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流行りの悪役令嬢にぶち込まれたお兄さん
萌え 2019/02/21 22:59


・お兄さんが乙女ゲームの悪役令嬢に憑依するだけ
・山も落ちも意味もない





 小説家になろうというサイト、通称“なろう”は少なくない方がご存じだろう。サイトを持たなくても、執筆した自分の小説を気軽に掲載できる素晴らしいサイトだ。一定以上の評価を得られれば書籍化すら叶うという、一昔前では考え難い、夢のような場所である。

 どのような場所にでも流行り廃りはあるもので、なろうにも流行りがある。気軽にトラックに轢かれるとか、人間臭い神様のうっかりミスで死んだ結果、異世界に放り込まれるのはよくあることだ。異世界でチートな能力を手に入れ、可愛い嫁に囲まれて俺TUEEEするのは様式美であるし、最近は才能があるのにグループから爪弾きにされたから、見返したり復讐したりスローライフを送ったりする。徐々に主人公が高齢化しているのも、恐らく気のせいではないだろう。しかしそれはあくまで現実には起こりえないから妄想が捗って楽しいのであり、実際に自分の身に降りかかるのは碌でもないとしか言いようがない、と俺は強く主張する。何しろ体験者なので。

(まさかの爺スタート、だと……)

 見覚えのない寝台の上で目を覚ました俺は、上体を起こすなり視界に飛び込んできた自分の髪の色に絶望した。白い。二度見しても白い。今まで子どもだったりイケメンだったり女子高生だったりしたことはあるが、老人だったことはない。見知らぬ環境で、身体能力が劣る上に人生経験の積み重ねが要求される老人のロールプレイは、いくらなんでもハードルが高すぎないかオイ。

(いや……違う。俺の体、老人じゃない)

 悲しいことに、唐突に脈絡のない状況に放り込まれることに慣れ過ぎている俺は、冷静に自身の状態を吟味し、老人であることを否定するに至った。老人どころか、むしろ幼い。自分の手は小学生並みに細く白く、瑞々しい若木のようだ。艶やかに整えられた花びらのような小粒の爪は健康的な桜色であるし、手の平の皮は薄く滑らかで、労働どころか外遊びすら知らなさそうだ。白髪と勘違いした長い髪は青みがかった銀髪で、恐らく腰辺りまでの長さがある。緩く毛先がカールしたそれを摘まんでみると、本来の俺とは比べ物にならないほど柔らかく素晴らしい手触りだった。しかも微かに花のような良い香りがする。老人だなんてとんでもない。

(髪がフローラルな男児って何なんだ。……つーか男、だよな?)

 嫌な予感がするが、現状把握を放棄するわけにはいかない。

 小さな手で自身の顔に触れてみると、ぎょっとするほどスベスベでモチモチの肌だった。指でなぞった眉の形は細く整っているし、睫毛もマッチ棒が乗りそうなほど長い。これは絶対に美少年か美少女に違いない。冷静に分析すればするほど、自身の体から放たれる美形オーラがとてもヤバい。とりあえず早急に鏡くれ。

 それだけで日本にある俺の自室が埋まるような巨大なベッドの上で座り込んだまま、きょろきょろと周囲を見回す。繊細なレースが付いた天蓋の向こう側には、中世ヨーロッパ風といったデザインの部屋が広がっていた。恐らく、この部屋だけで日本の一般的な一軒家の敷地くらいある。床には毛足の長い絨毯が敷かれ、上品な壁紙に包まれた空間にはアンティーク調の家具が並び、天井には小ぶりなシャンデリアがぶら下がっている。小物のデザインがやや可愛らしい傾向があるのは、この部屋の主の趣味か、あるいはこの美少年/美少女の親の趣味だろう。ゼロがいくつ付くのか想像したくない家具の中に、本来の俺の身長よりも高い姿鏡があるのを見つけたので、俺は体が沈むシーツの海の中でもがいて床に下りた。裸足だが、絨毯があるので冷たくない。そもそも、季節のせいか設備のお陰か、室内はほんのり肌寒い程度だった。

(うっわ……メルヘン……)

