更新履歴・日記



似非文学少女と悪い人
萌え 2018/06/10 23:18


・魔術師麻衣兄さん
・ジン視点
・どこかのやべービルの中でやべー目に遭っている(ゆるふわ設定)
・軽率に飛び出す神話生物
・状況が飛ぶ





 背後で少女が疲れた溜息を吐こうとして、それを噛み殺した気配がした。自身の片腕に等しいウォッカに背負われているとはいえ、ただ背負われているだけでも疲労は確実に積み重なっているのだろう。根性は人一倍あろうと、体力のなさそうな子どもだ。仕方がない。

 一般人と思しき少女を連れ歩く。普段ならばこんなことは決してあり得ない。真っ先に見捨てるべき相手であり、躊躇いなく殺しておくべき相手である。特殊極まる状況下でなければ、今頃少女はジンの愛銃の餌食になっており、彼女の存在も意識の片隅にゴミ屑のように捨てられていたはずだ。

 ジンの魔的な勘が告げるのだ。今この少女を殺せば、このビルが己の死地になりかねないと。実際に彼女は、ジンには見当もつかない手段で周囲の気配を完璧に察知し、奇怪な化け物が潜む場所を回避できるよう、こちらを巧みに誘導し続けている。お陰で今のところ、ジンもウォッカも目立った傷はない。もう少し早く彼女と会えていたら、他に連れていた部下も殺されずに済んだかもしれないと一瞬だけ考えたジンは、すぐにその考えを屑箱に放り込む。コードネームを持たない彼らの命は軽い。どの道、ここで死なずとも別のどこかで死んでいただろう。運も実力の内というだけだ。





 表向きは新進気鋭の製薬会社。裏では拷問紛いの人体実験に手を染める、ある意味では尋問の下請け組織。しかし妙なプライドがあるのか、開発を進めている特殊な薬の情報は一切漏らさない。組織の人間が情報の開示や共同研究を持ち掛けても靡かない。数人の構成員が潜入しているものの話が好転せず、痺れを切らしたところで組織が切ったカードがジンだった。ジンは相手の口を開かせるのがとても上手かった。それまでに流れる血は少なくなかったが、それでも構わないと判断されたからこその人選である。ここで探り屋バーボンが選ばれなかったのは単純な信頼度の差でもあり、それだけ製薬会社が抱え込んだ情報が貴重であることの証でもあった。

 大した仕事ではないはずだった。深夜の散歩ついでに頭の固い連中の頭蓋にいくつか風穴を開け、脳みそを柔らかくしてやるだけの作業だ。手を抜くことはないが、さして緊張感を強いられるわけでもない単純な仕事、でしかないはずだったのだが。

 どこぞの大学で教授職も担っているという若い研究者を撃ち殺そうとした時だ。ベレッタM1934が吐き出した弾丸は、ガラスが割れるような音と共に何かに阻まれた。ジンは眉を顰める。眉間を撃ち抜いたはずの男は平然と立っている。しかし眉間を中心としてひび割れが生じていた。やがてそのひびは大きくなり、ぱらぱらと崩れ落ちる。まるで人間の形をしたテレビの画面を砕いたようだ、とジンは妙なことを考えた。

 そうして現れたものを目の当たりにし、ジンの隣でウォッカが呻き声をあげる。言葉にならなかったらしい。さすがにジンも瞠目せざるを得なかった。偽物には到底見えなかったのだ。

「……これだから低能な猿共の相手は嫌なんだ。すぐに玩具を振り翳す」

 若い研究者の顔の向こう側から現れたのは、生々しい巨大な蛇の頭を持つ、不気味な人型の生き物だった。蛇人間、とでも言えばいいのだろうか。じっと見つめると、鱗の一枚一枚まで蛍光灯の明かりを受けて光っているのが分かってしまう。ベルモットの変装とは訳が違う。人間の頭部と蛇の頭部は形状が、首周りの太さが、あまりにも違い過ぎる。人間が蛇の全頭マスクを被るのならまだしも、その逆は物理的に不可能なはずだ。それでも男はジンの目の前に存在していた。おかしな方向にひしゃげた死体も、ぶちまけられた臓物もとうの昔に見慣れたジンだが、それらとは一線を画した生理的な嫌悪感を揺さぶられる。常識を覆したソレは奇妙な形の、それこそ玩具にしか見えない何かをジンに向ける。

「君に壊されたこれだってタダじゃないんだ。弁償してもらおうか。……被験体はいくらいても困らない」

「兄貴!」

 ほぼ直感だった。咄嗟に体を捻ったジンの鼻先を、青い電流が駆け抜けていった。電撃銃といったところだろうか。そんなものがこの世に存在するとは思いもしなかった。スタンガンと違い、皮膚に押し当てなくてもいいのは便利だ。あまり欲しいとは思わないが。ジンの相棒は、シンプルに頭蓋を撃ち抜けるベレッタM1934で十分だ。

 やむなく体勢を崩したジンをフォローすべく、ウォッカがFNブローニングの引き金を引く。しかしどういう訳か、決して脆くはない銃弾はことごとく何かに阻まれた。まるで透明な壁でもあるかのように。ジンは素早く周囲に視線をやったが、蛇頭の男と彼が持つ電撃銃以外に目ぼしいものはない。少しでも違和感を覚えればすぐにでも破壊できたのだが。

(――いや、“いた”か)

 これが吉と出るかどうかは分からない。だがそれこそ運も実力の内ということだ。ジンは銃口を研究者の男ではなく、その斜め後ろにある棚へ向けた。

「そこにいるのは蛇仲間か? それとも被験体か? ――今死にたくないなら出てこい」

 出てくれば殺さないとは言わないのが、正直でいて意地の悪いところだろうか。蛇人間の肩がぴくりと動くのを尻目に、ジンは棚の陰からゆっくりと姿を現した人間を見つめた。

 ――一見すると、ただの少女だ。辛うじてローティーンを抜け出した程度の年頃だろう、幼い顔つきをしている。洒落っ気のないTシャツと短パンを身に付けた姿はまるで部屋で寛ぐ子どもで、研究室では場違いだ。裸足で頼りなげにリノリウム張りの床に立っているのが、余計に違和感を煽る。冗談で言ったつもりだが、実は本当に誘拐された被験体かもしれない。

 何とも言えない――銃口を向けられているとは思えない呑気な苦笑を浮かべて現れた少女を見た蛇人間は、静かな声で彼女に問いかけた。

「……谷山君。どうやってここまで来たのかな?」

「黙って投薬されるわけないだろ、この誘拐犯」

 どうやら本当に誘拐犯と被害者の関係らしい。しかもこの少女はなかなか肝が据わっているときた。ジンが面白そうに片眉を上げる一方で、蛇人間は小さくため息をついた。

「君から目を離すんじゃなかったな」

 そう言うと、蛇人間は白衣のポケットから取り出したスマホを悠々と操作した。もちろんジンは能天気に画面を見る目を撃ち抜いてやろうとしたが、やはり弾丸は届かなかった。……唐突な発砲音に対して、瞠目する程度の反応で収まっている少女は豪胆すぎる。平凡そうに見えて、実は銃撃戦を見慣れているのだろうか。……さすがに日本でそれはないだろう。

「谷山君。ここから逃げられると思わないように」

 どういう訳なのか、研究者にとっては己を脅し目的で殺しに来たジンたちよりも、誘拐した少女の方が重要らしい。最早、ジンとウォッカの存在をほとんど無視して少女に向き直った男は、蛇の瞳を細めた。

「連中を開放した」

「…………は?」

 素っ頓狂な声を上げたのは少女だ。ジンとウォッカには研究者の言葉の意味が汲み取れない。しかし、少女が思い切り顔を引き攣らせたので、恐らく碌でもない何かが解放されたのだろうとは理解できた。少女は呑気な表情を一変させると、険しい顔つきで男を怒鳴りつけた。

「あんた、正気か!? この建物にいる人全員殺す気かよ!?」

「安心するといい。私の同胞にそんな間抜けはいない」

 こちらを低能な猿だと馬鹿にしてくれただけあり、かなりプライドが高いらしい。そして同胞――男のような蛇仲間が、このビルには複数いるということか。ジンが隠さず舌打ちすると、不意に少女に視線がこちらを向いた。怯えは一切ない。ジンもウォッカも、明らかに堅気には見えない風体をしているというのに。本当に、いい度胸をしている。

「――決めた」

 視線を蛇人間に戻した少女は、頼りない華奢な両足で、しかし強く床を踏みしめた。

「自分はこの人たちと一緒にビルを脱出してやる。誰が思い通りになってやるか」

 身柄を押し付けられるこちらの考えなどお構いなしのようだ。断られることは考えていないらしい。ウォッカが困惑してジンを窺う視線を感じる。ジンは衝動的に断るついでに発砲したくなるのを堪え、様子を見守った。

「おや。逃げるだけならむしろ彼らは足手纏いだろうに」

「この人たちならこのビルを爆破してくれそうだしな!」

「谷山君、我儘はやめなさい。早くこちらに戻っておいで」

 男が嗜めるような口調で少女に手を差し伸べるが、彼女は一歩後ずさる。……なるほど、とジンは内心で頷く。こちらを低能な猿扱いしたクソ蛇は、しかし少女のことは低能扱いするつもりがないらしい。少女には男にとって重要な何かがあるようだ。つまり、人質の価値がある。ならば話は早い。細く白い腕の一本でもぶち抜いて、男をこちらに従わせてやろう。そう判断したジンが少女に銃口を向け直し、引き金にかけた指に力を籠めようとした時だった。弾丸が飛び出す前に、少女が真っ直ぐにジンを指さしたのだ。

「嫌だね。電撃銃で撃ってみろ。そこのお兄さんに撃ち殺されてやる」

「……何?」

 明らかに蛇男の様子が変わった。動揺も露に少女を見つめている。ウォッカも思わずといった様子で「はぁ!?」と素っ頓狂な声をあげていた。しかし少女は揺らがない。彼女は大木のような妙に安定感のある表情でジンを見据えた。

「銀髪のお兄さん。自分が電撃銃で撃たれたらすかさず撃ち殺してくれていいですよ」

 彼女はそう言って笑う。そう、こんな場面で笑って見せる。苦笑ですらない、自信に満ち溢れた不敵な笑みだ。窮地でこうも笑える奴はなかなかいない。

「それはきっと、そいつに対する結構な嫌がらせになりますから」

 ジンは薄い唇の端を吊り上げた。――面白い。自分から的になりに来るとは。先程までは不愉快極まりない展開だったというのに、それに見合うとびきりのワイルドカードが手元に飛び込んできた気分だ。悪くない。実に愉快だ。

「いい度胸だ。敬意を示して、その時は苦しまずに逝かせてやろう」

 5mもない距離で急所を外すことはない。確実な死を約束してやると、少女は怯えるどころか自慢げに蛇人間を睨んで笑った。無表情な蛇顔でも、男が苦虫を咬み潰したような気配を感じられる。さて、少女を餌にどう脅してやろうかとジンが考えていると、しかし当の少女から待ったがかかった。

「ありがとう、お兄さん。……でも、自分に出来るのはお兄さんたちが無事に逃げるのを手助けするくらいですよ」

「あ?」

 愉快な気分を握り潰すような言葉に、ジンは容赦なく少女に凄んで見せる。それでも彼女は意思を翻さなかった。

「こいつは今、ビルの中にとんでもない連中を放した。そいつらがここに来たらもう逃げられない。このままここに居座れば、嫌でも見られると思います。けれど、見てから後悔しても遅いんです」

「私は別に構わないがね。死ねない恐怖を味わうといい」

 蛇人間がくつくつと喉で笑う。男の言葉でジンは察した。この製薬会社の裏の顔は、生かさず殺さずで相手を尋問する拷問のエキスパートだ。そのなれの果てはあまりにも凄惨で、ジンですら死体を見た時は手掛けた人間の正気を疑った。丁寧に人間としての形を分解され、前衛芸術家の悪趣味なオブジェにされた死体は、それでもジンが目にするほんの数分前まで生きていたと聞く。恐らく、そうした悪夢の芸術家たちがビルの中をうろつき、いずれこの場所に辿り着くというのだろう。研究者の男が異様な蛇人間だったのだ、芸術家が想像もつかない化け物である可能性は十分にある。むしろ少女の口振りだと、その可能性が高い。

