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暗殺者と少年探偵
萌え 2018/06/25 00:00


・コナン視点
・どこかのビル地下に侵入して組織のデータを奪おうとしてるコナン君





 限界まで伸ばした腕。その指先は確かに核心に触れていたはずだ。しかしそれはほんの一瞬、その存在を示唆しただけで、再び離れてしまった。

(くそっ、駄目だ。熱でイカれてやがる!)

 APTX4869。そのデータがこの地下のパソコンルームにあるはずだった。炎に包まれる建物の中を小さい体を駆使して潜り抜け、辿り着いた先だ。まだ辛うじて火の手が回っていなかったことに希望を抱き、キーボードを叩いたコナンは、すぐに暗転してしまった画面に歯噛みする。パソコンは火事によって上がった室温で熱暴走を起こし、まともに動かなくなっていた。電源すらまともに入らない状態では、中にあるデータをUSBに移すことはできない。

(せめてHDDとSSDだけでも……!)

 かくなる上は、直接記憶媒体を持ち出すしかないと考えたコナンは、しかし周辺を探索して舌打ちする。都合よくドライバーが見付からなかったため、解体することもできないのだ。

(せっかくここまできたってのに、引き下がれるかよ!)

 丸ごとPCケースを持っていこうにも、床に固定されている上、小さなコナンではとても持ち歩けない大きさだ。ここにいつものスケートボードがあれば、伸縮サスペンダーと組み合わせてどうにかできたかもしれないが、今となってはないものねだりだ。

 ――暑い。コナンは服の袖で額を流れる汗を拭う。その汗も掻いた傍から蒸発していく。室温が徐々に上がってきている。空調などとっくに故障しているのだ、このままでは繊細なパソコンはおろか、コナンの身も危ない。心なしか息苦しくもなってきたため、コナンは苦渋の決断をした。パソコンを放棄して脱出するしかない。

 踵を返してドアノブを掴んだ瞬間、コナンは弾かれるように手を放した。熱い。鉄製のドアノブが、見た目には分からない熱を帯びていて、柔い子どもの皮膚を焼いたのだ。ピリピリと痛む両掌に毒づき、コナンは袖を使ってもう一度ドアノブを掴む。しかしどんなに捻ろうとも、ドアは何かに引っかかったように動かなかった。向こう側に何か物が倒れてつかえているのかもしれないし、熱でドア自体が歪んでしまったのかもしれない。パソコンを調べる際に背中を無防備に晒すことを恐れ、ドアを閉めたことが災いした。

(火がこんなに近くまで……どうする? どうすれば脱出できる?)

 コナンの海色の双眸が忙しなく周囲を観察する。――通風孔。確実に外まで繋がっている場所だ。子どもの小さな体なら通れないこともないだろう。しかし、途中で潰れている可能性もあるし、外に出るまでに蒸し焼きになる可能性もある。部屋のドアを伸縮サスペンダーで抉じ開けるか、もしくはキック力増強シューズでサッカーボールを蹴って破る方法はどうだろう。通風孔は一度入ったらタイミング的に後戻りできないだろう。まずはドアをどうにかしてみるべきか。コナンがそう判断したその時だった。

 唐突に凄まじい轟音が鳴り響いた。コナンが音のした方へ振り向く間もない。分厚いドアが中央付近で凹み、ひしゃげ、玩具のように吹き飛んだ。幸か不幸か、意図的か無意識か、ドアは綺麗にコナンを避けて壁にぶち当たる。巻き起こった熱い風がコナンの前髪を揺らした。

「やっぱりここか」

 ノイズ交じりの機械音。男とも女とも――見た目を信じるなら男だろう――とれない声で、ようやくコナンは部屋の入口に振り向く。そこには一人の人間が無造作に立っていた。

 フードを下した真っ黒な長袖のパーカーに黒いジーンズ、黒いブーツ。手には黒手袋を嵌め、顔は武骨なガスマスクで覆われた姿。頭の先からつま先まで真っ黒で、年齢不詳な長身痩躯には見覚えがあった。

(こいつ――ラスティネイル!?)

 ネームドにして、組織の外部協力者。標的の暗殺成功率は100%らしいが、探り屋バーボンをしても詳細が不明の人物。そんな人物がコナンを見つめていた。両手には何も持っておらず、特に構えもしていないが、彼が何らかの方法でドアを吹き飛ばしたのだろう。

(どうしてこんなところに!? しかも俺を探していた!?)

