似非文学少女とお姉さま
萌え 2018/07/25 23:00
・魔術師麻衣兄さん
・ベルモット視点→ジン視点
・yuki様の「海の上の探偵と魔術師」と若干繋がってる
連邦の狗や日本狼に追い回される身ではあるが、お気に入りの店というものは存在する。常連と言えるほど頻繁に通うことはないが、ふとしたときにそのバーへ足を運び、滑らかな酒精で喉を潤す。ひと時の癒しの時間だ。たまにその店を知る他の幹部と鉢合わせることもあるが稀だ。
その稀な事態が今起きていた。――偶然ではないとすぐに理解したが。
長身痩躯の男は薄暗い店内を迷いなく歩き、カウンターで一人座るベルモットの隣に当たり前のように腰かける。ベルモットは彼に流し目をくれてやった。
「あら。付き合ってくれるのかしら?」
「世間話と忠告だ」
「珍しいじゃない」
こちらをちらりとも見ないままぶっきらぼうに告げられた言葉に、ベルモットはわざとらしく瞠目して見せた。忠告もとい警告など愛銃付きでするのがこの男だが、そこに世間話が付属するのは滅多にない。回りくどい言い回しという意味ではなく、自ら世間話と評することがだ。その珍しさとタイミングで、彼が何を目的としているのかは推測が容易い。
ベルモットは背景に徹するバーテンダーに告げた。
「彼にはフェアリー・ベルを」
ジンの眉がはね上がる。だがそれ以上の反応はない。まずはベルモットの意図を察したというところだろう。ただ、その気配が少々固い。
程なくして桃色の可愛らしいカクテルがジンの目の前に届く。少女めいた色合いのカクテルグラスを横目に、ベルモットは微笑んだ。自分にもジンにも似合わないが、あの子には似合うだろう。実際に口にするにはまだ数年時間が掛かるが。
ジンがバーテンダーに注文する。顎でベルモットを示しながら。
「――セブンス・ヘブンを」
お返しが“第七番目の天国”とは、とベルモットは唇を吊り上げる。本人は銃口を突きつけたつもりかもしれないが、数年前にエンジェルを見出していたベルモットにとっては“天使の居住区”は光栄なばかりだ。
美しい緑のマラスキーノ・ミント・チェリーが沈むグラスが目の前に置かれる。これはドライ・ジンベースのカクテルだが、きっとそれに含むところはないだろう。あるとすればそれはむしろ、ベルモットが選んでやったカクテルの方だ。
「あなたが見つけたのはフェアリーだったのね」
「……あ?」
私が見つけたのはエンジェルだけれど、と独り言ちるベルモットの胸中など知らないジンは、愛想の欠片もない疑問符を投げかける。
時折、ジンとウォッカが一人の少女を連れて仕事に出向いていることをベルモットは知っていた。ベルモットが知ったということをジンも察し、それについて――恐らく、ベルモットに何らかの釘を刺しに来たのだろう。
谷山麻衣。世界的な犯罪組織の幹部に連れ回されているのは、どこにでもいるような女子高生だ。ただし、ベルモットが愛するエンジェルやクールガイとは違い、彼女に後ろ盾は存在しない。元刑事の父親と弁護士の母、有名小説家と大女優の母どころか、そもそも両親も兄弟も親戚もおらず、天涯孤独の身だ。有名人や資産家、政治家らとのコネクションももちろんない。一般的な高校生よりも無防備で、いとも容易く失踪できるだろう。それなのに、数度も彼らに連れ出されておいてなおその気配がない。ジンは彼女を連れ出すものの、自分たちと彼女との間の境界線を守っているように見える。組織側に彼女に関する報告が一切ないのも、そのためだろうか。
「あの子はあなたのものってことでしょう? 違うかしら?」
フェアリー・ベル。これもドライ・ジンをベースとした、優しく滑らかな口当たりのカクテルだ。飲みやすいが、意外とアルコール度数が高いので酔いやすくもある。ジンは彼女のことをフェアリーテイルだのと随分可愛らしい呼び方をしているようだが、フェアリー・ベルでもさほど的外れではないだろうとベルモットは考えていた。
ジンは鼻で笑うと、グラスを一気に煽った。少しは味わおうという気はないのか。今度はベルモットが片眉を上げた。単純に甘いカクテルが好みではなかっただけかもしれないが、そんなことはベルモットの気にすることではない。
「フェアリー・ベル(妖精のような美少女)にしては可愛げがねぇな」
こういう時、アメリカ人のベルモットは日本語の理解に少々手間取る。“かわいげ”とは、可愛らしいさまを表す言葉だったか。可愛らしい“様”とは様子、仕草、雰囲気を指すものであり、必ずしも容姿を指し示すものではなかった気がする。つまるところ、ジンはあの子を可愛げがないとしながらも可愛くないとは言っていないような……と考えかけてベルモットは胸中で首を横に振る。ベルモットが執心する宝物はたった二つだ。谷山麻衣はそれに入らない。彼女がジンにどう思われていようと、ベルモットには関係ない。しかし趣味が変わっただのロリコンだのと雑に解釈するには、あの少女は少しばかりベルモットの宝物たちと距離が近すぎる。少しでも安心できる答えが欲しい。
「その割には、躾もなしに随分と自由にさせているじゃない」
「それが合う生き物だからな。扱いを間違えると、誰にでも牙を剥きやがる」
意外だ。老若男女問わず、敵意を見せる相手には容赦をしない男が、牙を持つと知りながら小脇に抱えるとは。敵意を持っていないとしても、反抗心を持たないように首輪は嵌めておく、用心深い男のはずだ。さらに、誰にでも牙が向かうと知っていながら殺していないとは。