 ジンは――撤退を選んだ。少女や研究者の男ではなく、自分の直感を信じたのだ。蛇人間を目の当たりにしてからずっと首筋を撫でるピリピリとした感覚が収まらない。このままでは、その静電気のような予感がいずれジンの首を刈り取りかねない、と考えたのだ。こういった直感を信じてきたからこそ、ジンは今も生きている。

「――おいガキ。こっちに来い。手助けとやらをしてもらおうじゃねぇか」

 少女はほっと溜息をつくと、「喜んで」と言って小走りでジンのもとへやって来た。蛇人間の隣を通ったが、男は手を出さなかった。手を出せばジンが少女を撃ち殺すと察していたのだろう。

「そこの彼らと一緒に玩具になりたくなければ、いつでも助けを求めるといい。君が私を呼ぶのを待っているよ」



−ジンニキとウォッカ、神話生物と遭遇後−



「ひでぇ悪夢だ!」

 裸足の少女を手早く連れ歩く都合上、少女を背負ったウォッカが上擦った悲鳴を上げながら走る。ジンも全く同じ気分だったが、背後に一発撃ち込むだけに留めた。

 ジンたちを追ってきているのは、しいて言うのなら、肥え太った目のないヒキガエルだろうか。灰色がかった白い、油っぽい体だ。曖昧な形をした鼻の先には肉色の触手が寄り集まって生えており、不気味に蠢いている。体高は背の高いジンよりも一回り大きく、ビルの中では狭そうだった。しかし動き回るには十分で、表情がないながらもどこか楽しそうな気配を漂わせてこちらを追いかけてきていた。捕まればどうなるのか、それはここに来る前に立ち寄った部屋の惨状で理解していた。

 本来ならば、脇目もふらずに駆け抜けてしまいたい。しかし少女によると、連中は“槍”を飛ばしてくるらしい。それは人間の体など簡単に貫通する威力があるとのことなので、射線から逸れるためにも背後を気にしつつ、真っすぐに走らないように気を遣わなければならない。おまけに銃もあまり効果がないので、やり辛いことこの上なかった。

 それでも、どこまで信用できるか分かったものではないが、“槍”の攻撃には少女の保証があった。曰く、

「一発目は逸らせる。二発目は相当運が良ければいける。三発目は即死できるのを祈るしかない」

 らしい。逸らしやすさとやらの都合もあり、少女は逃げるウォッカの肉盾のような位置で背負われてもいるのである。人間の肉体を容易く引き千切る威力の“槍”を逸らすというのだから、つくづく謎が多い。

 月棲獣(ムーンビースト)――またの名を拷問愛好者。あの怪物をそう呼ぶのだとジンたちに教えたのは、谷山麻衣と名乗った少女だ。奇妙な生き物の性質も、性格も、攻撃手段も全て彼女から飛び出した情報だ。途中で見た、バラバラにされた部下の死体が連中によるものだということも。ジンは少女の持つ情報の質と量、防御手段に、研究者の男が少女を留めおこうとした理由の一端を見た気がした。

 それにしても、アレは組織の敵というレベルではない。人類の敵である。連中にとって人間は玩具以外の何物でもない。人間をあり得ない領域まで生かして生かして生かし続け、肉体と精神をどこまでも凌辱し続け、絶望と狂気の喘ぎを美味そうに啜る得体のしれない何かだ。ジンはそもそも拷問という手段をあまり取らない。猫がネズミを嬲るように焦らすことは稀にあるが、標的は即殺すのが常である。特に理由もなく、嗜好のために常軌を逸した拷問に耽るというムーンビーストの性質は、ジンの肌に馴染まなかった。