 部屋の暑さとは正反対の冷たい汗がコナンの背を伝う。ラスティネイルの戦闘能力は未知数だ。だが、まともに相手をしてはいけないと安室が口にし、赤井も極力接触を避けろと警戒している男だ。いくら阿笠の探偵道具を装備していようと、コナンが正面からどうにかできる相手ではない。力ではなく頭脳を駆使してこの場を切り抜ける必要があるが、彼の口ぶりから目的はコナンと思われる。もし暗殺目標にされていたら、コナンの説得など聞き入れられないはずだ。

 緊張と恐怖でコナンの呼吸が浅くなる。コナンの頭に叩き込まれているラスティネイルの情報はあまり役に立たない。情報が少なすぎるのだ。どうやらジンにすら平気で逆らえるらしいとか、それが今何の役に立つというのか。彼の人物像が分からない。会話はできるが関わるなという安室の言葉をどう受け取ればいいのだろう。

 コナンが第一声をどうすべきか高速で頭を回転させていると、当の本人――ラスティネイルがあっさりと沈黙を破った。

「――ここにいると危ない。外に出よう」

「……え?」

 何だそれは、というのがコナンの正直な気持ちだった。まるで逃げ遅れた子どもを助けに来た好青年のセリフだ。現に、ラスティネイルは黒手袋をした手をコナンに差し伸べている。彼はドアをぶち破るなり、「やっぱりここか」と告げた。それはコナンがここにいることを想定済みであるということで、なおかつ助けるために足を運んだと受け取っていいのか? 外部協力者とはいえ組織のネームドが、たかが子ども一人を? しかも、こんな場所にいる怪しげな子どもを?

「あなたは暗殺者だよね? どうしてわざわざボクを助けに?」

 どうせ最早ただの子どもと思われていないだろうと考え、明け透けな物言いでコナンは問いかけた。それに対してラスティネイルは動揺一つ見せずに肩をすくめる。

「俺は快楽殺人者(シリアルキラー)じゃない。標的以外は殺さないと決めているんだ」

 想像よりも柔らかい口調で絆されそうになる。話している内容は最低なのに。コナンは内心で自身の頬を叩いて活を入れた。コナンは如何なる時でも筋金入りの探偵である。ラスティネイルにコナンを助ける意思があるのなら、その理由が知りたい。

「ボクは標的じゃないんだね。でも、見捨てたとしてもあなたが殺したことにはならないじゃない」

「子どもを見捨てるのは好きじゃない。それに、確実に助けられる相手を無視するのも寝覚めが悪いんだ」

 そうして彼は「手の届く範囲の相手を助けるのに理由はいらないだろ」と笑った。殺人者が、コナンが一生理解できない人殺しの動機を超えて手を下す男が、コナンの信念の根底と同じものを持っている。いつか安室がこっそりと零していた「偽善者だ」という言葉が脳裏をよぎる。ああ、確かに偽善だ。ひどい話ではないか、人助けを謳いながら人を殺すなんて。それでも、と思う。偽善だろうが最後まで貫けば、それは確かに一つの善の形なのだろうと。だから今、コナンはその命を救われようとしている。

 ラスティネイルからは、致命的にボタンを掛け違えておきながらも服装を取り繕うような、どうしようもないものを感じる。それは人間の振りをする畜生への嫌悪感かもしれないし、存在定義を守ろうと足掻く自己防衛への憐憫かもしれなかった。醜悪な偽善であってもコナンはそれを否定できない。本来、善を成すのに理由はいらないと思っているから。

 戸惑って一瞬絶句するコナンが渋っていると思ったのか、ラスティネイルは僅かに顔をコナンの背後――パソコンに向けた。

「薬のデータはもう残ってない。外に持ち出されている」

「どうして――っ!」

 思わずそう口にしてから、コナンは失言を悟った。自分の狙いが組織内でも秘匿された薬のデータにあるのだと肯定してしまったのだ。ラスティネイルは機械音で苦笑すると、「盗み見は得意なんだ」と悪戯っぽく告げた。