 床に降り立ってまず分かったのは、自分が着ているのが真っ白でレースがふんだんに使われた、乙女チック全開のネグリジェであることだ。男がこんなデザインの服を着て寝るのは趣味でもない限りなさそうなので、恐らくこの体は少女なのだろう。……恐る恐る触れた服越しの股間には、あるはずの友人がいなかった。さようなら友人、こんにちは乙女。……また女の子ロールプレイかよ……。

 ベッドに逆戻りして何もなかったことにしたい衝動を抑え、ふらふらと姿鏡に歩み寄る。幸か不幸か、分厚いカーテンの隙間からこぼれる明け方のような光のお陰で、自身の姿を確認することに支障はなかった。

 ――天使だ。大きな鏡の前に立つ飛び切りの美少女の姿に、俺は思わず呆気にとられた。

 長い銀髪に誂えたかのように、目尻が吊った大きな瞳は青みが強い紫だ。冗談抜きで宝石のようにキラキラと輝いている。大して宝石の知識がないので形容が難しいが、両目にサファイアやアイオライトが飾られていると言っても過言ではない。小さな顔に収まったパーツは全て高水準で整っており、職人が寝食投げ打って作り上げたビスクドールと言われても納得する程だ。小学校低学年程度の年齢に見えるため、幼さと可憐さ、無垢さが強くまさに天使めいているが、10年もすれば女神のような美女になるだろう。顔立ちの系統的に恐らく、クール系。こんな将来有望すぎる娘がいたら可愛すぎて嫁に出したくないわ。中身俺だけど。

「何で俺なんだよ……」

 思わず零れた本音すら、鈴を転がすようなという形容に相応しい可憐さである。こんなウルトラ美少女の中身が成人したフツメンというのは最早害悪ではなかろうか。女子高生プレイせざるを得なかった頃とはまた違った罪の意識が俺を襲う。なにがどうしてこうなった。

(しかも環境とかこの子の顔立ちからして、日本っぽくない。時代背景も怪しい)

 パソコンもなければスマホもない。コンセントの差し口も電化製品もない。ベッドサイドテーブルに置かれたハンドベルを振り返り、俺は深いため息をつく。鏡から離れてハンドベルを検分するが、一般的な物と違いはないように見える。しかし、ドラマや漫画で見るように、これを鳴らして人を呼ぶのだろう。この子の身分はクッソ高そうである。もしくはとんでもない金持ち。そして、一見すると普通のベルを鳴らして本当に人が来るのだとすれば、ベルが聞こえる範囲に誰かが控えているのか、離れた場所でも聞こえるような仕掛けがあるのか。ここが異世界ならばファンタジー要素も疑わなければならない。俺が放り出される異世界は必ず元ネタが存在するが、さて。

 自分以外には誰もいない部屋をこそこそと移動し、窓辺に向かう。毛足の長い絨毯は足音を吸い取ってくれるのでとても都合がいい。カーテンの隙間からそっと外を窺うと、もうじき明け方といった明るさが俺を出迎えた。ガラスの向こう側には西洋風の庭園が広がっており、遠目ではあるが灰色の鎧を着た人間が立っているのが見える。あれがこの家の護衛か何かだとすれば、やはり中世ヨーロッパ臭が強い異世界である。間違いなく俺のアパートの角部屋ではない。

(もしかして今の俺、貴族のご令嬢だったりして)

 根拠はないが反証もない。俺は頭を振り、ひとまず室内の探索を念入りに行っておくことにした。この子の起床時間がいつなのか分からないが、外の様子からしてまだ猶予はあるだろう。どこに何があるのかくらいは知っておきたい。あわよくば身分証を見付けたいが……日本の小学生のような通学鞄の存在が見当たらないので、生徒手帳などの発見は難しいだろう。そもそも、世界によっては全く違う教育事情だろうから、生徒手帳など存在しないこともありうる。

 しばらくしてカーテンの隙間から漏れる明かりが強くなった頃、マホガニー材に見える豪奢な扉がノックされた。俺は慌ててベッドに飛び乗り、布団の中に潜り込む。お嬢様(仮)らしからぬ行動力だが、誰も見ていないのでセーフだ。寝たふりをしていると、優しい女性の声が耳に届いた。

