更新履歴・日記



似非文学少女と鉢合わせ
萌え 2018/09/04 00:21


・魔術師麻衣兄さん
・ウォッカ視点
・兄さんだってたまには協力できない





 今夜は途轍もなく運がなかった。そもそも、兄貴分と慕うジンと共に仕事先へ向かう際、「嫌な予感がしやがるから、いつものを引っ張り出す」と彼が言い出した時点で、酷い夜になることが予想された。そして“いつもの”こと谷山麻衣を連れ出すために彼女の自宅へ向かったのだが、外出中らしくアパートがもぬけの殻だったので、凄まじく酷い夜になると確定した。なお、住人に無許可で作った合い鍵でドアを開けたので、ウォッカはきちんとドアを施錠し直しておいた。最後の駄目押しの悪いことは、仕事先でその少女と鉢合わせてしまったことだった。悪夢の始まりである。

 ……地下も備えた5階建ての研究所に入り込んですぐのところで、妖精と鉢合わせたのは不幸中の幸いかもしれない。そう思いたい。こちらを見て鼈甲飴の瞳を丸く見開く彼女は、フード付きパーカーにジーンズ、スニーカー、ウエストバッグと、彼女曰く探索装備を整えた様相で、“それが必要な事態”と“そもそも少女がいる事態”が揃ったヤバさを悟ったウォッカは仕事を投げ出して帰りたくなった。ジンが投げ出してくれないので帰れないが。

「ちょうど良かった。フェアリーテイル、面を貸せ」

 物のついでといった気軽さで告げるジンに対して、少女は首を横に振った。恐ろしいことに。「あ?」と凄む銀髪の裏家業の男に、彼女は静かに尋ねた。

「残念なお知らせと、すごく残念なお知らせがあります。どっちから聞きたいですか?」

 どっちも聞きたくないし帰りたい。それがウォッカの本心だった。「帰りましょう、兄貴」という一言が言えたらどんなに気が楽になるだろうか。言ったところで受け要れられるはずもないが。ジンは「残念な方から言え」と答えるが、ウォッカとしては残念でないお知らせを知りたかった。

 少女は「それでは」と軽く咳払いをして続けた。

「お察しの通り、ここから先はアレな感じのヤバいのが待ってます」

 アレとはつまり、いつもの常識を殺しにかかるような感じで、ヤバいのとは怪物めいた生き物というか普通に怪物なのだろう。ウォッカは自分の目が死んでいくのを感じた。とても帰りたい。

「……おじさん、大丈夫ですか? 絞め殺される寸前のニワトリみたいな顔してますけど」

「おう……」

 心配する少女に辛うじて答えるも、説得力がない自覚はある。しかしジンは気遣ってくれないし、少女も気遣いはすれど仕事をやめさせる権限がない。

「すごく残念なお知らせは、今回、自分はお兄さんたちに協力できないということです。目的によっては敵対することになります」

 死んだ。ウォッカの気持ちを一言で表すのならばそれだった。いつもナビゲーターをしていた少女が傍に居てくれないばかりか、場合によっては敵対もあり得るという。傍に居てくれないだけでも死にかねないというのに、敵に回られたら死ぬしかないのではなかろうか。ウォッカはいよいよ帰巣本能が高まるのを感じた。

「本気で敵対する気か?」

 ジンが懐から出した銃を少女に向ける。眉間に銃口を向けられた少女は、しかし焦る様子を見せなかった。

「場合によっては、です。地下に行く用事がないなら、特に問題ないですよ」

「地下?」

 すっと緑色の双眸が眇められる。少女はそれに頷き――ウォッカをふと見て真顔を崩した。

「……あの、おじさん、本当に大丈夫ですか? 解体される寸前のブロイラーみたいな顔してますけど」

 大丈夫なわけがない。助けて欲しいし、そもそも帰りたい。少女がヤバいというのだから、人智を越えたヤバいのが研究所の中にいるはずである。そんなものと会いたくない。しかし立場とプライドと本心の戦いで首を縦にも横にも振れず、ウォッカは沈黙を選んだ。兄貴分の深い深いため息がとても心に突き刺さった。兄貴、誰もが兄貴のように強靭な精神力を持っているわけではないんですぜ。

「そんなに鳥が食いたいなら食わせてやるから協力しろ」

「今回は一羽丸々もらったとしても無理です」

 この期に及んで呑気なやり取りができる兄貴分と妖精が信じられない。同僚と知人の精神力がヤバすぎる。ウォッカは心の中で震え上がった。



+ + +



・yuki様の「カナリア少女の日常」と繋がっているパターンで上の続き





「――いつまで話しているんだい?」

 そんな混沌とした空気を切り裂いたのは、聞き覚えのない男の声だった。さすがに闖入者に無警戒でいられるほど平和ボケも委縮もしていないため、ウォッカは反射的に構えた銃を廊下の奥、少女の背後へ向けた。ジンも同じく銃口をそちらへ移動させている。