 何を盗み見たというのか。コナンは心拍数が急速に上がっていくのを感じた。何故コナンが薬を求めているのか、その動機をどこまで知っているのか。まさかこの男は、江戸川コナンが工藤新一であると知っているのか。もしや灰原哀が宮野志保であることまで突き止めているのか。組織に潜入するNOCのことはどこまで。疑い出すとキリがなく、人より頭が回る故にもたらされる膨大な情報がコナンを追い詰める。それを知ってか知らずか、ラスティネイルは入口から部屋の中へ、コナンの方へ足を踏み出した。思わずびく、と肩をはねさせたコナンは、必死に焦りを取り繕おうと口角を持ち上げる。落ち着け、考えろ、まだチェックメイトには早い――。

 ごほ、とコナンは咳き込む。開かれた入口から入り込む熱い白煙が、小さな子供の喉と肺を圧迫している。くそ、と毒づいて袖で口元を覆うコナンを見たラスティネイルは、目の前で足を止めた。そして黒い手を自分の被るフードに突っ込み、後頭部に触れる。そして、

「……嘘だろ」

 彼は、コナンの前でガスマスクを外した。中から現れたのは不思議な氷の色をした切れ長の双眸だ。冷たく整ってはいるが、表情はいつも人好きのする優しいそれの青年――喫茶店ポアロで時折アルバイトをしている類(るい)の顔がそこにあった。彼はガスマスクの口元から何かを取り外してパーカーのポケットに突っ込み、残ったマスクをコナンに差し出した。

「これを被るんだ。少しはマシになる」

「えっ? でも……お兄さんは?」

 何と呼べばいいのか一瞬迷い、当たり障りのない呼び方をする。類はやはり見慣れた優しい笑顔で首を横に振った。

「俺は平気なんだ。結構頑丈な体でね。コナン君は体が小さい分、毒が回りやすい。着けた方がいいよ」

 問い詰めたいことは山ほどあった。だがガスマスクを差し出す彼に悪意がないことだけはすぐに分かる。殺そうとする相手なら素顔を見せてもいいのかもしれないが、そもそも殺す気なら既にコナンは死んでいるし、ガスマスクを渡すこともない。素顔を露にしてでもコナンの体を気遣う優しさがあった。持ち前の頭脳であっさりそれを見抜いてしまったコナンは、おずおずとガスマスクを受け取った。

 コナンが四苦八苦しながらガスマスクを被ると、類は留め具の長さを子どもの頭に合うように調整し、それからひょいとコナンの体を抱き上げた。いとも容易く片腕で縦抱きにされたが、乱暴な様子はない。むしろ気を遣われているようだ。そうするのが当たり前と言わんばかりの慣れさえ感じられる。

 類はコナンと目を合わせると、すまなそうに苦笑した。

「本当は上着も被せてやりたいけど、それは勘弁してくれ。君なら分かっただろうけど、この下は色々あるから危ないんだ」

 確かに抱き上げられたまま彼の胸や腕に触れると、上着越しでも“何か”があることが分かる。銃の類かもしれないし、太腿に装着されているようなナイフの類かもしれない。さすがにケースに収められているだろうが、そのまま子どもに被せるには危険極まりないだろう。装着されているのが上着の方でなくインナーであったとしても、直に凶器に触れさせるのが危ないことに変わりはない。

「さて、動くからしっかり捕まってろよ。ここは最深部だから、地上まで時間がかかる」

 ここは地下10階だ。東京で最も深いビルが国立国会図書館新館で地下8階なので、それよりも深い。固い地盤に守られた場所に苦労して潜入し、ようやく本命のデータに会えたと思ったのにこの仕打ちとはあんまりだ。ラスティネイルの正体と人柄を知れたのは収穫だが、それを今までの苦労に見合ったものに昇華できるかはコナンの言動にかかっている。

 世界的な犯罪組織を相手取るのに、手はいくらあっても足りないくらいだ。コナンはこの地下から脱出する間に、ラスティネイル――類を協力者として説得できないかと考えていた。

 何から話し始めればいいのか。炎とスプリンクラーの水が散乱する廊下を苦も無く運ばれながら、コナンはフル回転させた頭脳で言葉を捻り出した。

「お兄さん……類さん、だよね。あなたがラスティネイルだったの?」

 薬のことに言及されたので、こちらが持つ情報もある程度知っていると考えたコナンは、コードネームを口にした。変声機は外しているのか、コナンの声はくぐもるだけで機械音はしなかった。類はコナンがコードネームを知っていることに動揺一つ見せず、さらりと答えた。