「おはようございます、お嬢様。お目覚めの時間ですよ」

 ……本当にお嬢様だったらしい。とりあえず、言葉は通じるようで何よりだ。





 俺を起こしに来たのは、20代後半くらいに見えるメイド姿の女性だった。彼女の手で甲斐甲斐しく朝の準備をされたため、俺は心の中で彼女をママとお呼びすることにした。何というか、全身から母性が迸るような女性なのだ。後から聞いた話だと既婚者で、子どもはこれからというところらしい。お子さんが出来たらこの母性がさらに強化されるのか。

 朝っぱらから化粧こそないもののドレスアップさせられ(若干男心が折れた)、メイドママに付き添われた俺が向かった先は食堂だ。予想に違わぬ豪華な廊下を通って辿り着いたそこは、テンプレートと言わざるを得ない長テーブルが置かれた場所だった。テーブルには既に三人が着いており、周囲には執事やメイドが整然と仕事に励んでいる。テーブルに着いているのは父親、母親、兄だろう。どいつもこいつも美形揃いの美形一家である。この子が振るい付きたくなるような美少女なので、その血族もまた美形なのは当たり前だ。

 銀髪碧眼のイケメンが父親で、金髪赤眼の美女が母親、金髪碧眼の中学生くらいの美少年が兄である。キラキラなカラーリングに遺伝子どうなってるんだと思うが、異世界に突っ込んでもどうしようもない。不自由しているのは異世界に突っ込まれた俺だけである。

 それにしても。

(イケメン美女揃いだけど……顔つきの傾向が……)

 悪役っぽい、というのか。このキラキラ一家に共通する鋭さと言えばいいのか、切れ長だったり目尻が吊っていたり、シャープなラインがと言うのか。雰囲気が総じて美形悪役っぽいのは気のせいではないだろう。キャラ人気が出るのは間違いないのだが、正統派路線ではない空気感がすごい。いや、悪役美形はある意味正当派か? 妹を呼び寄せる兄の笑顔は全く悪役染みていないので、俺の考え過ぎなのかもしれないが。……それにしても、なんだかんだで異世界でも兄が出来た例がない俺に、将来を約束されたイケメン兄がいる設定が生えると、少々リアクションに困る。恐らく俺、末っ子属性ではないんだよな。それ以前に、情報がほぼゼロの状態で家族団欒は無理がある。

 内心、びくびくしながら食卓を囲んだ報酬はあった。まず、この子の名前はライラック。公爵家のご令嬢だ。公爵と言えば貴族位の第一位に値するはずなので、要は王族の次に偉い、めっちゃいいとこのお嬢さんである。お陰様で飯がそこそこ美味い。家柄が良いと当然食事もハイグレードである(しかし俺だけメニューが違い、柔らかいものが多かった)。そして母親の名前はフリージア。夫を立てる良妻に見えるが、賢母かどうかまでは分からない。そもそも、ライラックの世話はママメイドが主に焼いているような印象を受けた。ママメイドは乳母かもしれない。兄の名前はアウイナイト。石じゃん、と思ったが、それを言うならこの子と母親の名前は花である。兄の方は分かりやすく妹を可愛がっている……と言いたいが、そうでもなさそうだ。笑顔で俺を呼び寄せたものの、こちらに向ける視線がやや観察染みたものがあるように思える。リドルほどではないが、腹に一物抱えていそうである。中学生(仮)からこれとは将来が恐ろしい。貴族のお子さんは小市民とは違うということでいいのだろうか。なお、父親の名前は分からなかった。旦那様だの父上だの呼ばれるだけで、誰も名前を呼ばなかったからだ。性格の方は……確定ではないが、息子さんの成長ぶりからある程度お察しいただきたい。

(この家族、神経使うわ……帰りてぇー……)

 デザートとして俺だけに出されたのが穀物をミルクと砂糖で甘く煮たもの――ミルク粥だったので余計にテンションが下がる。某レシピサイトのミルク粥は美味しそうなのだが、魔法学校で初めて食べたそれの不味さが思い出されてしまうのだ。後から聞いたのだが、俺だけ病人食でメニューが違ったらしい。どうやら前日まで熱を出して寝込んでいたのだとか。小さな子どもが発熱して前日まで寝込んでいたにしては、反応がクール過ぎませんかご家族の皆さん。それともこれが普通なのだろうか。