「うわ、ちょっと待って撃たないで! 自分の友人です!」

 少女が慌てて両手を広げて弁明しようとする。ウォッカは判断を仰ごうとジンを横目で見たが、彼は銃を下す素振りすら見せなかった。ジンとウォッカが幾許かの信頼を向けているのは少女であり、彼女の友人ではない。当然であった。

 廊下の曲がり角から現れたのは、鴉の濡れ羽色だの、緑の黒髪だの、そういった賛辞が似合う美しい髪と目を持った青年だった。背が高く大人びているが、恐らく少女とさほど年は変わらないだろう。欧米の血を引いているのか日本人とは違う肌の白さと彫りの深い顔立ちで、周囲の目を惹かずにはいられない美しい容貌だ。場にそぐわない、どこか優等生染みた品のある笑みを浮かべた唇には、余裕が滲んでいる。――頭の先からつま先まで完璧に整ったその姿に、ウォッカは見覚えがあった。とある調査報告の中にあった写真だ。

「こんばんは。良い夜ですね」

 何とも不遜な物言いに、ジンが口角を吊り上げた。

「――テメェ、あの時のふざけたウエイターか」

 ぞくり、とウォッカの背筋を底知れない恐怖が這い上がる。ジンの示すウエイターとは随分顔が違うが、彼がそう言うのだから間違いないだろう。ウォッカは覚えていた。誰にも手を触れられず、何の拘束具も用いられず、しかし目に見えない圧倒的な力で床に捻じ伏せられたあの感覚を。自然と銃を握る手が震えそうになるのを必死にこらえ、ウォッカは青年をサングラス越しに睨み付けた。どこからどう見ても、飛び抜けて整った容姿の、しかしただの青年だ。……いや、谷山麻衣とて見た目は大人し気な少女に過ぎない。人を見た目で判断すると痛い目に遭うのだと、ウォッカは最近身をもって学んでいた。

 さすがは少女の友人だけあり、青年もまた銃口を向けられても怯む様子がない。むしろゆったりと笑みを深めて見せた。

「どうやら僕の身辺調査もしてくださっていたようですね。ご苦労様です」

 無論、谷山麻衣と継続して関わるにあたり、それなりに彼女の身辺調査をした。その一環で青年のことも調べたため、その時の写真で顔を知っていた。トム・リドルとかいうイギリス人留学生で、特に変わった経歴を持っていないはずだった。だが調べが足りなかったらしく、青年もまた調べられていることに気付いていたようだ。

「まあ、僕には黒尽くめのおじさんに調べられて喜ぶ趣味は持ち合わせていませんが」

 わざわざジンを“おじさん”と強調して挑発する辺り、確かにあの時のウエイターである。あの時は「彼女は僕のもの」などと口にして、少女を囲い込もうとして失敗したジンに当て擦り、今もまた言葉にせずとも少女の肩をこれ見よがしに抱き、所有権を主張している。共通する性格の悪さは間違いなく同一人物だ。

「おっま……なんでそんなに挑発すんの!?」

 ぎょっと目を見開いて友人を問い質す少女に、青年は不気味なほど美しい笑みで答えた。

「目障りだから」

 次の瞬間、銃声が響いた。ウォッカではないからジンである。しかし青年は血飛沫一つ上げずにただ微笑んでいる。ウォッカが恐る恐る隣を見ると、ジンが銃を持った腕の肘から上を天井に向けていた。銃弾は天井にめり込んでいる。ジンの目は呆然と見開かれているため、彼の意思ではないのだろう。

「野蛮ですね。すぐ鉄の玩具に訴えるなんて。それに学習能力もないらしい」

 青年は「これだからマグルは」とよく分からない呟きを漏らし、少女の肩を抱く手に力を込める。

「こんな粗忽者に僕の友人が連れ回されるだなんて耐え難い」

 青年の黒い双眸に見つめられたウォッカは、まるで獰猛な大蛇に睨まれた獲物の気分になった。しかも黒い虹彩の奥で、不気味な赤い光が瞬いたような――

「ストップ! やめやめ! こんな入口で喧嘩して消耗するのはやめましょう!」

 ウォッカの意識を引き戻したのは少女だった。彼女は大きく腕を振って、場の空気を変えようと試みる。

「これからお互いにやべーところに行くんですから! ね!」

 ……空気を変えたいのはウォッカも同じだが、そっちの空気に戻されるのもそれはそれで嫌だった。とにかくウォッカは帰りたい。青年が気に喰わないが、そんなことより帰りたくて仕方がなかった。





仕事が終わるまでかえれま10。10個任務をこなせとか、10体神話生物と会えという意味ではない。多分。そういう意味ならウォッカおじさんはいよいよ心が死ぬ。
親友は廊下の曲がり角のところで「まだかなー」とか呑気なことを考えながら待機してる。普通の感覚の人なので、銃向けられたらさすがにびびるのでお留守番(近距離)銃声でびくったけど、リドルだから大丈夫かなと思ってる。


prev | next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -