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似非文学少女の取説
萌え 2018/07/08 23:59


・魔術師麻衣兄さん
・ウォッカ視点





 ジンの陰に隠れて目立ちにくいが、ウォッカは意外と器用な男である。警戒心が強く神経質な面もあるジンの右腕である時点で不器用であるはずもないが、乗用車はもちろん軍用ヘリの操縦すらこなし、冷酷なジンとその他の下っ端を取り持つ潤滑油的な役割も担う。ウォッカとしては、兄貴分と慕うジンの愛車であるポルシェ356Aの運転をよく任されるのも一つの自慢だ。それでも組織の、ひいてはコードネーム持ちの中では、脳筋に分類されてしまうのは仕方がない。そこまでのし上がる連中が、一筋縄ではいかない狡猾さを持つのはむしろ必然である。ウォッカのように朴直な部類が珍しいのだ。

 そんな男が最近密かに悩んでいるのは、とある女子高生への贈り物である。他人に聞かれれば援助交際を疑われ、組織の構成員に聞かれれば正気を疑われる話だが、ウォッカは至って本気だ。寝落ちした彼女を自身のジャケットで包んで丁重に運んでやったり、疲れてへたり込めば背負ってやっている時点で、裏家業の者としては十二分に甘やかしているのだが、それを指摘する親切な人間は組織にいない。最もよく知るジンでさえ何も言わない。

 ともかく、何故かと理由を問われれば、ウォッカが彼女にことあるごとに世話を焼かれていることにある。ジンからすれば軟弱な、少女からすれば一般寄りの感性らしいウォッカは、人間の常識では考えられないモノに遭遇するたびにショックを受ける。顔を蒼褪めさせるウォッカに何かを感じたのか、それとも単なる義務感なのか、彼女はいつも自分より遥かに年嵩の男の肩に触れ背を撫でては、慰め励ましてくれるのだ。そのたびにウォッカは自分が情けなくなるし、少女に対して頭が上がらなくなっていくのを感じる。ちなみに今のところ、ジンは何を見ても取り乱すことはない。天井から奇妙な生き物が染み出してきても「面倒臭ぇ」の一言で済ませ、銃が効かない相手には「今度から携帯無反動砲(パンツァーファウスト)でも手配するか」と吐き捨てる。なお手配するのはウォッカの役目になるので、本気だとしたら胃が痛い。少なくとも建物内でブッパするものではないし、手配するのも楽ではない。兄貴、紛争地域で戦車をぶち抜くつもりですかい。

 そんな理由で一方的に少女への借りを重ねている感覚に陥っているウォッカは、どうにかしてそれをチャラにしたいのである。そうして捻り出したのがプレゼントというのは、普段は十代の少女と交流する機会が全くない成人男性による苦し紛れの対応案だった。

 しかし、ウォッカがいかに器用な男であったとしても、少女が喜ぶ贈り物を当てるような都合の良いスキルはない。所詮は独り身で気ままに暮らす成人男である。思春期少女のデリカシーなど知りもしないし、必要もない。だが今、ウォッカに要求されているのはまさにそれだ。しかも、一般的な女子高生とはズレたクソ度胸を持つ面倒な相手である。

 一人では考えかねるとはいえ、ジンに聞いたところで「チキンバレルでも与えとけ」と言われて終わるのは火を見るより明らかだ。ベルモットは女性らしすぎて少女の趣味趣向と相容れないだろう。バーボンなら気の利いた案を出しそうだが、探り屋に彼女の情報を与えたくないので却下だ。キールはこんなことを話せる間柄ではなく、コルンとキャンティは……連中に思春期の少女のことが分かるわけがない。本人が知れば「思春期過ぎた野郎です」と身も蓋もない答えが返ってくるが、もちろんウォッカが知る機会は永遠に訪れない。

 それでも考えに詰まったウォッカは、答えが分かっていながらジンに尋ねてみた。ジンは右腕のおかしな質問で煙草を噛み潰しそうになりながら、とても面倒臭そうに答えた。

「玄関先に米と野菜でも積んどけ」

「兄貴、それは傘地蔵ですぜ」

 残念ながらウォッカにはご利益も霊験あらたかな逸話もない。どっぷり裏社会に使っているだけのおっさんである。そしてウォッカが実際にやれば、案外現実主義者(リアリスト)な彼女は通報する可能性が高い。スペックはとてもとてもファンタジー寄りだというのに。一人暮らしの女子高生の家の玄関先に覚えのない食料が山積みされる案件とは。カーチャン気質を持つ新手のストーカーか? ちなみにウォッカは少女に対して正式に名乗ったわけではないので署名も使えない。詰んでいる。

「あ? 笠地蔵はライフルなんざ持ってねぇだろうが」

 そういう問題でもない。道端の地蔵がライフルを構えていたら日本は終わりだ。天網恢恢疎にして漏らさず、現代は僧兵を待たずして地蔵も武装する時代。こんにちは監視社会、こんにちはディストピア。

 絶望的である。ウォッカに少女へのプレゼントのセンスがなく、相談できそうな相手も同様である。このままでは実家の母親からの仕送りかと言わんばかりの生活物資の供給か、どこのヤバい取引帰りの報酬かと言わんばかりの現金支給になりかねない。センスがないどころの話ではない。



―うっかりバーボンに聞いてしまった場合―



「――は?」

 知り合いの女子高生にプレゼントがしたいが良い案はないか、と言ったらこれである。普段はニヤニヤと冷たくも嫌な笑みを浮かべている胡散臭さの権化のような男が、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。珍しい顔だが見ても嬉しくない。バーボンはたっぷりと10秒は黙ると、妙に深刻そうな表情になって問うた。

「JKお散歩のための貢ぎ物ですか?」

「頭ぶち抜かれてぇのか」

 予想よりも生々しい言葉をぶつけられ、ウォッカは半ば本気で銃を抜こうかと考えた。バーボンは見た目だけは類を見ないほど整った色男なので、余計に発言との落差が酷い。しかしながら、バーボンが彼女について知っているのは見た目だけのはず。か弱そうで風が吹けば縮こまりそうな文学少女と、いかつい黒尽くめのおっさんという目に痛い組み合わせではJKビジネス判定待ったなしかもしれない。

「冗談ですよ……と言いたいところですが、ご自分でもおかしいと思いません? 血縁でもなければ取引先の繋がりもない女子高生に贈り物なんて」

「それは……クソ、個人的な事情があるんだよ」

「へぇ。個人的な事情ですか」

 片眉を上げ、興味深そうな笑みを浮かべるバーボンにウォッカは舌打ちする。まともな返事もなく、余計な気を惹くことしかできていない。喋った結果は完全にマイナスだ。

 ところでウォッカは今のやり取りでしれっとバーボンに情報(谷山麻衣はウォッカの血縁ではなく、組織の取引先とも関係がない)を引き抜かれているのだが、それを指摘する親切な人間はやはり存在しなかった。頭脳派の餌食になるのは脳筋の悲しき宿命である。マイナスどころかドマイナスであった。この場に江戸川コナン君(7歳・キッドキラー)がいないのがせめてもの救いかもしれない。

「事情はどうでもいい。思いつくものはねぇのか」

「そう言われましても、情報が少なすぎますよ。例えば、彼女の趣味は何です? 部屋に置いてある小物の傾向などは? 服装や化粧の様子は? 好きな食べ物は?」

 少ないどころかウォッカより知っていることすらある喫茶店アルバイターだと思いもしないため、ウォッカは真面目に記憶を掘り起こした。バラした相手を片っ端から忘れていくジンの代わりとばかりに、ウォッカの記憶力は良い方だ。思い出してみれば彼女の趣味は――知らない。アルバイトとか金稼ぎとか言われないだろうか不安だ。部屋――物がない。とても、ない。家具家電も必要最小限で飾り気がないものばかりだ。服装や化粧――着飾る気配が一切ない。連れ出すタイミングの都合上、制服か部屋着のどちらかしか知らない気がするし、そのどちらも洒落っ気の欠片もない。好きな食べ物――食べられるものと言われる気がしてならない。金勘定をミスしたのか、月末の数日間を水と酸素と太陽光で凌ごうと試みる彼女に、コンビニのおにぎりをそっと渡してやった記憶はまだ新しい。なお、彼女は通常の女子高生と同じく葉緑素を持っていない。……記憶力が良くても手掛かりにならない事実にウォッカは絶望した。ウォッカに注意力があれば、洗面所には何故か歯ブラシが3本あることや、服や靴の趣味が男物で偏っていることに気付けただろうが、残念ながらウォッカは探偵でもトリプルフェイスでもなく、シングルフェイスで犯罪者のおっさんだった。

 恥を忍んで趣味を知らないことや部屋にやたらと物がないこと、その他諸々を告げると、バーボンは何とも言えないため息をついた。白い手袋をした手を顎にやり、少し考えた色男は口を開く。

「特に好き嫌いがなければ、無難に食べ物でいいのではないですか? 滅多に食べられないようなお菓子とか。消え物だと重くなりすぎなくていいと思います。シンプルなデザインのハンカチや、石鹸などの日用品もブランド物を選べば悪くないですよ」

 ……とてもまともな返事がよこされ、ウォッカはサングラスの下で目を瞬かせた。さすが女誑し、珍妙な生き物にも無難な対応案を出せるとは。少女にはバーボンに話しかけられても無視しろと言っておこう、とウォッカは恩を仇で返すような決意を固めた。

 こうして無自覚のまま、谷山麻衣の情報がウォッカ経由でバーボンに流れていくのであった。



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麻衣兄「本人不在の場で話題にするのやめてもらえませんか」


兄さんが欲しいのは黒の組織と関わらない日常である。もっと言えば現代日本への帰還チケットである。男子大学生に戻る手段も欲しい。


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