 それにしても、この世界の元ネタは一体何なのだろうか。ここまでではさっぱり見当もつかない。SFアニメやパズルゲーム、アクションゲームなどではなかろうが。

(まさかこれ、ストラテジーゲームが原作とかじゃないよな? プレイヤー並みのスキル求められても無理だぞ)

 ストラテジーゲームとは、平たく言えば戦略や戦術要素を重視したジャンルである。ストラテジーゲーム内でも様々なジャンルがあり、ターン制ストラテジーならばアークザラッドやサモンナイト、ファイアーエムブレムなどが挙げられ、タワーディフェンスならばいわゆる陣地防衛ゲーム――有名どころではにゃんこ大戦争――が挙げられる。ゲームも好きな俺はある程度のジャンルに触れてはいるが、しかしゲーム内とリアルでは勝手が違う。ストラテジーゲームはリアルタイムで自分と相手の駒の動きを把握できるが、現実に持ってくるとそれは小規模の戦争である。戦争の指揮をゲームレベル並みにこなせるはずもない。普通に敗走する。まあ、貴族令嬢に指揮を任されるはずもないが。ないよな? 元令嬢の女騎士ルートはやらんぞ?

 元ネタは分からないものの、高位貴族の令嬢として真っ先に危惧するのが政略結婚である。普通は高確率で政治の駒にされるだろう。

(野郎に嫁ぐなんて嫌すぎるぞ……)

 しかしながら男は無理ですという素直すぎる意見が通るわけもない。ならば身分を捨てちまえという過激な選択肢もあるだろうが、ちょっと待って欲しい。庶民落ちはそんな簡単な話ではない。まず、穏便な理由で地位を捨てられなければ物理的に吊るし上げを喰らうだろうし、そんな都合のいい理由など思い浮かばない。一人の貴族令嬢を養育するのに相当金もかかるだろうし、そう簡単に放り出してももらえないはずだ。そして庶民の生活だが、これを現代日本の感覚のまま捉えてはならない。未だにはっきりとした生活技術レベルは判明していないものの、少なくとも現代日本よりずっと下回っているのは確かだ。一昔前では収まらなさそうな時代の庶民の生活を、文明の利器と治安の良さに慣れ親しんだ日本人が上手くやっていけるかというと疑問が残る。この世界・時代の基本的な常識がそもそも日本と違うだろうし、価値観の差で村八分にでも遭ったら詰む。無人島サバイバル生活とは別種の一筋縄ではいかない苦労が待ち構えているだろう。衛生観念だって違うだろうし、現代日本人が想像するスローライフ感覚で手を出したら火傷では済まないかもしれない。

(結局、この子本来の生活を続けつつ、手探りで今後について考えるしかないよな)

 不味いミルク粥をどうにか嚥下し、俺は薄っぺらい微笑みを浮かべる兄に笑みを返した。





 その後、一国の王子と婚約を結ばされ、絶望のあまりティーテーブルをひっくり返したくなったり(ひっくり返してはいない)、詰め込まれる令嬢教育に泣きそうになったり(マゾに目覚める一歩手前まで詰め込まれた)、兄が思いのほか拗らせていて面倒臭かった(面倒臭い)。だが、転機は貴族専用の学園に入学した後に訪れる。

「あれっ、ライラックがワガママ高飛車悪役令嬢じゃない」

(参考人招致決定)

 庶民から成り上がったらしい少女が、入学式後に会場の片隅でぼそっと呟くのを聞き取った俺は、彼女を全力で確保することに決めた。彼女は、この世界の元ネタが明かされるきっかけになるだろう。ところでお嬢さん、悪役令嬢って何のことだ?



+++



悪役令嬢もいいけど生産職プレイもいいぞ……(個人的な好み)
見た目が天使みたいな悪役令嬢が色んな目に遭うけど、中身が兄さんなので要所要所で盛り上がりもときめきもない話になると思われる。婚約者の王子様にはもちろん欠片もときめかない。
腹に一物抱えてそうなお兄様は多分、攻略対象なんじゃないかな(適当)(ありがち)
もしくは攻略できない美形悪役。
兄さんが悪役令息だったら後継者争いが面倒臭くなるフラグ。
異世界チート? 言葉が喋れるやろ???(真顔)



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