 幸か不幸か、月棲獣の足はさほど速くなかった。何度か角を曲がり部屋を通り抜け、階段を使えば、程なくして振り切ることができた。数々の修羅場を潜ってきたジンをしても冷や汗が滲むような展開であり、ウォッカも少女を一旦下すと壁に手を当て、息を切らしている。らしくない姿だ。あり得ない状況で憔悴しているのだろう。へまをすれば死ぬのが当たり前の世界で生きてはいるが、ウォッカはジンにとって相性の良い片腕だ。失うには惜しい。舌打ちしたジンはウォッカに声をかけようとしたが、その前に少女がウォッカの背中をそっと叩いた。まるで赤子を宥めるようなリズムで優しく、何度も触れている。

「――おじさん。連中のことはあまり深く考え込まない方がいいですよ」

 ジンの見間違いではない。どこか訳知り顔の少女は、非常識と向き合って恐れる男を確かに慰めていた。豪胆な子どもは、他人を気遣うほど精神的な余裕があるらしい。ここまで肝が据わっていると、最早笑えてくる。犯罪組織の幹部よりも度胸がある少女など、冗談のような存在だ。

「ああいうのをまともに理解しようとすると、精神をやられちゃうから。今の自分はゾンビゲームのプレイヤーで、連中は敵役だとでも思った方が気が楽です。ほら、プレイヤーならゲームをクリアするのがお約束じゃないですか」

 脇からウォッカの顔を覗き込み、「でしょう?」と言ってにっと笑って見せる少女は恐ろしく大物だ。励まされるウォッカを情けないと言えばいいのか、励ませる少女の頭がおかしいと言えばいいのか判断に困るところかもしれない。ジンは鼻で笑い飛ばして少女を見た。

「呑気だな。さっきは聞く暇がなかったが、連中を一網打尽にする策でもあるのか?」

「まさか」

 ジンの言葉に、少女はあっさりと肩をすくめた。

「あれは人間が御せる相手じゃないです。しかも複数いる。見つからないように動いて、ビルから脱出するのが一番ですよ」

 少女は「銃があまり効かないですし。銃だけで殺すなら20発は撃ち込む覚悟が要りますよ」と付け加える。やはり“事実ならば”という注釈がつくものの、さらりと口にした割には恐ろしく詳しい情報だ。ジンは自分の銃のスペックを思い返す。ベレッタM1934はストレートブローバック方式のため故障しづらく、薬莢の排出不良も起こりにくいので、連射にも耐えられるだろう。しかし装填数は7+1発と、ハンドガンの中では多いと言えない。当然予備の弾丸は持っているが、何十発もあるわけではない。そして使用弾の都合上、威力が低く、対人には十分だが怪物には不安が残る。少女の銃知識が如何ほどか不明だが、1体につき30発は使うと考えていた方がいいだろう。装填の時間や弾丸の数を考慮すると、月棲獣を殺すのは現実的ではない。威力に関しては、ウォッカのFNブローニングも同じ弾丸を使っているため、過度な期待はできなかった。同じ弾丸を使えるという利点があまり働いていない。どちらかの銃が故障しても、弾丸が尽きるまで撃ち続けられるとは言えるが。

(逃げ隠れするのは趣味じゃねぇが……)

 今回ばかりは仕方がないだろう。ジンは煙草に火を付けたくなるのを堪えてため息をついた。あの研究者はいつか殺すが、殺すには入念な準備がいる。ただ殺すだけでは化け物を放流するだけになるのが面倒なため、そこを解決しなければならないだろう。ジンが返事をしないのを肯定と受け取った少女は、少し逡巡してから告げた。

「自分、一定範囲の生き物の位置を特定できるんです。その生き物が誰かの区別はつきませんけど。それでお二人のナビをするので、連中と鉢合わせないようにビルから脱出しましょう」

 研究者の男は見た目も技術もイカれていたし、徘徊する化け物も頭がおかしくなりそうだ。しかし、この少女もまた常識では考え難いものを持っている。知識も、技術も、度胸も。冒涜的な怪物の知識? 攻撃を逸らす技術? 生き物を察知する能力? 死体や化け物を目にしても動じない胆力? それらを兼ね備えた子どもが常人のはずがない。

「……ガキ。お前、何者だ」

 ジンは三白眼を鋭く細めて少女を見た。少女は、任侠の徒でも気圧される視線に怯える様子もなく、少し困ったような笑顔を浮かべた。

「うっかり誘拐された、間抜けな魔術師です」



−脱出直後−



 悪夢の塊のようなビルから脱出後、幸いにも特に細工された様子のないドイツのアマガエルに乗ったジンとウォッカは、その愛車で少女を家まで送り届けた。後部座席に放り込まれた少女はしきりに恐縮していたが、最後は借りてきた猫のように大人しくしていた。ビルの中より緊張していたように見えるのはどういうことだろうか。やはりおかしな子どもだ。

 案外素直に自宅の住所を白状した少女は、何故かぽかんとした顔で車から降りた。少女曰く、自宅に戻っても誘拐犯から自分を守る手段があるというから送り届けてやったのだが、あっさり返されたのがそんなに意外だったのか。

 窓を開けたジンは腕を伸ばした。少女の顎を掴んで引き寄せると、やはりどこか間の抜けた顔がジンを見ている。確かに間抜けな魔術師だ。ジンはそんな彼女を見て鼻で笑った。

「礼を言っておく。今夜は精々いい夢を見るんだな、フェアリーテイル(物語の妖精)」

 無防備な双眸が満月のように丸くなるのを見届けたジンは、あっさりと手を放してハンドルを握った。エンジンを吹かせば、少女の姿はあっという間に夜の闇に消える。窓を閉めれば、世界は外から切り離された。

「兄貴、連れて行かなくてもいいんですかい?」

 助手席からしばらく背後を窺っていたウォッカが尋ねる。ジンは「まあな」と答えて煙草を咥え直した。

 ビルを徘徊していたアレは、その辺りの銃でどうにかなるものではない。またあんなものが現れた時、少女の存在は最後の砦になる。迂闊に彼女を殺すべきではないだろう。そうすればいずれ自身の首を絞める。いざという時のために囲っておいた方がいい。しかし、近すぎるのも恐らく良くない。あの非日常は、見つめれば見つめるほどこちらに近づいてくる類のものだ。必要がなければ、できるだけ関わらない方がいい。ジンは裏社会に長く漬かっているからこそ、引き際というものを知っていた。それを見誤った間抜けから死んでいくのだ。彼女を目当てに寄ってくる輩をいちいち相手するのは御免被る。

 童話(フェアリーテイル)は残酷だ。赤い靴を履いた少女は両足を切り落とされ、灰被りの少女の義姉は眼球をくり抜かれる。そして童話はそもそも、社会の現実の一部を描写している。小さな魔術師は、灰色の脳細胞にそんな現実を内包しているのだろう。

「二度と会わないことを願うぜ、フェアリーテイル(非日常)」

 ジンの言葉は、紫煙と共に宙に消えた。



+ + +



ラストの兄さんの心境:おいマジかよ最後に詩ジンになってやがる。誰か翻訳して。

ジン視点なので全く書かれていませんが、兄さん視点だといつも通りに地の文が荒ぶっていると思っていただいて結構です。兄さんは多分、「どうしてこういう時に限って公安とかFBIじゃなくて黒の組織が来るんだよ」とか思ってる。名乗られてないので、うっかり彼らの名前を呼ばないように必死。

蛇人間が持っていた武器は、他の独立種族の武器を参考にした奴と思ってください。イス人とかミ=ゴとか。あと麻衣兄さんを誘拐した蛇人間は、例によって「奇妙な共闘」シナリオで兄さんに目を付けたとかそんな感じだと思います。ゆるふわ設定。リドルがアメリカに一旦戻っているときとか、そんな手薄な時期を狙って誘拐されたんじゃないでしょうか(適当)

ジンニキのポエミィなセリフ書けない難しい。つらい。頑張ってクッソ恥ずかしい呼び方を考えました。多分兄さんはこの後一人で厨二っぽい呼び方されたことでもだえ苦しむ。自分のセンスじゃないけど自分のことなので苦しむ。

バーボンは難易度ルナティックの任務に選ばれなくて本当に運が良かったね。ジンニキとウォッカが被害を全部受けてくれたよ。



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