「一部にはそう呼ばれているな」

「どうして……」

「それは何に対してのどうして?」

 穏やかで優しい声色で問い返される。それでも内容は普通なら戸惑うものだったが、コナンは瞬き程の間を開けるだけですんなりと返した。ラスティネイルのコードネームを子どもが知っていることを追及されないのが、どんな理由から来るのか考えながら。

「ラスティネイルは暗殺者だよね。普段の優しい類さんとは結び付かないから。どうしてそんなことを?」

 すると、類は小さく噴き出した。その様子はやはり喫茶店のアルバイターの好青年にしか見えない。

「笑っちゃうよな、暗殺者なんて。時代錯誤もいいところだ。漫画かよ」

「……暗殺者は昔のこととか漫画の中だけじゃないよ。日本でも極たまに殺し屋に殺人依頼した事件とかあるんだから」

 ついコナンがそう返すと、類は「そうだよな」と静かに頷いた。

「現実にもいるんだよな、そういう連中」

 どこか遠くを見ているような、地に足がついていないような。しがみ付く肩はコナンが知る誰よりも頑丈だろうはずなのに、いきなり消えてしまうのではないかという根拠のない不安に駆られたコナンは、至近距離で氷の双眸を見上げた。そして戻ってこい、はぐらかすな、という思いを込めて現実を告げる。

「営利目的の殺人はとても重い刑罰が科せられる。1回の仕事でも死刑の可能性があるくらいだから、もしあなたが何度もこなしていれば死は免れない。あなたにとって、暗殺はそんなリスクを抱えてでもする仕事なの? 組織がそんなに大事?」

「知ってるよ」

 正面を見ていた類の目がコナンに向く。思わずコナンが息を呑むほど優しい色を帯びていた。

「自分の身を守るためでもなく、人を殺すなんて碌でもない行為だ。誰かの人生を潰すようなことだからな。他人の人生を台無しにした責任が重いのは当たり前だ。散々恨みを買ってるだろうし、きっと碌な死に方しないだろうな」

「――ねえ」

 コナンは青年の頬に触れた。ずるりと黒いフードが落ち、黒と銀の不思議な髪色が露になる。

「類さんは……誰かを人質に取られてる?」

 不思議な氷の色が深く沈んだような気がした。美しい流氷の上に立っていたと思ったら、氷が割れて光の届かない深海に滑り落ちたような。全身を締め付ける水圧に揉まれた先にあるのは一体何なのか。

「根拠は何かな、名探偵」

「あなたがあまりにも普通だから」

 追跡眼鏡のレンズ越しに大海の青と深海の青が交錯する。不意にその時、黒いパイプが天井から焼け落ちた。ハッと我に返ったコナンが体を固くする一方、類は何でもないようにコナンと目を合わせたまま空いた片腕を上へ差し出す。パシッと音がしたかと思った次の瞬間には、パイプは二人を避けて地面に叩き付けられた。コナンには火の粉や破片は全く寄り付かない。守られている。

「……正義の味方になり損ねたみたいだ」

 コナンが思ったままをこぼすと、類はきょとんと目を丸くした。それからくつくつと喉を鳴らして笑う。

「名探偵も間違うことがあるんだな」

 眉間にしわを寄せるべきか、眉尻を下げるべきか、コナンは表情選びに戸惑った。それを見た類はまた笑う。今度はどこか寂しそうに。諦めてしまったように。

「俺がなり損ねたのは、どこにでもいる大学生だよ」



+ + +



自分で書いておきながら、この後地下でB.O.W.とか出そうだなって思いました。どこのバイオだよ。世界観ちげーよ。
あとゾル兄さんが組織のお仕事するなら、弱みでも握られてないとやらないだろうなとか書きながら思いました。この兄さん、妹とか人質に取られてない???

片腕抱っこが当たり前:別時空でルイズお嬢様を抱っこしていた名残。そうでなくともゾルディック年少組を抱っこしている。

正直、喫茶店ポアロに危険人物が集い過ぎである。組織のネームドが二人もアルバイトしてる喫茶店って何なんだ。ちなみにゾル兄さんは基本、安室さんと入れ替わるようなシフトになってます。たまに梓さんが来れないようなときも入る。極稀にあるオーナー+イケメン二人シフトの時はJKがとてもヤバいですが、ベルモットさんから見ると別の意味でヤバい。梁山泊かよ(震え声)今後はコナンもポアロの戦闘力に引くと思います。



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