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似非文学少女と贈り物
萌え 2018/07/31 02:32


・降谷視点
・魔術師麻衣兄さん
・ジンニキと麻衣兄の関係を探るために勝手にお宅訪問する話
・要は家宅捜索(令状はない)
・他クトゥルフ話との関連あり





 空き巣のように他人の家に侵入して情報を探るなど、今更罪悪感も湧かない。本当は湧かないわけではないが、それに足を取られるほど未熟でもない。一時の感情よりも目的が優先される。目的のためにやむを得ないのであれば、違法作業にも踏み切る。全ては国のためであり、国を腐らせる組織を壊滅させるための一歩である。だから降谷零は、組織のネームドと関係のある谷山麻衣が不在時に、彼女の自宅を調べることを決めた。

 彼女の住むアパートのセキュリティは非常に甘い。監視カメラもなければ、玄関ドアの鍵も大した作りでない。降谷は一分もかからずにピッキングに成功し、音を立てずにドアを開いた。当然ながら、アパートに接近してから部屋に入るまで、誰にも見られていない。

 間取りは1Kで、入ってすぐに左手にキッチンがあり、正面と右手にドアがある。事前の調べで右のドアはトイレと浴室、正面のドアがベランダに面した洋室に繋がっているのは分かっている。

(随分綺麗に片付いているな……というより、物がないのか)

 玄関には通学用のローファーが一足、きちんと揃えて置かれており、降谷の左、仕切りを挟んでキッチンの手前にある靴箱の中はスニーカーが一足しか入っていなかった。不在の住人が靴を履いていることを考えると、彼女は三足しか靴を持っていないことになる。隅には飾り気のないビニール傘が一本立てかけられており、彼女の性格が滲み出ていた。

(……これは、飾りか?)

 ふと閉ざした玄関ドアを見ると、ドアノブのところに紐が通された小さな巾着袋がぶら下がっていた。手袋をした手で慎重に掴んで中を確認すると、親指の爪程度の大きさの白い小石が入っているのが分かった。つるりとした手触りで、ただの石にしか見えない。

(妙な趣味だな)

 念のために探知機を近づけてみたが反応がないため、盗聴器の類ではないようだ。降谷は内心で首を傾げながら石を巾着に戻した。

 キッチンもすっきりとしていたが、棚の中には意外と調理器具や食器、調味料がそこそこ収まっていた。自炊をしており、友人を呼ぶ回数も多いのかもしれない。彼女の友人として真っ先に浮かんだのが年上の男二人だった。年頃の娘として、その良し悪しはともかく。

 洗面所も最低限しかなかったが、歯ブラシが3本あり、髭剃りも置かれていた。降谷の想像は当たっていたばかりか、泊りがけになることも珍しくないようだ。爛れた性事情を垣間見たと言うには色気のない関係性に首を傾げたい気分に駆られる。なお、浴室のシャンプー類は一種類しかなかったので、それは共用しているらしい。男同士でもあるまいに、仲が良すぎないか。

 一通り水回りを観察しても、友人関係以外に出てくるものはなかったため、洋室へ移る。一人暮らし用の手狭な洋室は、それでも物が少ないため雑多な印象はなかった。小さな冷蔵庫、本棚、折り畳み式のテーブルとベッド、壁際にクローゼット。不自然な点はない。

(――いや、いくら何でも物が少なすぎる)

 本棚に収まっている本は学校関係の本だけだった。空いたスペースは最低限の生活用品が置かれているだけだ。クローゼットの中にあるのは制服一式と、着回しできそうなパーカーやシャツ、ジーンズが数本。ハンカチや下着類もほんの数セット分なので、こまめに洗濯しているのだろう。しかし異様なほど洒落っ気がない。マシなのは冷蔵庫で、その中は整頓されており、狭いスペースを無駄なく活用されているので生活感が一番感じられた。

(物のなさはセーフハウスと似ているな)

 少女らしいお洒落に興味がなく、実用性を重視しているのは分かった。それから、料理に多少の興味があることも。……ところで本棚の脇、ちょうどベランダから入る日光の陰になる位置に置かれた瓶の中身から、アルコール臭がするのが非常に気になる。恐らく自家製の蜂蜜酒と思われるが、消費しているのが三人組の中では唯一成人している男のみだと信じたい。一瞬だけ酒税法で引っ張ろうかと思わなくもなかったが、現時点では少女の一時的な保護以上の成果が期待できないためやめておく。

(物が少なすぎて……簡単に出て行けそうだな)

 その事実にぞっとする。この部屋には愛着といった未練の元になるものがほとんど感じられない。自殺や失踪前に身辺整理をするのはよくある話だが、彼女の場合はそれが常にできた状態に見えるのだ。

(……あれは?)

