。ここで過ごすのは問題ないですが、身支度を整えたら何も知らない体で早めに出て行かれた方がいいと思います」

 それは景光にとってあまりにも都合のいい提案だった。例え「だから探ってくれるな」という意思が滲んでいたとしても、事情を知らないというのに親切すぎた。景光は「ありがとう」と答え、詮索をやめた。





 少女に任せるのは気が引けたが、次の日の日中、新しい服一式と大きめの裁ちバサミを購入してきてもらった。スラックスのポケットに財布が入っていたのは助かった。さすがに、子どもの懐から金をせびるなんてしたくない。本当はプリペイド携帯も欲しかったが、それは携帯ショップで審査を経なければ購入できないため諦めた。なおハサミは、今まで着ていた服を小さく切り刻み、トイレに流して処分するためである。着ていた服は上下ともに血が染み込み、家庭で洗った程度ではどうにもできない状態だった。麻衣の制服にも血が染みてしまったが、黒色のため多少の誤魔化しが利くことと、あと一度しか着ない予定なので時間をかけて洗うとのことである。どうやら卒業式前に汚してしまったらしく申し訳ない思いでいっぱいになったが、景光にできることは何もなかった。

 ちなみにキョーコは、昨夜のうちに麻衣の部屋を出ていた。人目に付きたくないため、基本的に夜しか移動しないようにしているらしい。彼女の正体も気になるが、今の景光にはその謎に手を伸ばす余裕がない。

 辺りがすっかり暗くなった頃、景光は麻衣の家から出ることにした。滞在時間を引き延ばすべきではない。彼女の言う通り、早めに出て行くことがお互いのためだった。

 玄関のドアノブに手をかけた状態で、景光は麻衣に微笑んだ。

「――ありがとう。君は命の恩人だ」

「いえ、そんな。偶然出くわしただけですし」

 彼女は謙遜するが、景光は彼女がいなければ死んでいた。そればかりか彼女は、身を隠したい景光の内心を察したかのようにお誂え向きの服を選んできてくれたし、頼んでいなかったが下着まで嫌な顔一つせず買ってきてくれた。とても気が利く少女だ。

「オレのことは忘れてくれ。オレも、昨日の夜のことは忘れるから。……元気でな」

「……お元気で」

 景光と麻衣はそんな言葉を交わして別れた。これから景光はできる限り東都から離れ、ほとぼりが冷めるまで潜伏生活を送るしかない。そう考えていた。考えていたのだが――





 同日夜。景光は東都メトロ東西線に乗り、そうとは悟られないよう周囲を警戒しながら揺られていた。途中下車して東京駅を経由し、そこから静岡方面を目指す予定だった。逃走先に兄がいる長野県が浮かんだものの、向かうわけにはいかないため、逆方向にしたのだ。四国か九州でも目指そうかと考えながら、ふと車窓の外を見た時だ。それはちょうど、西葛西駅と南砂町駅の間を走っていた頃だった。

(ん……?)

 視界の隅に、地上駅が見えた。しかし南砂町までまだ距離がある上、この区間に地上駅はないはずだ。そのはずではあるがホームにはそこそこ人が立っており、至って不審な点は見られない。景光は素早く視線を走らせ、駅名のプレートを探し出した。



“←西葛西 藤迫 南砂町→”



(藤迫……? そんな駅、この路線にないはずだ。新設されるという話すら聞いたことがない)

 そんなことを思っている間に、電車は藤迫駅には止まらないまま通過した。そして不意に周囲からざわめきが戻ってくる。景光はそこでようやく、“今まで周囲の音が何もしなかったこと”に気付いた。正確に言うと、藤迫駅を見付けてから通過するまでの間だ。

(……何だったんだ?)

 疑問に思うも、既に通過してしまった上、現状ではさして重要なことでもない。景光は目をわずかに細めるに留め、何事もなかったかのように手摺にもたれかかった。





(おかしい……)

 次の駅にいつまでたっても着かないばかりか、景光が乗る電車は心当たりのないトンネル内を走行していた。周囲を見回すと、いつの間にか車両の中にいるのは景光ただ一人だけになっている。10人以上は乗っていたので、彼らが下りたら必ず気付くだろうし、そもそも駅に着いた気配がないのだから奇妙な事態だ。景光は頭の中のスイッチを切り替え、最警戒に跳ね上げた。拳銃は持ち歩いているが、弾は残っていない。頼りになるのは己の手足と頭脳だけだ。

 景光は自分のいる車両の両側を小窓から確認した。そちらにも誰の姿も見えない。次いで、この車両に小型カメラや盗聴器が仕掛けられていないか、目視で確認した。そちらも恐らく仕掛けられてはいなかった。すぐに命の危機に晒されるといったことはないかもしれないが、理解のできない状況が続くのはあまりにも薄気味悪い。舌打ちしそうになるのを堪え、車窓の外を見やった。

 それにしても長いトンネルだ。体感で20分は走り続けている。景光は腕時計で時間を確かめようとしたのだが、時計は午前0時付近を指していた。その時間に電車に乗ってはいなかったので、どうやら壊れてしまったらしい。

 ――その時。男とも女ともつかない得体の知れない声で、音質の悪い車内放送がかかった。





『次はー、きさらぎ駅ー。きさらぎ駅ー』






+ + +





異界へようこそ(威圧)

景光さんはこの後、別の車両に乗っていた麻衣兄(別の日時の別の電車に乗車)と合流し、本格的にクトゥルフの世界とこんにちはする羽目になる。

シナリオはわたる様の「きさらぎ駅」です。藤迫駅は異界入りの導入みたいな感じで勝手に付け足しました。異界の駅シリーズの中の一つです。

ハロークトゥルフした景光さんは麻衣兄の隠し事をある程度察し、シナリオクリア後、「さすがに巻き込まれたから報告しないと」と判断した麻衣兄の手で対策班刑事と面会。そこから情報を仕入れたオリジナル対策班公安刑事(「足元の〜」登場。立場的に景光さんの同僚)が景光さんと接触。死んでないし巻き込まれてるしと内心でてんやわんやしながら隠蔽工作してもらい、なんやかんやあって麻衣兄と同居に至ればいいのではないでしょうか。(なんやかんやとは)

あるいは何回かこういう系統の事件に巻き込まれ、「オレ、この子の傍にいないと変な死に方するのでは」と察してしまう展開でもいい。



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