「珍しいわね。飼い犬が手を噛む前に撃ち殺すあなたが」
「炭鉱のカナリアを撃つ程間抜けじゃねぇ」
――予想外の言葉を返され、一瞬だけベルモットは呆けた。そして、誰にでも牙を剥くの意味をようやく理解する。なるほど、臍を曲げたカナリアがいつまでも囀り続ければ、結果は飼い主の命に返ってくる。それに例えられる子どもの有能さに驚くべきか、利用されることを憐れめばいいのか。
「籠持ちは俺だ。余計な手出しはするなよ」
「情熱的ね」
死ぬまで開放する気がない、と聞こえるのは気のせいではないだろう。普段は自由にさせておきながら、必要になればいつでも鳥籠に放り込んで死地に伴わせる。重宝される少女の能力までは口外する気がないだろう。放し飼いにするのは、有能だが関わり過ぎるのは危険だということなのかもしれない。直感に長けたジンがそう判断するのだから、これ以上探りを入れるのは覚悟が要る。今、すべてを聞き出す必要はない。少しずつでいい。ベルモットの可愛いあの子たちに、即座に危険が及ばなければいいのだ。
バーテンダーに新しい酒を頼んだジンは、微かに眉をしかめながら言った。
「それにアレは子ども騙しのシャンメリーで十分だ」
「あら可愛らしい」
自己犠牲のカナリアより余程親しみやすいではないか。ベルモットはカクテルを一口含んでからにっこりとした。
「嫌いじゃないわよ、シャンメリー。きちんと手を加えてあげれば、ホームパーティーに出られるじゃない」
「なら都合がいい。あの無頓着小娘をどうにかしろ」
実は釘刺し以外にも目的があったのだろう。ジンはベルモットの意思などお構いなしに勝手に言い渡した。
「次の週末、船上パーティーに連れ出す。雑草娘でも見た目と仕草をどうにかすれば、背景くらいにはなれるだろう。現状は場違いなガキだ」
「年頃の女の子に酷い言い草ね。ダンデライオンのような可愛らしい子じゃない」
確かにあの少女は、極めて優れた容姿ではない。しかし劣っているわけでもなく、極々一般的に可愛らしい子だ。何もそこまでこき下ろす必要はないのではなかろうか。そう思ったベルモットが優しくフォローをしてやると、ジンは怪訝そうな顔をした。
「タンポポ? ……ああ、アスファルトを突き破って生える辺りはそうかもな」
一体どういう納得の仕方をしているのだろうか。ベルモットは思い切り半眼になり「あなた大丈夫?」と尋ねた。主に頭について。しかしジンは鼻を鳴らすだけでまともに答えなかった。
「おい」
「何ですか?」
例のごとく合意込みで連れ出されておきながら、図々しくも魚肉ソーセージを齧る少女にジンは声をかけた。魚肉ソーセージ1本を夕食と言い張る少女の駄目さ加減は無視しつつ、気になっていたことを尋ねる。
「お前、最近妙に馴れ馴れしいのに絡まれたりしていないだろうな」
「はあ……馴れ馴れしいですか? 特に心当たりはないですけど」
「男でも女でも関係なくだ。本当にいないな?」
「いないですね」
「ならいい」
ベルモットが彼女に探りを入れていないが気にしたのだが、少女の意識に引っかかる人物はいないようだ。ソーセージの残りを口に突っ込み、ビニールを丸めてポケットに入れる彼女の雑さは今更だ。ところで既に目的地の建物内を歩いている状態なのだが、この小娘は緊張感の使いどころを間違っていないだろうか。ポルシェ356Aの車内に魚肉ソーセージを置いてくる方が嫌だとぬかしていたが、食いながらビル内を歩くのもどうなのか。ウォッカはどうしてコイツの手からソーセージを離させて自宅から連れ出さなかったのか。
「兄貴! 空から赤ん坊が!」
そのウォッカが角に差し掛かったところで意味不明な報告を叫ぶ。谷山麻衣を連れ出す時点で意味不明なことが起こるのは当然なのだが、それにしても意味が分からない。
「ラピュタか! じゃなくておじさーん! それ触っちゃ駄目な奴!!」
しかしその意味不明な事態も、彼女には一瞬で理解し得るものだったらしい。さすがはジンが認めた童話のカナリア。少女が小走りでウォッカの元へ向かう。
「どうして赤ん坊が……ギャアァァァ!」
「ちょっと、駄目ですって! 全身齧られて死にますよ!?」
「口が! 手に口が! お嬢ちゃん助けてくれ!」
何が何だか分からない。どうせ新手の化け物が出たのだろうが。ジンは舌打ちをすると、愛銃のセーフティーを外しながらウォッカの方へ向かったのだった。
+ + +
兄さんが会話を聞いた場合:兄さん「なんて????」
ポエマー同士の会話は本当に意味が分かりませんありがとうございます。
この会話を現代語に翻訳すると、
「オメー、最近女子高生にちょっかい出してるだろ。俺の物宣言とかロリコンか?」
「ロリコンじゃねーよ。アイツは意外とヤベーから手を出すなよ」
となります。最初からそう言えよ。
この会話について行けるバーボンは一体何ゴリラなんだ……?(A.公安ゴリラ)
ところでウォッカおじさんがこういう会話を理解できるか気になります。恐らく、彼はヒアリングはできるけどスピーキングは出来ないタイプ。英語かよ。
炭鉱のカナリア:毒ガスの早期発見のための警報として、かつて炭鉱で使われていた。異常を察知すると鳴き声が止む。
天涯孤独な麻衣兄さん:霊能者と超能力者と神話生物と一部警察とのコネクションはありますが何か。
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