 壁に沿って置かれた折り畳み式のベッド。決して上等なものではなく、通販でもありそうな安物だ。自力で家で組み立てるものだろう。その隣、ちょうど部屋の隅に隠れるようにして、簡素な棚があった。四段で、高さが降谷の腰辺りのものだ。その棚だけが異質だと降谷はすぐに気づいた。

 置かれている物に共通点はなかった。女児が使うような幼いデザインのリボン、真珠のネックレス、警視庁のマスコットが付いたボールペン、古いお守りなど。金属製のストラップのようなものは、ダウジングに使う道具だったか。そんなよく分からない雑多なものが、しかし一つ一つ丁寧に棚に並べられていた。これらはきっと、彼女にとって大切な物なのだろう。そう直感した降谷は、中でも真っ先に目についた物に手を伸ばした。

 ペンライトの光を受け、静かに輝く小粒の真珠のネックレス。降谷は鑑定士ではないが、その真珠は本物のように見える。女子高生が所持するには似つかわしくないので、母親の形見だろうか。ネックレスの傍らには白い封筒が置かれている。もちろん、降谷はそれを手に取って重さや感触を確かめてから中身を取り出した。中身は二つ折りにされたシンプルな便箋だった。



 孝平さん、私といっしょにいてくれてありがとう。



 そんな書き出しから始まる手紙は、孝平という人物とあの三人組に触れた内容であり、麻衣に宛てられたものだった。



 こんな怪物の私のおねがいを聞いてくださってありがとうございます。
 やさしくしてくれて、ありがとう。
 何もお礼ができずに死んでいく私でごめんなさい。
 せめて、しんじゅのネックレスをおくります。
 あなたたちに幸せが訪れますように。



(なんだ……これは)

 降谷は思わず生唾を飲み込む。その手紙は、遺書だった。人間になりたいと願う怪物が、恐らく友人である麻衣に自身の愛を託すという、奇妙な手紙だった。手紙は孝平という人物に渡されることを望んでいたようだが、ここにあるということは麻衣が渡さなかったのか、受け取りを拒否されたのか。ともかく、麻衣はその遺書と贈り物である真珠のネックレスを、この棚に大切に並べて保管していたのだ。

 便箋を写真に収めてから元通りに戻し、今度は警視庁のマスコットが付いたボールペンを手に取る。見たところ、数年前に警視庁で作られた配布用のグッズと同一のものだったが――口金と軸の間をよく見ると、茶色いものが詰まっていた。その色に、降谷は見覚えがあった。

(まさか血痕か?)

 降谷は所持していたピッキングに使う細長い金属でその血痕を削り取り、自身のハンカチに落した。持ち帰って鑑定にかけるためだ。この程度でどこまで分かるか不明だが、科学捜査の技術力に期待する。そしてボールペンを元の位置に戻した降谷は、ようやくこの棚にある物が何かを理解した。理解してしまった。

(これは――きっと、形見だ)

 実用性を重視し、シンプルな物を揃え、必要最低限しか家に置かない彼女が大切に保管している物たち。これらはそのどれもが、様々な人々が彼女に託した形見なのだろう。ここに置かれている物の数だけ、彼女は人の死に触れている。

 何故、あの少年のような探偵でもない彼女が、ここまで人の死に直面する? 彼女の何が、死に際に自身の想いを託させる? 彼女は一体、何を隠している?

 人の好さそうな笑顔の、どこにでもいそうな高校生。その顔の裏に潜んでいる奇妙な死の気配に、降谷は背筋が粟立つのを感じた。



+ + +



クトゥルフは呆気なく人が死ぬので。
贈られた形見とか、返す当てがなくなってしまった物とか、色々積み重なる気がします。兄さんは捨てられなくて全部取っておきそう。
ボールペンは何かの犠牲になったお巡りさんがくれたものだと思います。

ドアノブの飾りは呪文<布石>です。石の位置が変わったら絶対に分かるアレです。某御大の案を勝手に使いましたすいません。
降谷さんは趣味が分からんで終わってますが、兄さんには一発で侵入がバレましたおめでとうございます。でも侵入したのが降谷さんとはバレてないよ良かったね!



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